アセアン(ASEAN)諸国の「知財情報」を効率良く収集するには―東南アジアの知財制度・実務の調査ガイド
「アセアン(ASEAN/東南アジア諸国連合)」は、2025年10月に東ティモールが正式加盟し、東南アジア11カ国からなる地域協力機構となっています。しかし、一口にアセアンといっても、国ごとに知財(知的財産)制度や法体系は大きく異なります(コモンローの国、大陸法の国、フィリピンのようにそれらが混在する国などがあります)。いずれの国でも知的財産の重要性が高まっている点は共通していますが、人口規模、経済状況、IP関連の法整備の発展度合いには大きな開きがあり、事情は国によって様々です。今回は、そのような多様性に富むアセアン諸国における「知財情報の効率的な調査・収集方法」について解説します。

目次
アセアン諸国の経済・法制度の現状と知財環境の特徴
「アセアン諸国」は国ごとに経済や法整備の状況が大きく異なり、多様性に富んでいます。
直近の話題としては、2025年10月にインドネシアから独立した「東ティモール」が11番目の加盟国として正式承認された点が挙げられます。同国は「アジア最貧国」の一つとして経済的な課題を抱える一方、国民の平均年齢は約20歳と驚異的に若く、ブルネイのように豊富な石油・天然ガス資源による収入も見込めるなど、今後の経済の行方が注目される国の一つです。


各国の規模感を見ると、図1に示すように、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマーは「5,000万人以上の人口」を有しており、中でもインドネシアは世界人口ランキング第4位の巨大市場です。
経済水準の観点(図2)では、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンが「中所得国[1]」に位置し、ラオス、カンボジア、ミャンマーは「後発開発途上国」に分類されます。
この「中所得国」に位置する5カ国では、いわゆる「中所得国の罠[2]」を回避し、先進国入りを果たすべく、「外資呼び込み」や「研究開発(R&D)への優遇・支援」、「イノベーションの促進」を積極的に進めています。同様に、ラオス、カンボジア、ミャンマーにおいても、「後発開発途上国からの脱却」を目指し、「外資誘致」や「知財環境の整備」に注力しています。
このように国ごとに事情が異なる「アセアン諸国」において、「知財担当者」として現地の知財制度や実務をキャッチアップする場合、どのような方法をとれば効率良く情報を収集できるでしょうか。次章より具体的な方法をご紹介します。
アセアン諸国の「知財制度(知的財産制度)」を体系的に知るには
知財に関する法律や規則、審査基準、改正情報、統計情報については、ジェトロ(JETRO/日本貿易振興機構)のウェブサイト内にある「東南アジア・知財情報」にアクセスすることで、概ね情報を入手することができます。例えば、「タイの法令」であれば知財法、規則、審査基準の原文、英文、和訳が掲載されています(下記図3参照)。

アセアン地域においては、「ジェトロ・バンコク」および「ジェトロ・シンガポール」に知財部所員が駐在しており、アセアン11カ国を対象として主に以下の知財業務を行っています。
- 知財制度に関する情報の調査・広報
- 知財制度に関するセミナー開催(企業・専門家・政府機関向け)
- 知財に関する個別相談(ブリーフィング対応)
- 東南アジア知財ネットワーク(SEAIPJ)の運営
- 現地政府当局へのロビーイング活動(知財庁、警察、税関、裁判所など)
1~3について具体的に紹介します。
1. 知財制度に関する情報の調査・広報
調査・公報について、法改正情報や、ミャンマーの「商標・意匠に続く特許出願の受付開始」、シンガポールの「特許審査ハイウェイ(PPH)の強化(公式手数料の減額)」といった、日本企業に関心の高いトピックが掲載されています(メール配信の登録も可能です)。
また、日本企業からの相談が多いテーマに関する調査報告書も毎年作成されています。例えば、「アセアン地域におけるインターネット上の模倣品対策調査」や「タイ、ベトナム、インドネシアにおける特許クレームの翻訳の質の調査」などが挙げられます。
特に「各知財庁が提供する産業財産権データベースの調査報告」については、主要6カ国(インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール)の「検索DBの利用法」や、「権利化までの期間」、「出願人ランキング」などの統計情報がまとめられており、参考になるでしょう。
そのほか、アセアンの知財案件を取り扱う「法律事務所の一覧リスト」もアップデートされており、事務所の規模、対応言語、訴訟対応の可否などの情報を確認できます。新規の法律事務所探しや、既存の法律事務所の実績調べ等に利用できます(図4参照)。

