An Overview of the Legal Framework of Vietnamese AI Law
弁護士
室井 剣太
日本企業でAI活用が本格化する中、ベトナムもAI成長市場として台頭し、2026年3月には明文のAI法が施行されました。ベトナムのAI法は、日本のソフトロー型とは異なるリスクベース規制を採用し、高リスクAIに対して適合性評価等の義務を課しています。本記事は、ZeLoとベトナムの法律事務所であるASIA LEGALとの共同企画による連載第1回として、日本企業がベトナムでAI事業を展開する際に押さえておくべき法規制の全体像を解説します。特に、ベトナム法体系におけるAI法の位置づけを取り上げます。
2026年時点で、日本企業におけるAI活用は実験的なツールから標準的なインフラへと成熟し、業務における導入率はほぼ70%に達しています。国内のAIインフラ投資も数千億円規模に急増しており、日本企業は全社的な本格導入のフェーズへと移りつつあります。
同時に、ベトナムも大きく変貌しつつあります。従来のオフショア開発拠点というイメージを脱し、東南アジアを代表するAI成長市場の一つとして台頭しています。2026年初頭にはAI導入率が世界平均を上回り、これを支える法的基盤の整備が急務となりました。こうした背景から制定されたのが、2025年人工知能法(法律第134/2025/QH15号。以下「AI法」といいます。)です。
AI法の最大の特徴は、日本が採用するソフトロー的なアプローチとは異なり、法的拘束力のあるリスクベースの規制枠組みを導入した点にあります。この枠組みの下では、高リスクに分類されたAIアプリケーションに対し、適合性評価の実施や厳格な技術文書の整備が義務付けられます。さらに同法は、AIを国家の成長を牽引する重要な原動力であり、新たな生産手段であると位置づけています。
本記事では、このような両国におけるAIビジネスの現状を踏まえたうえで2026年3月に施行されたこの画期的な法律が、ベトナム市場でAIシステムを展開しようとする、または越境サービスを提供しようとする日本の投資家にどのような影響を及ぼすかを詳しく解説します。
なお、本記事は、ベトナムの法律事務所であるASIA LEGALのVinh Luu弁護士、Hieu Nguyen弁護士およびPhong Tran弁護士との共同執筆です。
ASIA LEGALは、急速に進化するベトナムのビジネス・商事法分野で最先端の法務を手がける大手法律事務所であり、M&A、キャピタルマーケット、外国投資、エネルギー、不動産、紛争解決の各分野に豊富な専門知識を有しています。これらの伝統的な実務分野に加え、知的財産、テクノロジー・メディア・テレコミュニケーション(TMT)、データ保護といった最先端分野においても、ベトナム法務の第一線で活躍しています。
この連載は、ASIA LEGALとZeLoとの友好的かつ協力的な関係の証です。本記事が、日越間のAI関連ビジネスの健全かつ適切な発展および両国のAI産業の今後の成長に資することを願っています。
ASIA LEGALのVinh Luu弁護士、Hieu Nguyen弁護士およびPhong Tran弁護士には改めて心からの感謝を申し上げます。
ASIA LEGALのウェブサイトはこちら:

2026年3月1日に施行されたAI法は、ベトナムにおけるAIシステムの研究、開発、提供、展開および利用を規律する法的枠組みとして制定されました。同法は、国家のデジタル・トランスフォーメーション(DX)戦略を支える法的なバックボーンとして機能しています。
ベトナムにおいて、DX戦略を検討する際に重要な法律としては、2023年電気通信法、2023年消費者権利保護法、2024年データ法、2025年デジタル技術産業法、2025年個人データ保護法、2025年知的財産法、2025年サイバーセキュリティ法などがあります。AI法は、これらの他の基盤的な法律と密接に連携しています。
ベトナム政府は、AIを専門の規制対象として位置づけることで、国家の生産性を高める重要な原動力、そして新たな生産手段として推進することを目指しています。そのため、AIに関する規制法をこの度新たに制定しました。
AIという文脈において上記の各法律がどのように関与しているか、以下から概観していきます。
2023年電気通信法は、電気通信サービス、データセンター、クラウドコンピューティングサービスおよび新たな形態のデジタルインフラを規制し、デジタル経済を支える基盤的な枠組みとして機能しています。
現代のAIシステムは膨大な量のデータの収集・保管・処理に依存しているため、これらのインフラは、AI技術の研究、開発および展開に不可欠な物的基盤となっています。
もっとも、2023年電気通信法が規律するのは、主に情報の伝送および保管に用いられるインフラそのものであり、そのインフラ上で稼働するAIアルゴリズムから生じるリスクまでは対象としていません。
言い換えれば、2023年電気通信法はデータが行き交う「デジタル・ハイウェイ」を整備するものであって、AIシステムを含め、そのハイウェイを走る「車両」を規律するルールまでは定めていないのです。
