ジョブ型人事とメンバーシップ型雇用の違いとは?労働法の観点から弁護士と社労士が解説
弁護士、人事労務部門統括
藤田 豊大
社会保険労務士
河野 千怜
労働基準法において、管理監督者は労働時間、休憩、休日に関する規定の適用が除外され、時間外や休日労働に対する割増賃金の支払いが不要とされています。しかし、管理監督者の判断基準は明確でなく、実態を伴わない「名ばかり管理職」の問題が生じています。IPO準備においては、管理監督者性が否定された場合の未払い割増賃金の遡及支払いリスクを考慮し、適切な範囲設定が重要な課題となっています。本連載では、労務デューディリジェンス(労務DD)で明らかになることが多い労務の課題とその注意点を解説していきます。第3弾となる今回は、IPO準備での適切な管理監督者の範囲設定について解説します。
2001年中央大学経済学部卒業、2004年社会保険労務士登録、2023年司法書士資格取得。株式会社セブン-イレブン・ジャパン(人事部)、社会保険労務士法人みらいコンサルティング(代表社員)などを経て2024年法律事務所ZeLoに参画。主に、上場会社の労務管理、スタートアップ・ベンチャー企業のIPO審査に向けた労務監査(労務DD)やM&Aにおける労務監査に携わる。また、証券会社などの金融機関に労働関係法令のアドバイスをする。
目次
労働基準法上の管理監督者の範囲設定は、IPO準備においても重要な論点になります。管理監督者は労働基準法の労働時間、休憩、休日の規定が適用されないため、法定時間外労働と法定休日労働の割増賃金の支払いが不要です。
労働基準法や判例、通達などにより管理監督者の判断要素が示されているものの、その判断基準は明確ではなく、いわゆる「名ばかり管理職」を生み出してしまっているケースも多くあるようです。万が一、管理監督者性が否定された場合には、管理監督者として処遇していたために支払っていなかった割増賃金を遡って支払うことにもなりかねません。
IPO準備においても、次のような管理監督者性の主要な判断要素に照らし合わせて判断し、管理監督者性が否定される可能性を極限まで低くするような対応が求められます。
労働基準法41条は、労働時間、休憩及び休日に関する規定について、①農業、畜産・水産業の事業に従事する者、②事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者及び③監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたものには適用しないとしています。
このうち、「②事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」がいわゆる管理監督者と言われる者です。
41条の規定により、32条(法定労働時間)、40条(労働時間の特例)、34条(休憩時間)及び35条(休日)は、当然適用がなく、36条(時間外及び休日の労働)及び37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)の時間外、休日労働の割増賃金に関する部分等は適用を受けないことになります。
なお、「深夜業」の規制、例えば37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)の深夜業に対する部分は適用されますので、午後10時から午前5時までの間に労働させた場合は、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
通達では、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)とは、「一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである」とされています。具体的な判断としては、下記のような考え方によるものとされています(昭和22年9月13日基発17号、昭和63年3月14日基発150号)。
上記の通達からすると、労働基準法上の管理監督者を検討する際は、企業内の役職にとらわれず、職務内容、責任と権限及び勤務態様並びに待遇等を加味して、限定的に検討しなければならないということになります。
参考になる裁判例として、東京地判平成20年1月28日労判953号10頁(日本マクドナルド事件)があります。
ファーストフード・チェーンの店長が、労働基準法上の管理監督者に当たるのか等を争った事案です。
判決では、管理監督者に当たるかどうかは、①職務内容,権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か、③給与(基本給、役付手当等)及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべきであるとされました。
これに対して、①当該店長は、店舗の責任者として、アルバイト従業員の採用、勤務シフトの決定、販促活動の企画、実施に関する権限を行使していましたが、その職務、権限は店舗内の事項に限られているとして、企業経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、重要な職務と権限を付与されているとは認められないとされました。
