法務担当者を採用できない企業が検討すべき選択肢とは?法務機能から考える体制構築のポイント
弁護士、契約書アウトソーシング部門統括
高井 雄紀
上場会社では、投資者への情報開示を目的とする「適時開示」と、未公表の重要事実を利用した株式売買を規制する「インサイダー取引規制」の双方への対応が求められます。両制度は密接に関係しており、対象となる事実にも共通点がありますが、制度趣旨や判断基準には相違点も存在します。本記事では、適時開示とインサイダー取引規制の基本的な内容や両者の関係性について、初めて実務に携わる方にも分かりやすく解説します。なお、本記事では東京証券取引所の制度を前提として説明します。
2013年東京大学文学部卒業、2014年公認会計士試験合格。2015年より有限責任監査法人トーマツで勤務し、ベンチャー支援に軸足を置く旧トータルサービス事業部に所属。2021年2月まで上場会社監査、IPO準備会社監査、国内籍・海外籍を含むファンド監査等に従事。並行して司法試験予備試験・司法試験に合格。2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、同年法律事務所ZeLo参画。法務分野では、IPO、コーポレート・ファイナンス、開示規制(金商法・上場規程)、ベンチャー/スタートアップ法務、ジェネラルコーポレート、M&A、税務、訴訟/紛争解決など。会計分野では、IPOを前提とした収益認識会計基準の導入サポートを含む会計基準の適用に関するコンサルティング業務、価値算定業務、上場会社における開示書類作成サポートを実施。
適時開示とは、上場会社が投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす会社情報について、金融商品取引所(東京証券取引所等)の規則に基づき、迅速かつ公平に市場へ開示する制度です。
他方、インサイダー取引規制とは、会社関係者等が職務などで知った未公表の重要事実を利用して上場会社の株式等を売買することを禁止する制度であり、情報格差を利用した不公正取引を防止することを目的とする制度です。
一見すると両者は全く別の規制ですが、密接な関連性があります。また、適時開示の対象となる事実とインサイダー規制の対象となる重要事実の範囲は相当類似しているものの、細部を確認していくと、異なるところが見えてきます。
適時開示の対象となる事実は、会社の意思決定や事業活動、財務状況などに関する重要な情報のうち、投資者の投資判断に影響を及ぼす事項であり、大きく決定事実と発生事実に分類されます(有価証券上場規程402条参照)。また、子会社における一定の決定事実と発生事実も適時開示の対象となります(同規程403条参照)。
上場企業の適時開示担当者は、これらの有価証券上場規程と、東京証券取引所が公表する「東京証券取引所 会社情報適時開示ガイドブック」(2025年4月版のリンク先はこちら)や同ガイドブックをわかりやすく要約した東京証券取引所の各HPを参照して、適時開示の対象となり得る事実をピックアップし、さらに実際に適時開示を行うかどうかを検証します。
発生事実や決定事実に該当するとしても、金額的重要性が乏しいことなどの理由により、投資家の投資判断に与える影響が軽微と判断されるものは、適時開示の対象からは除外されます(いわゆる、軽微基準)。
また、適時開示にはバスケット条項が存在し、所定の決定事実・発生事実以外の事実であっても「当該上場会社(または当該上場会社の子会社)の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重要な事項であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」は適時開示の対象となります。
実務的には、このバスケット条項の該当性が検討対象となる場合には、定型的判断が難しい側面もあり、あとから適時開示漏れによる上場規程違反と取り扱われることがないよう、保守的に開示対象とすることも少なくありません。
適時開示は、TDnet(Timely Disclosure network:適時開示情報伝達システム)上で行われます。TDnetは、上場会社が行う適時開示に係る一連のプロセスを総合的に電子化したものであり、上場会社は、会社情報の適時開示を行う場合に、TDnetを利用することが義務付けられています(有価証券上場規程414条1項)。
インサイダー取引規制とは、会社関係者等が、その職務等に関して上場会社等の業務等に関する重要事実を知った場合に、その重要事実が公表される前に当該会社の株式等を売買することを禁止する制度です(金融商品取引法166条)。
厳密には、インサイダー取引規制と呼ばれるものとして、公開買付者等関係者等によるインサイダー取引規制(同法167条)、役員・主要株主の自社株等売買の規制(同法163条から165条)、情報伝達・取引推奨規制(同法167条の2)も存在しますが、会社関係者等によるインサイダー取引規制はもっとも典型的なものであり、本記事ではこの点について詳述します。
インサイダー規制の重要事実についても、適時開示の対象となる事実と同様に、決定事実、発生事実があり、子会社に関する事実、バスケット条項も存在します(同法166条2項)。また、決算情報も重要事実の一部です。
重要事実として列挙される事実であっても、些細な情報については投資家の投資判断に影響しないと考えられることから、決定事実及び発生事実については軽微な事実を重要事実から除外する軽微基準が定められており、決算情報については、重要事実に該当するための要件として重要基準が定められている(同法166条2項3号)という構造となっています。
両者は、投資家の投資判断に重要な影響を与えるかどうか、という判断基準で定められたものであるため、一見して似通った事実が記載されています。