2024年データ法は、データを一種の資産として正式に承認した点で、立法思想における重要な転換を示しています。
特に注目すべきは、データがもはや行政目的のための情報としてのみ捉えられるのではなく、経済取引において活用・評価・交換され得る資源として認識されるようになったことです。
それにより、有形資産と同様に、データも法律の定めに従い、譲渡、共有、賃貸、ライセンス供与その他の方法で商業化できるようになりました。この変化は、デジタル経済における新たな生産要素としてデータが位置づけられつつあることを示しています。
もっとも、データを資産として認識することは、その法的地位や流通の可否を明確にするにとどまります。データの真の価値は、所有すること自体ではなく、それを分析・処理し、知識、予測、意思決定、付加価値のある製品やサービスへと転換する能力にあるからです。
まさにこの転換の段階で、AIはデータを活用するための最も重要なツールとして登場します。2024年データ法がデータの資産化とその流通を後押しするものだとすれば、AI法は、この流動的な資産を前例のない規模で活用する技術を規律するものといえます。両法律は連続的かつ補完的な関係にあるのです。
2025年デジタル技術産業法は、ベトナムのデジタル技術製品・サービス・企業の発展を後押しするものであり、AIをイノベーションの推進や国家競争力を高める戦略的技術の一つとして位置づけています。
このように見ると、ベトナムの法的枠組みには、比較的一貫した立法上の論理があることが分かります。すなわち、2024年データ法がデータを資産として確立し、2025年デジタル技術産業法がそのデジタル資産をデジタル技術製品やサービスを通じて活用・商業化する仕組みを作り、さらにAIがそうしたデータを経済的価値へと転換する中核的な技術として機能する、という関係です。
しかし、AIが企業・公的機関・個人に大きな影響を及ぼすデジタル技術製品・サービスとしての性格を強めるにつれ、2025年デジタル技術産業法の発展志向的な規定だけでは対応しきれない課題が生じてきました。
AIが関わる意思決定について誰が責任を負うべきか、アルゴリズムバイアスをどう制御すべきか、AIシステムの社会経済的リスクをどう評価すべきか、生成AIモデルにどのような透明性義務を課すべきか――こうした問題は、いずれも2025年デジタル技術産業法の規定の範疇を超えるものです。これらの問題にこそ、AI法が埋めようとしている規制の間隙があるといえます。
データ活用のためにAIを利用する場合には、AI法だけではなく2025年個人データ保護法に定められた原則の遵守が必然的に求められます。デジタル環境において、AIは非個人データと個人データの双方について、大量のデータにアクセスし得るからです。
AIのこうした機能は、特に個人データがAIの学習に用いられる場合や、データ主体が当初同意した目的を超えてデータが処理される場合において、プライバシー侵害のリスクを著しく高めます。
したがって、AI法は単独で運用することはできません。適法性、透明性、目的限定、データ最小化、データ処理における説明責任といった個人データ保護法の中核原則を土台とし、これと整合的に機能する必要があります。
個人データに加え、AIシステムは著作物、商標、意匠、特許、データベースなど、知的財産法によって保護される素材も処理し得ます。
現行の法的アプローチでは、AIは独立した法主体ではなく、あくまで人間が操作・制御するツールとして扱われるのが一般的です。したがって、著作権その他の保護対象素材が違法に収集・入力され、あるいはAIの学習・運用に用いられた場合、その責任は、役割や行為の内容に応じて、開発者、展開者、公表者、利用者といった関係する人間に主として帰属すべきものとなります。
この点、現行の知的財産法は既に侵害の判断や責任の配分について十分な枠組みを備えており、AI法は、こうした原則をAIの文脈においてどう適用するかを明確化し、強化する役割を担うことになります。
全体として見れば、AI法は既存の法律に取って代わるものではありません。むしろ、ベトナムのデジタル経済が次の発展段階に進むための法的な土台を強化し、完成させる――既存の法律をつなぎ、補い合う枠組みとして機能するものといえます。
次回は、連載の2回目として、ベトナムAI法の規定内容、特にリスクベースアプローチの内容について詳細に紹介します。
ASIA LEGALは、急速に進化するベトナムのビジネス・商事法分野で最先端の法務を手がける大手法律事務所です。M&A、キャピタルマーケット、外国投資、エネルギー、不動産、紛争解決の各分野に豊富な専門知識を有しています。
これらの伝統的な実務分野に加え、知的財産、テクノロジー・メディア・テレコミュニケーション(TMT)、データ保護といった最先端分野においても、ベトナム法務の第一線で活躍しています。

法律事務所ZeLoでは、日本企業の海外進出や、外国企業の日本市場参入を支援するリーガルサービスを提供しています。本件に関しご質問やご支援が必要な場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。