【専門家が解説】IPO上場申請書類はどこから作る?②Ⅱの部の作成手順と主要項目
弁護士、IPO部門統括
伊東 祐介
公認会計士
成田 宗一郎
近藤 未来
IPO(新規株式公開)を目指す企業にとって、上場審査の成否を左右するのが申請書類の質と整備体制です。Ⅰの部は、上場審査資料であると同時に、目論見書や有価証券届出書など将来の開示書類の基礎となる書類です。本記事では、Ⅰの部の位置づけと作成手順、主要項目ごとの実務上のポイントについて解説します。
鳥飼総合法律事務所入所後、株式会社日本政策投資銀行企業戦略部(M&Aアドバイザリー業務)、株式会社東京証券取引所上場部(適時開示制度構築・運用業務)、日本取引所自主規制法人上場審査部(上場審査業務)での勤務を経て、2023年法律事務所ZeLo参画。主な取扱分野はIPO、IR、M&A、ベンチャー・スタートアップ法務、訴訟/紛争解決など。著書・論文に『新規株式上場の実務と理論』(商事法務、2022年)、「適時開示制度の概要(前編・後編)」(月刊監査役673、675号)など多数。株式会社サカイホールディングス(東証スタンダード市場9446)社外監査役、株式会社リオ・ホールディングス社外取締役等を兼任し、上場会社及び上場準備会社の社外役員として法務・ガバナンスの観点から助言・監督機能を担っている。
2010年上智大学経済学部卒業。2013年公認会計士試験合格。2014年有限責任あずさ監査法人入所し、法定監査、任意監査等に従事。PwCあらた有限責任監査法人、みずほ証券株式会社、一般事業会社を経て、ナリタ公認会計士事務所を開業。2025年法律事務所ZeLo参画。
目次
Ⅰの部は、上場審査だけでなく、金融商品取引法に基づく開示資料の前提となる重要な書類です。Ⅰの部は原則として、有価証券届出書に適用される「企業内容等の開示に関する内閣府令」に準じて作成され、目論見書・有価証券届出書・上場後の有価証券報告書といった法定開示資料の基礎として活用されます。
| 項目 | 新規上場申請のための有価証券報告書 (Ⅰの部) | 目論見書 | 有価証券届出書 | 有価証券報告書(上場後) |
|---|---|---|---|---|
| 目的 | 新規上場審査において、会社の事業内容・経営状況・リスク等を証券取引所に開示し、上場適格性を判断してもらうため | 投資家に対して投資判断の材料を提供するため(届出書の要約・販売用資料) | 有価証券の募集・売出しを行う際に、投資家保護のための情報開示 | 上場後、投資家に対して継続的に投資判断に有用な会社情報を開示するため |
| 主な記載内容 | 会社概要、事業内容、経営方針、財務情報、リスク情報、役員情報など(将来の投資判断に関わる詳細情報) | 有価証券届出書の内容を基にした投資家向け要約版。募集・売出しの目的、会社・財務情報、リスクなど | 発行有価証券の内容、募集・売出しの条件、発行会社の事業・財務状況など | 事業内容、経営方針、財務諸表、役員・株主情報、リスクなど(Ⅰの部に類似するが毎期更新) |
| 提出先 | 東京証券取引所 | 金融庁(EDINET) | 金融庁(EDINET) | 金融庁(EDINET) |
| 根拠規定 | 東証上場規程・施行規則 | 金融商品取引法 | 金融商品取引法 | 金融商品取引法 |
| 作成責任主体 | 発行会社 | 発行会社 | 発行会社 | 発行会社 |
このように Ⅰの部 は、上場申請時点では東京証券取引所に提出する上場審査用資料である一方で、金融商品取引法に基づく投資家向け開示書類(目論見書、有価証券届出書、有価証券報告書等)の基礎となる位置づけを有します。したがって、Ⅰの部の記載に誤りがそのまま上場時の「有価証券届出書」に反映されれば、金融商品取引法上の問題に繋がり得ることから、Ⅰの部の作成については慎重に検討する必要があります。加えて、投資家が企業の状況を適正に判断できるよう、経営成績等の状況の概要と、経営者の視点による分析・検討内容を具体的かつ分かりやすく記載することが求められます。
作成にあたっては、事業内容や経営戦略等の定性情報(前提・方針・リスク認識等)を先行して整理したうえで、財務数値やKPI、注記等の定量情報を整合的に反映していく進め方が実務上は有効です。
また、Ⅰの部は投資家向け開示として、文章表現だけでなく、数値の整合性(連結財務諸表・注記・関連当事者情報等との一致)や、改訂により拡充されるサステナビリティ/人的資本等の開示要求を踏まえたアップデートが重要になります。
なお、本シリーズでは「Ⅱの部(各種説明資料)を優先して作成する」という考え方をご紹介してきましたが、Ⅰの部にはⅡの部(各種説明資料)の記載ではカバーしきれない観点(Ⅱの部と記載が重ならない項目を含みます)もあるため、Ⅱの部(各種説明資料)の完了後に全て着手するのではなく、事業等のリスクやサステナビリティに関する考え方や取り組み、人的資本に関する開示等の一部項目については、早期からⅡの部と並行して検討を進める必要があります。
主要な記載項目とポイントは以下の通りです。なお、以下は主要項目の抜粋であり、全項目を網羅するものではありません。
売上高、経常利益、親会社株主に帰属する当期純利益、包括利益、純資産額、総資産額、1株当たりの各指標、自己資本比率、自己資本利益率、株価収益率、キャッシュフローの各指標、従業員数などを記載し、連結財務諸表や注記の金額と一致させる必要があります。
提出会社、連結子会社、非連結子会社に係る重要な事項を提出日までの状況で記載します。
セグメント情報に記載された区分ごとに、事業に携わる主要な関係会社の名称を記載します。
親会社、持分法適用関連会社、その他の関係会社の資本金、議決権等の所有割合等の数値が、関連当事者情報の数値と一致しているか確認が必要です。
