【社会保険労務士が解説】IPO準備での36協定上限時間管理と長時間労働防止策の重要性について

特定社会保険労務士
安藤 幾郎

近年、フリーランスとして働く人々が増加し、多様な働き方が広がる一方で、フリーランスの方に対する、不明確な契約条件の提示や報酬未払い、ハラスメントといった問題が顕在化しています。こうした課題に対応するため、2024年11月1日に「フリーランス保護新法」が施行されました。本法は、フリーランスの取引を適正化し、就業環境の安全性を確保するための新たな規制を定めています。本記事では、本法の背景や主要な規制内容、適用範囲、そして実務対応策について詳しく解説します。
目次
フリーランス法(正式名称:「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)は、フリーランスが事業者として安定した環境で業務に従事できるよう、発注者に対して適切なルールを定めることを目的として制定されました。本法は2024年11月1日に施行され、フリーランスと発注者の取引の透明性を向上させ、トラブルの防止を図るための規制を設けています。
近年、フリーランス人口が増加し、その働き方が広がる一方で、原則として労働関連法によって保護される労働者ではないため、従来の労働法制の枠組みでは十分に保護されないという課題がありました。特に以下の問題が顕在化していました。
これらの問題は、フリーランスが組織に属さず、企業との交渉力に格差があることが要因となっています。従来の下請法や労働関連法では、フリーランスが適用対象外となるケースも多く、十分な救済策が用意されていませんでした。
政府はこの状況を踏まえ、フリーランスの適正な取引を確保し・就業環境を整備するために、新たな法制度を導入する必要があると判断しました。
本法は、以下の2つの種類の規制から成っているものです。
1.取引の適正化(公正取引委員会が所管)
2.就業環境の整備(厚生労働省が所管)
本法の施行により、フリーランスは、契約内容の明確化と一方的に不利な条件で取引を強制されることから保護され、契約上のトラブルを未然に防ぐことが可能となります。これにより、フリーランスと発注者の双方にとって公正な取引環境が確保されることが期待されています。
本法において保護対象となるのは、「特定受託事業者」と呼ばれるフリーランスです。以下のすべての要件を満たす者が「特定受託事業者」として保護の対象となります。
本法の適用を受けるのは、「特定受託事業者に業務委託を行う事業者(発注者)」です。発注者の規模や業種を問わず、フリーランス(特定受託事業者)に業務委託を行うすべての法人・個人事業者が適用対象となります。
具体的には、以下のようなケースが該当します。
契約期間による規制の違い
本法では、業務委託契約の期間によって、発注者が負う義務が異なります。
フリーランス保護新法では、取引の適正化と就業環境の整備をするために発注者とフリーランスの関係に応じた規制を設けています。本章では、発注者側の分類と、適用される規制の種類について整理します。
本法では、業務委託を行う発注者の形態に応じて、適用される規制が異なります。発注者は以下の4つのカテゴリーに分類され、義務内容が段階的に増えていきます。
発注者の分類 | 該当するケース | 課される義務 |
---|---|---|
業務委託事業者 | フリーランス(特定受託事業者)に業務を委託するすべての事業者 ※ 従業員を雇用していない事業者(個人事業主、一人法人など)も対象になります。 | 取引条件の明示 |
特定業務委託事業者 | 従業員を雇用又は役員がいる事業者 | 取引条件の明示、報酬支払いの適正化、募集情報の的確表示、ハラスメント防止措置 |
1か月以上の特定業務委託事業者 | 従業員を雇用又は役員がおり、1カ月以上の業務委託を行う事業者 | 取引条件の明示、報酬支払いの適正化、募集情報の的確表示、ハラスメント防止措置、禁止行為の遵守 |