②また、当該店長は、自らのスケジュールを決定する権限を有し、早退や遅刻に関して、上司の許可を得る必要はなかったものの、店舗の各営業時間には必ずシフトマネージャーを置かなければならないという会社の勤務態勢上の必要性から、長時間労働を余儀なくされているとして、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められないとされました。
最後に、③処遇として、年間を通じて店長であった者の平均年収は約707万円であったものの、店長全体の10パーセントに当たるC評価の店長の平均年収は、下位職位より低額であり、店長全体の40パーセントに当たるB評価の店長の平均年収は、下位職種と比べて約45万円の差額しかないということで、管理監督者に対する処遇として、十分であるとは言い難いとされました。
以上により、当該店長は、その職務の内容、権限及び責任及び待遇の観点からしても、管理監督者に当たるとは認められず、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきとされました。
これらの中でもIPO準備において、特に重要な判断要素を2つ紹介します。
1つ目は「労務管理上の権限」の有無です。
労務管理上の権限は、例えば、人事考課や採用、異動、解雇、勤怠管理といった権限を指します。労務管理上の権限は、経営者と一体的な立場にあるか否かを判断する要素の一つになります。この権限が無い場合には、部長や課長などの職制上の肩書があったとしても管理監督者性が否定される可能性が高くなります。
IPO準備では、管理監督者の職務権限を確認し、権限に不足があると考えられる場合には、権限付与を検討する必要があります。
2つ目は、「給与などの報酬の逆転」の有無です。一般労働者と比較して、管理監督者の報酬額が低い場合には、管理監督者性が否定される可能性が高くなります。
定例給与額を見たときに、一般労働者の方が低額であっても、残業代が支払われることによって管理監督者よりも給与額が高くなるケースがあります。この場合、一般労働者の方が管理監督者よりも給与総額が高くなるため、報酬額の逆転現象が生じていることになります。
IPO準備では、このようなケースも含めて、報酬の逆転現象が生じているようであれば、それを是正する措置(賃金制度の見直しなど)が必要になります。労務管理上の権限については、最終的な決定権限まで必要なのか、報酬の逆転については部署ごとに比較すべきか、全社的に比較すべきかなど、会社の業態や規模などに応じて個別に判断していくことになります。
管理監督者性の判断要素は上記の2つだけではなく、その他にも複数あります。IPO準備に精通した社労士や弁護士のアドバイスをもとに、管理監督者性が肯定されうる権限付与や報酬決定をすること、その他の判断要素の検討を進めることが重要です。
なお、IPO審査の時に求められる主な質問は次の通りです。
(新規上場申請のための有価証券報告書(IIの部))
部署ごとに、企業集団各社で定義(認識)している管理監督者(管理職)の数と、労働基準法で定めるところの管理監督者の数を一覧にして記載してください。なお、差異が発生している場合にはその理由も記載してください。
(新規上場申請者に係る各種説明資料)
管理監督者の状況(部署ごとに、申請会社で定義(認識)している管理監督者(管理職)の数と、労働基準法で定めるところの管理監督者の数を一覧にして記載してください。なお、差異が発生している場合にはその理由も記載してください。
法律事務所ZeLoでは、IPOを見据えているベンチャー・スタートアップ企業の皆様に向けた、人事労務のシリーズ勉強会「IPOを実現するための人事労務勉強会(全5回)」を定期開催してまいります。
第1回目:2024年10月8日(火)14:00~「IPO労務の勘所とIPO準備で必要な労働時間管理」※終了しました
第2回目:2024年11月26日(火)14:00~「IPO準備でみなし労働時間制や裁量労働制を運用するときの注意点」
第3回目:2025年2月4日(火)14:00~「IPO準備での適切な管理監督者の範囲設定について」
スタートアップ企業が上場をするためには、証券取引所および証券会社が行う上場審査において承認を受ける必要があります。しかし、上場審査事項は多岐にわたり、申請を目指す企業での作業量が多いうえに、専門的な知識なども必要なため、難航する企業も少なくありません。万が一体制が不十分だった場合、上場審査が通らないこともあるため、前もって上場審査に備える必要があります。
社会保険労務士事務所ZeLo・法律事務所ZeLoでは、上場会社の労務管理、スタートアップ・ベンチャー企業のIPO審査に向けた労務DDの経験など、IPO審査について多くの知見を有する社会保険労務士・弁護士などの専門家が、適切にサポートします。
個社のニーズやビジネスモデルに応じて、アドバイスを提供していますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。