しかし、細部を検討すると異なるところがあり、また、決定事実の「決定」の意義も適示開示とインサイダー取引規制で異なります。
| 有価証券上場規程402条1号 | 金融商品取引法166条2項1号 |
|---|---|
| (1) 上場会社の業務執行を決定する機関が、次のaからatまでに掲げる事項のいずれかを行うことについての決定をした場合(当該決定に係る事項を行わないことを決定した場合を含む。) a 会社法第199条第1項に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者の募集(処分する自己株式を引き受ける者の募集をする場合にあっては、これに相当する外国の法令の規定(上場外国会社である場合に限る。以下同じ。)によるものを含む。)若しくは同法第238条第1項に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集(処分する自己新株予約権を引き受ける者の募集を含む。)又は株式若しくは新株予約権の売出し b 前aに規定する募集若しくは売出しに係る発行登録(その取下げを含む。)又は当該発行登録に係る募集若しくは売出しのための需要状況の調査の開始 c 資本金の額の減少 d 資本準備金又は利益準備金の額の減少 e 会社法第156条第1項(同法第163条及び第165条第3項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定又はこれらに相当する外国の法令の規定による自己株式の取得 f 株式無償割当て又は新株予約権無償割当て fの2 前fに規定する新株予約権無償割当てに係る発行登録(その取下げを含む。)又は当該発行登録に係る新株予約権無償割当てのための需要状況若しくは権利行使の見込みの調査の開始 g 株式の分割又は併合 h 剰余金の配当 i 株式交換 j 株式移転 jの2 株式交付 k 合併 l 会社分割 m 事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け n 解散(合併による解散を除く。) o 新製品又は新技術の企業化 p 業務上の提携又は業務上の提携の解消 ・・・ | 一 当該上場会社等(上場投資法人等を除く。以下この号から第八号までにおいて同じ。)の業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと又は当該機関が当該決定(公表がされたものに限る。)に係る事項を行わないことを決定したこと。 イ 会社法第百九十九条第一項に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者(協同組織金融機関が発行する優先出資を引き受ける者を含む。)の募集(処分する自己株式を引き受ける者の募集をする場合にあつては、これに相当する外国の法令の規定(当該上場会社等が外国会社である場合に限る。以下この条において同じ。)によるものを含む。)又は同法第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集 ロ 資本金の額の減少 ハ 資本準備金又は利益準備金の額の減少 ニ 会社法第百五十六条第一項(同法第百六十三条及び第百六十五条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定又はこれらに相当する外国の法令の規定(当該上場会社等が外国会社である場合に限る。以下この条において同じ。)による自己の株式の取得 ホ 株式無償割当て又は新株予約権無償割当て ヘ 株式(優先出資法に規定する優先出資を含む。)の分割 ト 剰余金の配当 チ 株式交換 リ 株式移転 ヌ 株式交付 ル 合併 ヲ 会社の分割 ワ 事業の全部又は一部の譲渡又は譲受け カ 解散(合併による解散を除く。) ヨ 新製品又は新技術の企業化 タ 業務上の提携その他のイからヨまでに掲げる事項に準ずる事項として政令で定める事項 ・・・ |
重要事実が「公表」されると、会社関係者等は、当該会社の株式等を売買することが許されることになります。この「公表」の方法は法定されており、金融商品取引法166条4項に定める「多数の者の知り得る状態に置く措置として政令で定める措置」又は重要事実等の記載された有価証券報告書等の公衆縦覧による方法に限定されます。
「多数の者の知り得る状態に置く措置として政令で定める措置」とは、具体的には、金融商品取引法施行令30条に定めるところにより
等によることになります。
この方法にはTDnetによる開示による方法が含まれ、TDnetを通じて適時開示がなされた場合には「公表」がなされたものとして、会社関係者等は、当該会社の株式等を売買することが許されることになります。
他方、上場会社のインターネット上にウェブサイトを開設している場合に、当該ウェブサイト上で重要事実を開示したとしても、重要事実の「公表」をしたものとは取り扱われません。
このように、適時開示とインサイダー取引規制には、適時開示によって、インサイダー取引規制上の「公表」が認められ、会社関係者等の当該会社の株式等の売買が許される、という意味での関係性があります。
本記事では、適時開示とインサイダー取引規制の基本的な内容や、両制度の関係性について解説しました。
両制度は、投資者の保護や市場の公正性を確保するという共通の目的を有する一方で、制度趣旨や法的根拠、対象となる事実や判断基準には相違点があります。そのため、実務においては、一方の制度だけを前提に判断するのではなく、それぞれの制度を正しく理解した上で、適切な情報管理・開示対応を行うことが重要です。
法律事務所ZeLoでは、適時開示に関する実務対応やインサイダー取引規制への対応をはじめ、上場会社における取引所規制・開示規制に関する法的支援を幅広く提供しています。適時開示の要否判断や重要事実への該当性の検討、社内体制の整備などでお困りの際は、お気軽にご相談ください。