【講義資料(全55ページ)ダウンロード】最新法改正から実務まで!役員・従業員向けRS・RSU徹底解説
弁護士
伊田 愛久美
上場企業が有償ストックオプション(SO)を発行する際には、「適時開示制度」と「インサイダー取引規制」の双方を踏まえた検討が必要です。もっとも、両制度は対象となる事実に重複がある一方で、制度趣旨や根拠法令が異なるため、重要性・軽微性の判断基準が一致しない場合があります。特に、有償SOの発行に適用される軽微基準は、実務上誤解されやすい論点の一つです。本記事では、適時開示制度とインサイダー取引規制における軽微基準の違いを整理し、有償SO発行時の実務上の留意点について解説します。
2013年東京大学文学部卒業、2014年公認会計士試験合格。2015年より有限責任監査法人トーマツで勤務し、ベンチャー支援に軸足を置く旧トータルサービス事業部に所属。2021年2月まで上場会社監査、IPO準備会社監査、国内籍・海外籍を含むファンド監査等に従事。並行して司法試験予備試験・司法試験に合格。2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、同年法律事務所ZeLo参画。法務分野では、IPO、コーポレート・ファイナンス、開示規制(金商法・上場規程)、ベンチャー/スタートアップ法務、ジェネラルコーポレート、M&A、税務、訴訟/紛争解決など。会計分野では、IPOを前提とした収益認識会計基準の導入サポートを含む会計基準の適用に関するコンサルティング業務、価値算定業務、上場会社における開示書類作成サポートを実施。
※適時開示制度およびインサイダー取引規制の概要については、以下の記事で詳しく解説しておりますのでご参照ください。
有償ストックオプション(SO)の発行は、適時開示制度における「開示対象事実」と、インサイダー取引規制上の「重要事実」のいずれにも関連し得る事項です。
もっとも、両制度では、その該当性を判断する際の軽微基準の内容が異なります。
そのため、条件によっては、「インサイダー取引規制上の重要事実には該当しないが、適時開示は必要である」というケースが生じ得るため、実務上注意が必要です。
初めに、各制度の軽微基準について整理します。
有償SOの発行が適時開示制度上の開示対象事実に該当するか否かは、有価証券上場規程施行規則401条1号aの軽微基準によって判断されます。
有価証券上場規程施行規則401条1号a(決定事実に係る軽微基準)
a 会社法第199条第1項に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者の募集(処分する自己株式を引き受ける者の募集をする場合にあっては、これに相当する外国の法令の規定によるものを含む。)の払込金額又は売出価額の総額(当該有価証券が新株予約権証券である場合には、同法第238条第1項に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集(処分する自己新株予約権を引き受ける者の募集を含む。)の払込金額又は売出価額の総額に当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して出資される財産の価額の合計額を合算した金額)が1億円未満であると見込まれること。ただし、次のbに規定する場合、株主割当てによる場合及び買収への対応方針の導入又は買収への対抗措置の発動に伴う場合を除く。
同規定では、新株予約権証券に該当する場合、
を合算した金額が1億円未満であるか否かによって判断することとされています。
つまり、適時開示制度においては、有償SOの発行が軽微基準に該当するか否かを判断するにあたり、発行時の払込金額のみならず、将来の権利行使時に払い込まれる金額も含めて検討する必要があります。
一方、有償SOの発行がインサイダー取引規制上の重要事実に該当するか否かは、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1項1号イの軽微基準によって判断されます。
有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1号イ(上場会社等の機関決定に係る重要事実の軽微基準)
イ 会社法第百九十九条第一項に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者(協同組織金融機関が発行する優先出資を引き受ける者を含む。)の募集(処分する自己株式を引き受ける者の募集をする場合にあっては、これに相当する外国の法令の規定(上場会社等が外国会社である場合に限る。)によるものを含む。)又は同法第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集の払込金額の総額が一億円(外国通貨をもって表示される証券の募集の場合にあっては、一億円に相当する額)未満であると見込まれること(ロ及びハに規定する場合を除く。)。
つまり、同規定では、「募集の払込金額の総額が1億円未満であると見込まれること」が軽微基準として定められています。
もっとも、ここでいう「募集の払込金額」が、
という点が問題となります。
この点については、金融庁のパブリックコメントにおいて明確な解釈が示されています。
※金融庁パブリックコメント570頁No10参照
取引規制府令案第49条第1号イの「募集の払込金額の総額」は、発行価額と権利行使価額の総額と理解してよいか。
との質問に対し、金融庁は、
一般に、「募集の払込金額の総額」とは、募集時に払い込まれる金額の総額をいうものと考えられます。
と回答しています。
「一般に」という冒頭の記載が直接的な回答を避けているようにも読めはするのですが、パブリックコメントの記載を合理的に読み解けば、インサイダー取引規制上の「募集の払込金額の総額」には、新株予約権の行使時に払い込まれる行使価額は含まれず、募集時に払い込まれる金額のみが対象となるものと解されます。
したがって、取引規制府令案第49条第1号イに規定する「払込金額」とは、会社法238条1項3号に定める「募集新株予約権の払込金額(募集新株予約権一個と引換えに払い込む金銭の額)」のみを指すものと解されます。
前述の内容を表で整理すると、有償SO発行に係る両制度の軽微基準の差異は、以下のとおりです。
| 適時開示制度(東証規則) | インサイダー取引規制(金商法) | |
|---|---|---|
| 根拠 | 有価証券上場規程施行規則 401条1号a | 取引規制府令案第49条第1号イ |
| 算定の対象 | 払込金額(発行価額)+ 行使価額 | 払込金額(発行価額)のみ |
例えば、
というケースを考えます。
この場合、「払込金額」は1億円未満であるため、インサイダー取引規制上は重要事実に該当せず、軽微基準上、軽微なものとして取り扱われるものと解されます。
一方、適時開示制度においては、払込金額(発行価額)と将来の権利行使時に払い込まれる行使価額総額を合算して判断するため、その合計額は2億円となります。
したがって、適時開示制度上は軽微基準上、軽微とは取り扱われず、適時開示が必要となります。
このように、有償SOの発行については、インサイダー取引規制上は軽微基準に該当する一方で、適時開示制度上は開示義務が生じるケースがあり得るため、両制度を区別して検討する必要があります。
前述のとおり、有償SOの発行においては、両制度が同じ「1億円未満」という基準を採用している場合であっても、その算定方法が異なるため、軽微基準への該当性について結論が分かれることがあります。
このように、適時開示制度における「開示対象事実」とインサイダー取引規制上の「重要事実」は、その対象範囲に重複があるものの、重要性・軽微性の判断基準が常に一致するわけではありません。
したがって、「インサイダー取引規制上の重要事実に該当しないため、適時開示も不要である」といった理解は必ずしも妥当ではなく、場合によっては開示漏れにつながるおそれがあります。
実務においては、各制度の趣旨や根拠法令の違いを十分に踏まえたうえで、個別事案ごとに慎重に判断することが重要です。
本記事では、有償ストックオプション(SO)の発行における適時開示制度とインサイダー取引規制の軽微基準の違いについて解説しました。
もっとも、ストックオプションの発行にあたっては、本稿で取り上げた論点に加え、会社法・金融商品取引法・税務・資本政策など、多角的な観点から制度設計を検討することが重要です。
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