【社会保険労務士が解説】IPO準備での適切な管理監督者の範囲設定について
特定社会保険労務士
安藤 幾郎
社会保険労務士
河野 千怜
令和6年8月28日、内閣官房より「ジョブ型人事指針」が公表されました。 令和5年5月16日に公表された、「三位一体の労働市場改革の指針」及び令和6年6月21日に閣議決定された、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」において「個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)の導入」という施策が掲げられていました。そしてその一環として、ジョブ型人事を導入している企業20社の事例をまとめた「ジョブ型人事指針」が公表されました。 こちらの指針では、各社における、ⅰ)制度の導入目的、経営戦略上の位置付け、ⅱ)導入範囲、等級制度、報酬制度、評価制度等の制度の骨格、ⅲ)採用、人事異動、キャリア自律支援、等級の変更等の雇用管理制度、ⅳ)人事部と各部署の権限分掌の内容、ⅴ)労使コミュニケーション等の導入プロセス、などについて説明されています。 本記事では、日本企業の多くが長期間採用してきたメンバーシップ型雇用との対比と共に、 ジョブ型雇用について、労働法の観点から弁護士と社会保険労務士が解説します。
2010年一橋大学法学部卒業、2012年一橋大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、同年岡本政明法律事務所入所。2014年弁護士法人レイズ・コンサルティング法律事務所入所。2022年法律事務所ZeLoに参画。主な取扱分野は人事労務、訴訟/紛争解決、ジェネラル・コーポレート、ベンチャー/スタートアップ法務、M&A、IPO、危機管理、データ保護、事業再生/倒産など。
メンバーシップ型とジョブ型は共に法的に定義されている言葉ではありませんが、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」を参考すると、メンバーシップ型は、「新卒一括採用中心で、異動は会社主導である制度」と特徴づけられます。また、ジョブ型は、「会社が個々の職務に応じて必要となるスキルを設定し、従業員は自ら職務を選択していく制度」という点に特徴がある雇用制度といえます。
これらのほか、労働契約期間を通して業務・職種(や勤務地)が特定・限定されているか否かで区別をすることがあります。つまり業務・職種が特定・限定されておらず、企業が広範な配転命令権を有する雇用型をメンバーシップ型とし、業務・職種が特定・限定されており、企業は基本的に配転命令権を有しない雇用型をジョブ型と定義づけることがあります。ジョブ型は職種限定正社員等と呼ばれることもあります。
本記事では、後者の、業務・職種の特定・限定の有無による違いを用いることとします。
なお、欧米などの国で採用されているジョブ型は、ジョブ(職務)と賃金が結びついている雇用型をいいます。「ジョブ型人事指針」(以下「指針」といいます。)や本記事における定義とは異なりますのでご留意ください。
メンバーシップ型においては、ジョブローテーションによって様々な業務の経験を積むことが前提となっており、募集時点では従事する仕事が具体的に決まっていないことが一般的です。
新卒で採用されてから定年により退職するまでの長期間、同じ会社のメンバーとして過ごす仲間を選抜することになるため、その人が、ある職種の業務を適切に遂行できるかという視点よりも、その人のポテンシャルや素質が重要視される傾向にあります。
他方、ジョブ型においては、採用時に職種が限定されていますので、一般的にはそれに見合う知識や経験を有しているかを見極めることが採用活動のポイント になります。
即戦力を求める傾向のある中途採用においては、従来からジョブ型雇用を適用するケースが多くありました。反対に、新卒採用(特に事務系職種)では業務や職種を限定しないことが一般的でした。しかし、指針においては、入社時から 職務・職種を限定するという意味で ジョブ型人事を導入している企業の事例も多く掲載されています。
この点と関連して、2024年4月に労働基準法施行規則が改正され、労働契約の締結に際しての労働条件明示において、雇入れ時の就業場所及び業務内容だけでなくその変更の範囲も明記しなければならなくなりました。
これは、労働政策審議会労働条件分科会による2022年3月「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」において、「勤務地、職務、勤務時間を限定した『多様な正社員』について、労使双方にとって望ましい形で普及を図ることが重要となっている」として、「個々人のニーズに応じた多様な正社員の普及・促進を図る観点から、労働基準法15条1項による労働条件明示事項として、就業の場所・従事すべき業務の変更の範囲を追加することが適当と考えられる」という報告を踏まえた改正事項となります。
労働契約の期間を通じて業務内容を限定する場合は、変更の範囲として雇入れ直後と同様の業務内容を記載するか、「雇入れ直後の従事すべき業務と同じ」と明記する必要があります。
職業安定法施行規則でも同様の改正がありましたので、会社は自覚的に、募集時点からジョブ型雇用を志向して勤務地・業務を限定するのか、また、限定の範囲はどうするのかを検討しておくことが必要です。
メンバーシップ型では、会社主導のジョブローテーションによって様々な業務の経験を積むことが前提となり、配属先の先輩や上司によるOJTを通して技能を習得していくことになります。