経営判断の根幹となるものであり、提出日時点 における連結会社の経営方針や経営戦略を、経営環境に対する経営者の認識を含めて記載することが期待されます。サステナビリティに関する考え方や取り組み、人的資本に関する開示も義務付けられており、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標についてそれぞれ記載します。
また、人的資本に関する開示の拡充のため、2026年3月31日以降以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等にて「企業戦略と関連付けた人材戦略及びそれを踏まえた従業員給与等の決定方針」、「従業員の平均給与の対前年比増減率」等の開示も求められることになります。
なお、2027年3月期から、時価総額が一定規模以上の東京証券取引所プライム市場上場会社に対し、段階的にサステナビリティ開示基準の適用を義務付ける方針が示されたことを受け、これまで任意または「サステナビリティに関する考え方」としての開示に留まっていた事項が、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が策定する基準に基づき、より厳格に義務付けられるようになりますので、今後上場申請を行う場合は留意する必要があります。
経営者が認識している自社のビジネスを取り巻く環境(市場動向、競合状況等)を分析した上で、優先的に対処すべき課題を具体的に記載します。
具体的な将来の目標数値の記載については、将来予測情報の開示に伴う虚偽記載リスクや、その後の業績変動による賠償責任等の法的リスクを鑑み、引受証券会社と十分に協議した上で慎重に判断する必要があります。
企業の経営に重要な影響を及ぼす可能性のあるあらゆるリスクを、具体的に、かつ簡潔に記載することが求められています。
事業環境や財務状況、経営体制に関するリスクだけでなく、それらに対する経営者の認識、および対応策についても分かりやすく説明し、投資家や審査機関が企業の潜在的な課題を正確に把握できるよう、客観的かつ網羅的な情報開示が求められます。
引受証券会社としても引受リスクの担保を当該項目で図る趣旨があることから、記載項目数は関係者と連携のうえ記載が求められます。リスクの発生可能性や、顕在化した場合の経営への影響度を「小・中・大」と明記することが望ましいです。
研究開発活動の状況と研究開発費の金額をセグメント情報に関連付けて記載します。
所在地、用途、規模、稼働状況、直近期の投資額や主要案件、目的、減損の有無などを記載します。さらに、主要拠点別の能力および稼働の見通し等を客観的な数値とともに記載します。
重要な設備投資の予定と資金調達の方針について、必要に応じて簡潔に記載します。Ⅰの部で唯一といっても過言ではない「将来情報」を定量的に記載できる箇所となります。
会社の投資計画の開示を通じて投資家にアピール可能な箇所となりますので、入念な準備と社内で合意された計画に基づく記載が必要となります。
発行可能株式総数、発行済株式数、新株予約権等の状況、発行済株式総数、資本金等の推移、所有者別状況、議決権の状況などを記載します。
機関設計の理由、取締役会等の活動状況、役員の男女別人数や女性比率、社外役員の独立性基準、監査役監査、内部監査、会計監査の状況などを具体的に分かりやすく記載します。
連結財務諸表は連結財務諸表規則に、財務諸表は財務諸表等規則に基づいて作成している旨を記載します。各金額に付された注記番号と注記内容の対応、連結貸借対照表の資産合計と負債純資産合計の一致、連結損益計算書と連結包括利益計算書の当期純利益の一致などがチェック項目です。
重要な会計方針、会計方針の変更、重要な会計上の見積り、未適用の会計基準等、表示方法の変更、重要な後発事象など、連結財務諸表規則で求められる事項を記載し、前期および当期のそれぞれについて記載が必要です。
特別利害関係者等の株式等の移動状況、第三者割当等による株式等の発行内容、取得者の概況、株主状況などを記載します。
監査法人が作成した監査報告書を添付いたします。重要な会計上の論点は、なるべく早く監査法人との間で解決しておく必要があります。
Ⅰの部は上場審査用資料であると同時に、上場後の投資家向け開示(目論見書・届出書・有価証券報告書)の基礎となる重要書類です。
作成にあたっては、数値や注記の整合性を押さえつつ、制度改正も踏まえて継続的にアップデートしていくことが欠かせません。
また、Ⅱの部(各種説明資料)優先の進め方を前提としつつも、リスクやサステナビリティ等は早期から並行して検討することが有効です。
法律事務所ZeLoは、この課題を解決するため、法務を起点としたIPO顧問(PM支援)として、課題の抽出から規程の整備、申請書類作成、上場後の開示までを一貫して伴走いたします。
特に申請書類作成においては、全体を通じたフル支援はもちろん、判断に迷う特定の項目のみを切り出した「項目別コンサルティング」の提供も可能です。サステナビリティや人的資本等の複雑な項目において、「何を」「どこまで」書くべきかという方針決定から実務まで、貴社の状況に合わせた柔軟な体制でサポートいたします。
申請書類作成でお困りの方、あるいは抽出された課題を「誰に解決を依頼すべきか」迷われている方は、ぜひ一度、弊所のIPOコンサルタントにご相談ください。
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申請書類の作成や体制整備にお困りでしたら、まずはお気軽にご相談ください。貴社の実情に応じた対応は、個別のご事情を伺ったうえでご提案いたします。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、将来予想の表現、特定他社との比較、所内ノウハウの詳細化は行っていません。実務適用にあたっては、貴社の状況に応じた個別のご相談をご検討ください。