継続的業務委託を行う特定業務委託事業者 | 従業員を雇用又は役員がおり、6カ月以上の業務委託を行う事業者 | 取引条件の明示、報酬支払いの適正化、募集情報の的確表示、ハラスメント防止措置、禁止行為の遵守、育児介護等と業務の両立に対する配慮義務、中途解除等の予告、解除等の理由の説明義務 |
規制の種類に応じて分類すると次のようになります。
取引の適正化(公正取引委員会所管)
就業環境の整備(厚生労働省所管)
フリーランスとの取引の適正化を図るため、発注者(業務委託事業者)は業務委託の際に、一定の取引条件を明示する義務を負います。これにより、契約条件が曖昧なまま業務が進むことを防ぎ、トラブルの発生を抑制します。
明示すべき取引条件
これらの条件は書面または電磁的方法で通知する必要があります。口頭のみの通知は認められず、取引の透明性を確保するための重要な規定です。
本法では、フリーランスに対する報酬の適正な支払いを義務付け、支払い遅延や報酬未払いのリスクを軽減しています。
報酬支払期日の規定
本法では、1か月以上の業務委託契約において、発注者がフリーランスに対して行ってはならない禁止行為が明確に定められています。
以下の行為が禁止されています。
フリーランス法では、発注者にフリーランスの就業環境の整備を義務付け、安定的に業務に従事できる環境を確保することを目的としています。主な規制は以下の4つです。
募集事項の適正表示
妊娠・出産・育児・介護と業務の両立の配慮
ハラスメント防止措置
解除等の予告義務、理由の説明義務
発注者は、継続的業務委託関係(6か月以上)にあるフリーランスが、妊娠・出産・育児・介護と仕事との両立に配慮する義務を負います。
主な配慮事項
この義務は6か月に満たない業務委託をするフリーランスに対する関係では努力義務であり、発注者に一律の対応を強制するものではありません。
発注者は、フリーランスへのハラスメント防止措置を義務付けられます。ハラスメント申告が発生した時に、業務委託関係においても適切な対応が求められます。
発注者の義務
対象となるハラスメント
フリーランス保護新法では、発注者が義務を怠った場合に行政が監督・指導を行う体制を整えています。具体的には以下の措置が取られます。
本法には、義務違反に対する罰則も規定されています。
フリーランス保護新法の施行により、発注者は業務委託契約書の内容を適正に整備し、フリーランスとの取引を明確かつ公正に行うことが求められています。本章では、特に重要な契約書の見直しポイントについて整理します。
本法では、業務委託契約の透明性を確保するため、契約締結時に一定の事項を明示することが義務付けられています。契約内容が曖昧なまま業務が進むことを防ぎ、トラブルの発生を抑制することを目的としています。
明示事項の抜粋(公取委規則第1条参照)
第●条(再委託の明示)
委託者及び受託者は、以下のとおり、本件業務の委託が、元委託者から委託者が委託を受けた業務(以下「元委託業務」という。)の全部又は一部について再委託するものであることを確認する。
(1) 元委託者:●
(2) 元委託業務の対価の支払期日:●年●月●日
再委託の場合の明示事項
再委託を行う際は、元委託者の支払期日から起算して30日以内に定める必要があります。特に、再委託であることを契約書内で明示し、以下の事項を記載することが求められます(法第4条3項、公取委規則第6条)。
(1) 再委託である旨
(2) 元委託者の商号、氏名または名称、もしくは事業者別の識別番号等
(3) 元委託業務の対価の支払期日
契約書への反映
これらの事項を契約書に明示しない場合、元委託者の支払い期日から起算して30日以内に支払いを受けることができないため、契約時点で適切に規定することが重要です。再委託に関する文言は、契約書のひな形に組み込んでおくことも有効です。
第●条(成果物の納入)
受託者は、20●●年●●月●●日に、次に定める成果物を次に定める場所に納入しなければならない。成果物の具体的な仕様については、本書面別紙により定めるところによる。
