インドネシアM&Aにおける株式譲渡と法務デューデリジェンス~インドネシア法上の重点確認項目
インドネシア法弁護士
フィエスタ ヴィクトリア
弁護士
室井 剣太
インドネシアでのM&Aや出資を検討する日本企業やプライベート・エクイティ・ファンドにとって、既存企業の株式を取得する株式譲渡は、既存の許認可や事業基盤を活用して早期に事業を開始できる有力な手法です。一方で、株式譲渡には会社法、投資法、投資ポジティブリスト、OSSによる許認可制度、業種別の規制など多様な法令が適用されます。本記事では、直接・間接、少数・過半数、既存株式の譲受け・新株の引受けという観点から取引ストラクチャーの選択肢を整理し、買収に伴う法的手続、企業結合届出および外資規制の留意点を解説します。
2006年ペリタ・ハラパン大学卒業。2019年法律事務所ZeLo参画。 主な取扱分野はM&A、ジェネラルコーポレート、人事労務、フィンテックなど。 インドネシア統一弁護士会PERADIのプロフェッショナル会員であり、執筆も数多く手掛けている。ALB Women in Law Awards 2021 - Business Development Lawyer of the Year を受賞。
インドネシアは、東南アジアにおける長期的な成長機会を求める日本の事業会社や地域のプライベート・エクイティ・ファンドにとって、引き続き魅力的な投資先となっています。
インドネシアへのインバウンド取引の多くにおいては、株式譲渡が広く選択されるストラクチャーとなっています。株式譲渡であれば、新たに会社を設立して事業許認可を一から取得する必要がなく、既存の事業会社をそのまま引き継ぐことができるためです。新会社の設立や許認可の取得は、多くの場合、時間を要する複雑なプロセスとなります。
また、このストラクチャーは、比較的短期間で事業を開始したい日本企業にとって特に魅力的なものとなり得ます。既存の会社を取得することで、対象会社が保有する既存の許認可や事業インフラを活用できる場合があるためです。
さらに、株式譲渡には、特定の状況において一定の規制上のメリットがある場合もあります。例えば、かつてのインドネシアのネガティブリストの下では外国投資に開放されていた事業分野の中には、現行の投資規制の下で外資参入が制限され、または外資出資比率の上限が厳格化されているものがあります。
既存の会社が旧制度の下で設立されている場合には、既得権の保護(グランドファザリング)の観点から、既存のストラクチャーのまま事業を継続できる場合があり、投資家にとって実務上のメリットとなり得ます。
こうした理由から、株式譲渡は、インドネシアにおける拠点の確立や事業拡大を目指す外国投資家にとって、現実的な参入戦略と位置付けられることが多いといえます。
もっとも、インドネシア法上、株式譲渡は単なる商業上の支配権の移転にとどまるものではありません。株式譲渡には、主に以下の法令等が適用されます。
- 有限責任会社に関する2007年法律第40号(その後の改正を含みます。以下「会社法」といいます。)
- 投資に関する2007年法律第25号(その後の改正を含みます。以下「投資法」といいます。)
- 投資ポジティブリスト(2021年大統領令第10号(その後の改正を含みます。)。従前は「ネガティブリスト」と呼ばれていたもの)
- OSS(Online Single Submission)による許認可制度
- 業種別の規制(金融セクター等)
- インドネシアの税務関連法令[1]
そのため、初期段階におけるストラクチャーの検討にあたっては、当事者の商業上の目的だけでなく、適用される法令上・規制上の要件とも整合させる必要があります。
インドネシア法上、株式譲渡は、一般に、直接株式譲渡と間接株式譲渡の2通りのストラクチャーが考えられます。
直接株式譲渡とは、インドネシアの有限責任会社(Perseroan Terbatas。以下「PT」といいます。)の株式を直接取得するものであり、これにより買主は当該PTの株式を一定の割合で保有することになります。
直接株式譲渡によっても対象会社は同一の法人として存続しますので、買主としては以下の点に留意が必要です。
インドネシア法上も、株式譲渡によって対象会社の債務・責任が清算されるわけではありません。そのため、デューデリジェンス(以下「法務DD」といいます。)および契約上の保護手当てが不可欠となります(法務DDについては、次回の記事で解説します。)。
間接株式譲渡では、インドネシア子会社を保有する国外の持株会社の株式が譲渡されます。
この場合、取引自体はインドネシア国外で行われるものの、以下のような点でインドネシア法が適用される可能性があります。
直接株式譲渡と間接株式譲渡のいずれのストラクチャーとするかに加え、最終的に取得する持分割合についても慎重な検討が必要です。また、株式譲渡によって支配権の変動が生じ、会社法上の買収に該当する場合に適用される手続要件についても、後述のとおり検討する必要があります。
少数株主は、会社法上一定の保護を受けています(例:代表訴訟を提起する権利や、議決権の10分の1以上を有する株主による株主総会の招集請求権など)。もっとも、こうした法定の保護は、実務上の執行の面では限定的です。
そのため、株主間契約による契約上の保護が極めて重要となります。具体的には、以下のような事項を定めることが考えられます。
インドネシア・日本間のジョイントベンチャーにおいては、取締役会の運営実務や意思決定の文化が異なることから、ガバナンスに関する取決めを明確に文書化しておくことが特に重要です。
会社法上、以下のとおりとされています。
過半数(50%超)の支配権を有することにより、特に以下の事項が可能となります。
もっとも、支配株主は、特に規制業種においては、当局からより厳しい監視を受ける可能性もあります。
実務上の観点からは、支配権を取得したとしても過去から引き継いだリスクが消滅するわけではなく、事業運営上の責任が新たな過半数株主に移ることになる点に留意が必要です。