2. 知財制度に関するセミナー開催(企業・専門家・政府機関向け)
セミナー開催については、毎年開催される「アセアン知財動向報告会」や「海外知的財産権最新情勢セミナー」に参加することで、統計情報や最新トピックを把握できます。近年はウェビナー形式での開催や、WIPO(世界知的所有権機関)・JPO(特許庁)・JICA(国際協力機構)専門家と連携したセミナーも増えており、情報収集の機会が広がっています。
3. 知財に関する個別相談(ブリーフィング対応)
個別相談については、現地事務所だけでは対応が難しい、現地当局が関わるような案件で活用が期待できます。
例えば、①早期権利化を図るべく、現地知財庁に向けて特許出願に係る技術説明会の開催をしたい、②模倣品流出に困っているため、ジェトロ主催の当局向け真贋判定セミナーに参加したい、③現地企業が既に会社のロゴやブランドの商標権を取得しているため、不使用・不正使用取消審判を請求するとともに、当局に対しこのままでは投資できないことを説明したい等といった「個別案件の相談」に利用できます。
アセアン諸国の「知財実務(IP実務)」の情報を得るには
制度の概要だけでなく、より実務的な情報を得たい場合は、INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)の「新興国等知財情報データバンク」が有用です。
こちらでは、企業や事務所が把握しておきたい現地情報がまとめられています。例えば「ベトナムでは用途発明は保護されるのか」「インドネシアではビジネスモデルの発明は保護されるのか」といった情報のほか、「インドネシアにおける特許権利化の遅延」や「タイにおける文字商標の識別力判断の厳しさ」といった、実務上の留意点についても調べることができます(下記図5参照)。

そのほか、日本知的財産協会(JIPA)の会員向け資料や、ジェトロの調査報告書等でも、日本企業から相談が多いテーマが取り上げられています。前者では「アジア・オセアニア諸国での特許取得の留意点」、後者では「タイ模倣品対策マニュアル」などが報告されており、実務の参考になるはずです(図6参照)。

アセアンで進む知的財産権保護
従来、アセアン諸国での知財保護といえば「模倣品対策」が中心であり、侵害係争も「商標権・著作権」が主でしたが、最近では「意匠権侵害」に関する訴訟や、「特許権侵害」による高額な訴訟案件も報告されるようになっています。
また、アセアン諸国に進出している日系企業の間では「職務発明規程の整備」を進める動きも見られ、現地従業員への報酬規程に関する問い合わせや、特許出願時の現地語翻訳の品質(権利行使可能性)に関する懸念の声も聞かれます。
このように、シンガポールやマレーシア、人口の多いインドネシアなどを筆頭に、現地企業・スタートアップを含めた「発明・意匠の保護と活用」への機運は、アセアン諸国においても徐々に高まっていると言えます。
今回の情報が東南アジアにおける知財実務においてご参考になれば幸いです。次回は、「東南アジアでの権利化の事例を調べる」などについてもご紹介したいと思います。
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注釈
[1]中所得国:一般に一人当たりの国内総生産(GDP)が4,000ドルから1万3,000ドル程度の国。
[2]中所得国の罠:新興国が中所得国のレベルで経済成長が停滞し、高所得国(先進国)へ移行できない状況。
参考文献
ジェトロ統計情報(タイ、ベトナム、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ラオス、カンボジア、ミャンマー、ブルネイ)
https://www.jetro.go.jp/world/asia
ジェトロの東南アジア・知財情報
https://www.jetro.go.jp/world/asia/ip.html
INPIT「新興国等知財情報データバンク」
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/
JIPA(日本知的財産協会)の知財情報
https://www.jipa.or.jp/