【社会保険労務士が解説】IPO準備での適切な管理監督者の範囲設定について
特定社会保険労務士
安藤 幾郎
社会保険労務士
河野 千怜
IPO準備では、労働時間制度が適法に運用されているか否かが重要なポイントになります。特に、みなし労働時間制や裁量労働制は、割増賃金の支払いを逃れるために利用されることもあり、審査でも運用の適法性が慎重に判断される傾向にあります。特に、裁量労働制については、2024年4月の改正の内容を踏まえた実務対応が求められます。 本連載では、労務デューディリジェンス(労務DD)で明らかになることが多い労務の課題とその注意点を解説していきます。第2弾となる今回は、みなし労働時間制や裁量労働制の運用時の注意点を解説します。
2001年中央大学経済学部卒業、2004年社会保険労務士登録、2023年司法書士資格取得。株式会社セブン-イレブン・ジャパン(人事部)、社会保険労務士法人みらいコンサルティング(代表社員)などを経て2024年法律事務所ZeLoに参画。主に、上場会社の労務管理、スタートアップ・ベンチャー企業のIPO審査に向けた労務監査(労務DD)やM&Aにおける労務監査に携わる。また、証券会社などの金融機関に労働関係法令のアドバイスをする。
目次
みなし労働時間制は、労働者が、労働時間の全部又は一部について事業場施設の外で業務に従事した場合で、労働時間を算定しがたいときに、所定労働時間労働したものとみなす制度です。
また、その業務を遂行するために通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、その業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなします(労働基準法第38条の2第1項)。
さらに、この場合において事業場の労使協定があれば、その協定に定める時間をその業務の遂行に通常必要とされる時間とみなします(同条第2項)。
みなし労働時間制は、テレワークや外勤のときに適用することが多い制度です。
しかし、適切な適用及び運用をしていないと未払賃金の発生につながるため、ガイドラインや裁判例に則って整備することが必要です。
テレワークの場合、厚生労働省が公開している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(以下「ガイドライン」)を基に適用可否を検討します。ガイドラインでは、テレワークでの業務をみなし労働時間制の対象とするためには、以下の要件が必要とされています。
① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
情報通信機器の回線が接続されているだけで、労働者自身の意思で同機器から離れることや、応答のタイミングを判断することができる場合などはこの要件を満たすとしています。② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、一日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間等)をあらかじめ決めるなど作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合は、この要件を満たすとしています。
外勤の場合は、裁判例を参考に適用可否を検討するとよいでしょう。
「労働時間を算定しがたいとき」に当たるかどうかの、裁判上の判断は、従前から、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みて、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難かどうかという基準でなされていました(最二小判平成26年1月24日)。
また、最新の最高裁判決(最三小判令和6年4月16日)は、外国人の技能実習に係る監理団体の指導員が事業場外で従事した業務に関する事案につき、労働者の業務が多岐にわたること、休憩時間や直行直帰の判断など労働者自らがスケジュール管理を行っていること、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることがなかったという事情により、使用者が労働者の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとは直ちには言い難いとしました。
さらに、労働者が使用者に対して業務日報を提出していることについて、原審では、①記載内容を実習実施者等へ確認することが可能であること、②使用者が、記載内容の正確性を前提に残業手当を支払った場合があること等を理由に、業務日報の正確性が担保されていたとして、事業場外みなし制度の適用を否定しました。これに対し、最高裁では、①実習実施者に確認することの現実的な可能性や実効性等が具体的には明らかではないこと、②使用者が残業手当を支払ったのは、業務日報だけではなく労働者の労働時間を把握した場合にのみであったという主張の当否を検討しないと、使用者が業務日報の正確性を前提としていたと判断することはできないとし、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を検討したうえで「労働時間を算定しがたいとき」に当たるかどうかを判断するべきとしました。
