IPO準備で重要な「上場申請書類」とは?Ⅰの部・Ⅱの部の役割、必要書類一覧、審査のポイントを解説
弁護士、IPO部門統括
伊東 祐介
近藤 未来
2025年12月、東京証券取引所および日本取引所自主規制法人は、上場直後の重大な会計不正の発覚事案を受け、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」(以下「東証資料」といいます。)を公表しました。本資料は、上場審査機能の質的向上と不正防止に向けた制度・運用上の見直しを明確にしたものであり、IPO準備企業のみならず、主幹事証券会社、監査法人、そして外部専門家にとって極めて重要な指針となります。本記事では、東証が示した対応内容を整理するとともに、特に今回の対応の中核となった「内部通報体制の実効性確保」に焦点を当て、IPO準備企業が直面する新たな審査基準と対応策を専門的観点から解説します。
鳥飼総合法律事務所入所後、株式会社日本政策投資銀行企業戦略部(M&Aアドバイザリー業務)、株式会社東京証券取引所上場部(適時開示制度構築・運用業務)、日本取引所自主規制法人上場審査部(上場審査業務)での勤務を経て、2023年法律事務所ZeLo参画。主な取扱分野はIPO、IR、M&A、ベンチャー・スタートアップ法務、訴訟/紛争解決など。著書・論文に『新規株式上場の実務と理論』(商事法務、2022年)、「適時開示制度の概要(前編・後編)」(月刊監査役673、675号)など多数。株式会社サカイホールディングス(東証スタンダード市場9446)社外監査役、株式会社リオ・ホールディングス社外取締役等を兼任し、上場会社及び上場準備会社の社外役員として法務・ガバナンスの観点から助言・監督機能を担っている。
2011年京都大学法学部卒業、2013年慶應義塾大学法科大学院修了。2019年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2021年9月法律事務所ZeLo参画。主な取扱分野は、訴訟・紛争解決、危機管理、M&A・組織再編、ジェネラルコーポレート・ガバナンス、人事労務、ベンチャー・スタートアップなど。
2010年上智大学経済学部卒業。2013年公認会計士試験合格。2014年有限責任あずさ監査法人入所し、法定監査、任意監査等に従事。PwCあらた有限責任監査法人、みずほ証券株式会社、一般事業会社を経て、ナリタ公認会計士事務所を開業。2025年法律事務所ZeLo参画。
目次
東証資料は、新規上場直後の不正発覚という重大な事態に対し、取引所として「真摯に受け止める」と明記し、以下の領域に重点的な対応を示しました。
また、スタートアップ育成を妨げないよう、「不正リスクに応じたメリハリのある対応」を行う姿勢も示されています。この点は、単に審査強化を行うだけでなく、企業規模や事業特性に応じた合理的な運用を目指すものであり、IPO準備企業にとっては「早期にリスクを特定し、適切に対応する体制」の重要性が一層高まったといえます。
資料では、代理店比率が高いモデルなど不正リスクが高い事業類型について、主要な実質的仕入先・販売先の会社概要等を申請書類に新たに記載することが明記されています。これにより、企業は従来以上に以下のような事項を整理し、東証に対して説明が可能なように整理して準備しておく必要があると考えられます。
形式的な「主要取引先の一覧」から、実態に踏み込んだ説明を求める方向に審査がシフトしたといえます。
上場準備期間に監査法人が交代している場合には、前任監査法人へのヒアリングを可能にする環境整備(守秘義務解除等)が申請会社に求められるようになりました。さらに、主幹事証券会社の交代や監査法人及び主幹事証券会社の主要な担当者交代についても取引所が経緯を確認することが明記されています。
これにより、企業側は、監査法人・証券会社の交代理由、交代に至る問題点の解消状況を客観的に説明できる資料整備が必要になります。監査法人・証券会社の交代は、必ずしもネガティブな事情を意味するものではありませんが、説明責任の重要性が以前より格段に高まったといえます。
今回の取引所対応のうち、最も直接的かつ早急な対応が求められるのが「内部通報体制の整備」です。背景にあるのは、オルツ社不正事案で明らかになった「黙殺された内部告発」という重大な教訓です(本記事では公開情報として言及)。
これを受け、取引所は内部通報制度の「形式的な設置」にとどまらず、その実効性を徹底的に審査する姿勢を打ち出しています。
なお、公益通報者保護法上の従事者を指定する義務、事業者内部の公益通報に適切に対応する体制を整備する義務は、常時使用する労働者数が300名を超える事業者に課されていますが、上場審査ではこのような公益通報者保護法上の義務が課される事業者ではなくとも以下の項目が審査されることも重要な変更点となります。