また、会社法上の「支配権」に変動が生じる場合には、当該取引は買収に該当し、後述「支配権の変動を伴う場合」のとおり追加的な手続が求められる点にも留意が必要です。
インドネシア企業への投資や買収をストラクチャリングするにあたっては、既存株式の譲受けと新株の引受けを区別することが重要です。両者は、法的な効果や取引の仕組みが大きく異なるためです。
既存株式の譲受けとは、既存株主から既発行の株式を取得することをいいます。このストラクチャーでは、株式は売主である株主から買主に譲渡され、対価は売主である株主に直接支払われます。そのため、対象会社自体は当該取引によって新たな資本を受け入れることはありません。会社の所有関係は変わりますが、発行済株式総数は変わりません。
これに対し、新株の引受けとは、増資の一環として、投資家が会社から新たに発行される株式を直接取得することをいいます。この場合、投資家は会社に資本を拠出し、会社はその見返りとして新株を発行します。新株が発行されるため、会社の発行済資本金および払込資本金は増加し、既存株主が持分比率に応じて引受けに参加しない限り、既存株主の持分比率は希薄化する可能性があります。
取引の観点からは、既存株式の譲受けと新株の引受けのいずれを選択するかは、多くの場合、当事者の商業上の目的によって決まります。既存株式の譲受けは、買主が会社に新たな資金を投入することなく、既存株主から持分を取得しようとする場合に一般的に用いられます。これに対し、新株の引受けは、投資家が会社の成長、事業運営または事業拡大を支援するために新たな資本を投入しようとする場合に典型的に用いられます。
両ストラクチャーは、特に会社の承認手続、資本構成および株主の持分希薄化に関して、それぞれ異なる法務・財務・規制上の帰結をもたらします。そのため、インドネシア企業への投資を計画するにあたっては、両者の違いを理解しておくことが不可欠です。
いずれのストラクチャーでも投資家は会社の株式を取得することになりますが、それぞれ考慮すべきリスクは異なります。
既存株式の譲受けにおける主要な法的リスクの一つは、投資家が既存株主を通じて、実質的に既存の会社にそのまま入り込むことになるという点です。税務上のエクスポージャーや当該株式の取得経緯など、従前の株主に関する既存の問題は残存し、新たな株主に間接的に影響を及ぼす可能性があります。そのため、この種の取引においては、通常、慎重な法務DDと契約上の保護手当てが必要となります。
これに対し、新株の引受けにおいて一般的に問題となる商業上の考慮事項は、株主の持分希薄化です。会社が新株を発行するため、既存株主が持分比率に応じて増資に参加しない限り、既存株主の持分比率は低下する可能性があります。そのため、取引を進める前に既存投資家間での調整が必要となることが少なくありません。
こうした違いから、既存株式の譲受けと新株の引受けのいずれを選択するかは、投資の初期段階におけるストラクチャー検討の際に慎重に評価すべきといえます。実務上は、両者を組み合わせる取引もあります。例えば、投資家が既存株式の一部を取得すると同時に、会社の将来の成長資金を拠出するために新株を引き受けるといったケースです。
規制およびコーポレート・ガバナンスの観点からは、以下の手続が必要となります。
取引が支配権の変動をもたらす買収(会社法第125条~第133条)に該当する場合には、会社は、さらに以下の対応が必要となります。
インドネシア競争法上、「支配」の有無は、株式保有割合のみによって判断されるものではありません。株式および議決権の50%超を保有する場合には通常支配に該当しますが、保有割合が50%未満であっても、取得者が会社の戦略的意思決定に対して決定的な影響力を有する場合には、支配に該当する可能性があります。その判断要素としては、拒否権、拒否権事項、取締役の過半数を選任する権限などが挙げられます。また、単独支配から共同支配への移行も、支配権の変動に該当する可能性があります。
資産の譲渡も、株式譲渡を伴うか否かにかかわらず、経営上もしくは物理的な支配の移転をもたらす場合、または関連市場に対する取得者の影響力を強める場合には、株式譲渡と同等に取り扱われる可能性があります。ここでいう資産には、経済的価値を有する有形・無形の財産が含まれます。
外国企業同士の取引においては、一般に、準拠する外国法によって支配権の変動の有無が判断されますが、KPPUが独自に実質的な評価を行う場合もあります。なお、支配権を伴わない少数株式の取得については、届出の対象とはなりません。
対象会社が外資企業(以下「PMA会社」といいます。)である場合、または株式譲渡の結果としてPMA会社となる場合には、予定されている株主構成の変更について、現行の投資ポジティブリストおよび投資法上の要件に照らして検討する必要があります。一定の事業分野は外国投資に対して閉鎖されているほか、外資出資比率の上限やインドネシア側株主との提携要件など、外資規制が課されている分野もあります。
加えて、投資法およびその施行規則に基づく以下の主要な規制要件を遵守する必要があります。
インドネシアにおける株式譲渡は、市場参入や事業拡大のための効率的な手段となります。もっとも、インドネシアの会社法、投資法および業種別の規制は、取引のストラクチャリングやリスク分担に直接影響を及ぼす実質的なコンプライアンス要件を課しています。
直接株式譲渡か間接株式譲渡か、少数株式譲渡か過半数株式譲渡かを問わず、それぞれのアプローチはインドネシア法上異なる法的帰結をもたらします。
日本の投資家が取引を成功させるためには、商業上の目的の整合だけでなく、インドネシアの規制体系やガバナンス環境を慎重に踏まえた対応が求められます。
次回の記事では、株式譲渡に際して実施する法務DDについて、インドネシア法上重点的に確認すべき項目を解説します。
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[1] 本記事では、税務上の検討については取り扱いません。
[2] 最低資本金要件の改正内容については、以下「【速報】インドネシア、主要な許認可制度改革により外資最低資本金要件を大幅緩和」をご覧ください。