以上より、労働基準法労働基準法第38条の2の「労働時間を算定しがたいとき」の判断は、労働者の業務内容、スケジュール決定権に加えて、業務日報の正確性を担保する確認の現実性や実効性等が根拠になり得るということが示されたといえます。
裁量労働制は、一定の専門的・裁量的業務に従事する労働者について、労使協定でみなし労働時間数を定めた場合には、実際の労働時間数に関わりなく協定で定める時間数労働したものとみなすことができる制度です。
裁量労働制は、労働時間の長さではなく、質や成果によって報酬を支払う制度ですので、高度な知識や能力を持つ労働者が柔軟に労働することができるという点で、メリットがあります。
他方で、適切な適用と運用をしていないと未払賃金の発生につながるため、法令や裁判例に則って整備することが必要です。
特に、2024年4月1日に裁量労働制に関して労働基準法施行規則及び告示が改正されたため、導入・継続には新たな手続きが必要となりました。
専門業務型裁量労働制の対象業務は、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」とされています(労働基準法第38条の3第1項第1号)。
全部で20の業務が列挙されていますが、実際に裁量労働制を適用したい(している)業務がこれらに該当するかは裁判例、通達(令和5年8月2日基発0802第7号)(以下、「通達」)、「令和5年改正労働基準法施行規則等に係る裁量労働制に関するQ&A(追補版)」(令和5年11月6日事務連絡)(以下、「Q&A」)等を踏まえた判断が必要です。
企画業務型裁量労働制の対象業務及び対象労働者は、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」に、「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」とされています(労働基準法38条の4第1項)。こちらの要件に該当するかは、改正「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」、通達、Q&A等を踏まえた判断が必要です。
2024年4月、裁量労働制に関して労働基準法施行規則と告示が改正されましたので、改正内容を踏まえた対応が必要です。
主な改正内容は以下のとおりです。
■専門業務型
- 労働者の同意の取得が必要に
- 対象業務の拡大
- 労使協定事項の追加
■企画業務型
- 労使委員会の決議事項の追加
- 労使委員会の運営規程規定事項の追加
- 労働基準監督署への定期報告の頻度及び報告事項の変更
■専門業務型・企画業務型共通事項
- 健康・福祉確保措置の充実
- 記録の保存すべき事項の追加
このうち、特に留意すべきなのは、専門業務型の「労働者の同意を得ること」です。改正前は、専門業務型の場合、適用対象者の個別同意は不要でしたが、改正後は、労働者ごとに、労使協定の有効期間ごとの同意が必要になりました。
2024年4月1日以降、新たに又は継続して裁量労働制を導入するためには、裁量労働制を導入する全ての事業場で対応が必要です。
裁量労働制は、適用可能な対象業務が決まっています。その対象業務は法令や通達に記載されていますが、適用の可否を容易に判断できるだけの業務内容が明確に記載されているわけではなく、基準も曖昧なところがあるため、ある業務が対象業務に該当するか否かの判断が困難なこともあります。
IPO準備中に適用が否定される事態になった場合、過去に遡って裁量労働制を非適用にしなければならず、その結果、未払賃金(割増賃金の未払い)が発生するようであれば、それを清算しなければなりません。
従って、IPO準備においては、裁量労働制の適用対象業務該当性は、より厳格に判断することが適切な対応だと考えられます。
法律事務所ZeLoでは、IPOを見据えているベンチャー・スタートアップ企業の皆様に向けた、人事労務のシリーズ勉強会「IPOを実現するための人事労務勉強会(全5回)」を定期開催してまいります。
第1回目:2024年10月8日(火)14:00~「IPO労務の勘所とIPO準備で必要な労働時間管理」
第2回目:2024年11月26日(火)14:00~「IPO準備でみなし労働時間制や裁量労働制を運用するときの注意点」
スタートアップ企業が上場をするためには、証券取引所および証券会社が行う上場審査において承認を受ける必要があります。しかし、上場審査事項は多岐にわたり、申請を目指す企業での作業量が多いうえに、専門的な知識なども必要なため、難航する企業も少なくありません。万が一体制が不十分だった場合、上場審査が通らないこともあるため、前もって上場審査に備える必要があります。
社会保険労務士事務所ZeLo・法律事務所ZeLoでは、上場会社の労務管理、スタートアップ・ベンチャー企業のIPO審査に向けた労務DDの経験など、IPO審査について多くの知見を有する社会保険労務士・弁護士などの専門家が、適切にサポートします。
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