取引所は、内部通報体制において以下を確認するとしています。
IPO準備企業では、経営陣や幹部が通報窓口に影響力を行使する可能性がゼロではなく、独立性が担保されなければ通報者は報復を恐れ、制度は機能しません。取引所は、この独立性が不十分な場合、上場適格性に重大な影響があるとの姿勢を明確にしており、IPO準備企業にとって最優先で対応すべき要件となっています。
取引所は、内部通報制度の実効性確保には、通報者が安心して利用できる環境が必要であるとして、以下の整備状況を確認します。
「制度はあるが、通報者が保護されない」という状態は、審査上重大なマイナスとなります。内部通報規程と運用実態が一致しているかどうかが厳しく確認されるため、制度の形だけ整えても意味がありません。
また、規程には表れない部分においても、以下のような施策を通じて利用者の安心感を醸成し、制度利用を促進し、「通報者の心理的安全性」を確保することが鍵となります。
なお、通報者保護は、実際の通報対応においても、上場審査の観点からも重要であるため、内部通報規程と運用の実態が乖離のない制度構築が必要であるとされています。
取引所は、上場適格性に関する情報を受け付ける通報窓口を役職員に周知するよう、IPO関係者と協力して取り組む方針を示しています。周知状況は審査時に確認されます。これは、社内通報が黙殺されるリスクを軽減し、不正兆候を多角的に検知するための仕組みです。
企業としては、通報を受けた後に、以下を行える体制を整える必要があります。
調査が不十分で不正の発見が遅れれば、IPOスケジュールの遅延や中止につながるリスクがあります。
取引所は、経営幹部に対し「上場の責任」に関する啓発を強化するとしており、社外取締役・監査役へのヒアリングでは次の点を確認します。
社外役員の形式的配置ではなく、「役割を果たしうる体制・情報共有・プロセス」が実質的に評価されるフェーズに入っています。
今回の公表では、小規模監査法人がIPO監査を行うケースが増加している現状を踏まえ、公認会計士協会の取組みに期待する旨が明記されています。また、証券会社との連携を通じ、適切な引受審査機能の発揮を促す姿勢も示されています。
IPO審査における取引所・証券会社・監査法人・専門家の連携はますます重要性を増しており、法務としても、
など、専門領域をまたいだ伴走が求められるフェーズに入っています。
内部通報制度の高度化は「制度の形を整える」段階から「実効的運用へ」の転換期に入りました。IPO準備企業が直ちに取り組むべき事項は次のとおりです。
を役職員に正しく理解させる教育が不可欠です。
不正防止体制の基本は、経営から独立した第三者のチェック機能です。
上場審査では、社外取締役や監査役に対し、不正防止に向けた体制整備・運用状況の評価が確認されます 。彼らが不正防止体制の脆弱性を独立した立場からチェックできるよう、積極的な情報提供と連携を行い、実効的な監督機能を果たせる環境を整備することが求められます 。
取引所が最も重視する「経営陣から独立した窓口」を確実に実現する最も堅実な方法は、弁護士等の 外部機関を通報窓口として設置することです。外部機関を窓口とする場合の主なメリットは以下の通りです。
経営陣と従業員の距離が近い企業では、たとえ社内の人間を窓口に置いても、経営陣の意向や組織内の力学から完全に独立性を確保することは困難です。この点において、審査上の実効性の疑義が生じる環境にあります。これに対し、弁護士は法的守秘義務を負い、組織内部の力学に左右されません。通報内容は厳格に管理され、審査上求められる完全な独立性を確実に満たします。
通報者が社内で特定・報復されるリスクを大幅に低減し、制度の利用促進につながります。
内部通報制度は、単に設置するだけでは価値を持ちません。「通報があったときに、企業価値を守りながら、適切な是正が迅速にできるか」が審査でも実務でも決定的に重要です。
今回の公表資料では、IPO審査が量的・形式的なチェックから、「不正リスクを適切に把握し、自律的に管理できる組織であるか」を問う質的審査へと大きく移行することを明確に示しています。その中心に位置付けられるのが、以下の項目です。
法律事務所ZeLoは、IPO支援・ガバナンス・内部通報制度整備・不正調査などの領域で豊富な実績を有しており、「不正リスクを踏まえた上場審査の高度化」という新しい潮流に即した総合的な支援を提供しています。
法務はこれら全てに横断的に関与し、企業の実態を踏まえつつ、審査で問われる観点を先回りして整理する役割を担います。IPO準備の早期段階から、専門家が関与して文書整備・内部統制・通報体制を統合的に設計することが、今後の上場審査をクリアするうえで極めて有効です。
IPO準備に関するご相談や、上場申請書類・内部通報制度の整備について関心をお持ちの企業様は、ぜひお気軽にお問い合わせください。