(1) 成果物:●●(次条第1項に定める成果物の著作権及び同条第2項に定める知的財産権を含む。) (2) 納入場所:●●
期日:納入期日は、契約で明確に定める必要があります。本法では、報酬の支払いは給付の受領から60日以内と規定されており、再委託がある場合は、元委託者の支払期日から30日以内とする必要があります。
成果物:知的財産権の譲渡や許諾を含む場合は、契約書で明示することが求められます。本条では、知的財産権の移転を想定した表現を採用しています。
納入場所:給付を受領し、または役務を提供する場所は明示する必要があります。納品がメール等のオンライン形式で行われる場合は、その旨を記載することで対応可能です。
第●条(業務委託料)
委託者は、受託者に対し、本委託業務の対価(以下「業務委託料」という。)として、金●●円(消費税別)(第●条に定める知的財産権の帰属及び移転の対価を含む。)を支払う。第●条(業務委託料)
1. 本委託業務の対価は、月額金●●円(消費税別)とする。
2. 第●条に定める知的財産権の帰属及び移転の対価は、金●●円(消費税別)とする。
知的財産権を譲渡・許諾する場合、その対価を明示する必要があり、契約書に記載することで取引の透明性を確保できます。
継続的業務委託の場合(法第16条1項)
第●条(契約期間)
1.本契約の有効期間は、本契約締結の日から20●●年●●月●●日までとする。
2.前項の規定にかかわらず、期間満了の30日前までに委託者、受託者のいずれからも書面による本契約の変更又は終了の申し入れのない場合、本契約は同一条件で自動的に1年間更新され、以後も同様とする。第●条(期間内解約)
委託者は、受託者に対して、解約日の30日前までに書面により通知することにより、いつでも本契約を解約することができる。
契約期間の定め方として一般的ではありますが、継続的業務委託の場合は、30日以上前に、解約等の予告期間を適切に設定することが重要です。
フリーランス保護新法の施行に伴い、ハラスメント防止措置の対象が拡大され、特定受託業務従事者(フリーランス)も保護の対象となりました。これにより、従来の従業員向けハラスメント防止対策を見直し、業務委託契約に関わるフリーランスにも適用する等の対応が求められます。
ハラスメント防止の方針を明確にし、就業規則やハラスメント防止規程を改定することが必要です。なお、契約中のフリーランスだけでなく、業務委託契約の交渉中のフリーランスに対するハラスメントも禁止対象とすることを明示し、社内外に周知することが望ましいとされています。
特定受託事業者が安心して相談できるよう、ハラスメント相談窓口を設置し、適切に周知することが求められます。周知の方法としては、
といった手法が考えられます。
ハラスメント相談に適切に対応するため、相談担当者への教育を実施し、対応能力の向上を図ることが求められます。特に、プライバシーへの配慮を徹底し、相談者が安心して話せる環境を整えることが重要です。
フリーランスの働き方は多様であり、委託者側と受託者側の状況も個別性が高いため、「こうすべき」と決めつけるのではなく、適切なプロセスを踏んで結論を導き出すことが重要とされています。育児・介護等に関する配慮の申出があった場合、継続的業務委託を行っている委託者は、配慮義務を負いますので、丁寧に対応し、調整を行うことが望まれます。
委託者は、育児や介護を理由にしたフリーランスへの不当な扱いを防ぐため、社内において、これらの行為をしないように周知し、フリーランスの就業環境を安定したものにすることが望まれます。
以上が、フリーランス法の概要です。法施行に伴い、企業には適切な対応が求められています。法律事務所ZeLoでは、人事労務領域を専門とする弁護士や社労士が在籍し、チームで企業の皆さまのお悩みに対応しています。弁護士・社労士が連携して対応する労務顧問サービスでは、企業規模や労働環境等に合わせて、労働保険・社会保険手続業務の代行から、就業規則その他諸規程の作成・レビュー、人事制度設計支援まで、迅速かつ質の高いサービスを幅広く提供いたします。