「GXやDXなどの新たな潮流は、必要とされるスキルや労働需要を大きく変化させる。人生100年時代に入り就労期間が長期化する一方で、様々な産業の勃興・衰退のサイクルが短期間で進む中、誰しもが生涯を通じて新たなスキルの獲得に務める必要がある。他方で、現実には、働く個人の多くが受け身の姿勢で現在の状況に安住しがちであるとの指摘もある」(三位一体の労働市場改革の指針)にも関わらず、従来の日本の雇用システムは、「異動は会社主導、企業から与えられた仕事を頑張るのが従業員であり、将来に向けたリ・スキリングがいきるかどうかは人事異動次第。従業員の意思による自律的なキャリア形成が行われにくいシステム」(指針)であるという傾向がありました。
仮に配属先で成果を出せないということがあっても、職種が限定されていないため、会社は他の職務・職種への転換を検討することができ、あるいは検討しなければならないということになります。
これに対して、ジョブ型雇用においては、本人がその職務・職種に見合う能力を元々有していること又は自分で身に着けることが想定されています。考え方としては、会社主導で職務・職種を変更しないということになりますので、労働契約で特定された職務・職種で求められた水準で業務の遂行ができない場合には、労務提供が不十分である、ということになります。
指針では、能力が足りないとしてもPIPなどでパフォーマンス改善の機会を与える企業の事例が紹介されています。PIPとは、「『Performance Improvement Program』の略で、 ローパフォーマーや問題行動を抱える社員の行動改善のための取組」や「パフォーマンスが芳しくない社員に対する業務改善指導」と定義されていますが、対象従業員との日常的なコミュニケーション、PIPの位置づけ等の留意すべき事項の記載があり参考になります。
メンバーシップ型では、人事異動は会社主導で行われます。人事異動は業務内容の変更であるため、労働条件の変更となりますが、メンバーシップ型においては、他の職種には就かせないといった明示的な合意がない限りは、就業規則に基づく一方的な配転命令ができると考えられています。
他方で、ジョブ型においては、労働契約で業務内容が特定・限定されているため、一方的に就業規則に基づく配転命令を行うことはできません(労働契約法第10条但書)。 例えば、該当の仕事が消滅するなどして、異動や業務内容の変更が必要な場合は、該当の労働者から個別の同意を得て、労働契約を締結し直す必要があります。
令和6年4月26日最二小判(滋賀県社会福祉協議会事件)では、職種限定合意がある場合、職種の廃止による解雇を回避するためであっても、従業員の同意なく従業員を異動させることを認めず、異動命令は 無効と判断されました。従前、職種限定合意があっても雇用維持のための配転を有効とする裁判例(平成19年3月26日東京地判(東京海上日動火災保険事件))もありましたが、今回の判決により、職種限定合意のある場合の異動については従業員の同意を得ることが必要ということが示されました。
このように、ジョブ型における人事異動は、会社主導ではできず、労働者から個別の同意を得る必要があるということになります。
では、特定の職種が廃止され、他の職務への異動を打診しても合意が得られないときに解雇ができるのかどうかですが、会社全体の業績が悪化している中、職種の変更に同意しない職種限定社員の解雇を有効とした裁判例(平成7年4月13日東京地判(スカンジナビア航空事件))があります。但しこちらは、会社全体の業績が悪化しており、整理解雇として有効とされた事例ですので、他の職務への異動について合意が得られないことを理由にいつでも解雇が有効とまで考えられてはいないことに留意が必要です。
指針においては、社内公募制度を拡充しつつも会社主導の人事異動の可能性を残している企業の事例や、職種の変更がある場合には本人のキャリアプランを尊重して明示的な同意を得るようにしている事例などが紹介されています。
契約解消の事由については様々ありますが、本記事では便宜上、成績不良社員の契約解消について述べます。解雇の要件は、労働契約法16条により①客観的合理性と、②社会的相当性と解されています。そして、①の客観的合理性に関連して、使用者には解雇回避努力義務があると考えられています。具体的には、教育・指導、他職種への転換や降格を検討することなどが想定されています。
メンバーシップ型において、体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地があるとして解雇を無効とした裁判例があります(平成11年10月15日東京地判(セガ・エンタープライゼス事件))。また、勤務成績不良の事実が認められるとしても、その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格等の手段を講じることなく行われた解雇を無効とする裁判例もあります(平成28年3月28日東京地判(日本アイ・ビー・エム(原告3名)事件))。
他方、ジョブ型においても、上記の解雇の要件を満たす必要があります。解雇回避努力を否定する理由もないと考えられます。
但し、管理職、高度な職務遂行能力を求められる専門職、職種・地位を特定して雇用される中途採用者については、能力や適格性の判断は、特定された職務について検討し、警告や改善の機会を与えたかどうかは考慮されるものの、降格等の解雇以外による対応は必ずしも求められないと考えられています(菅野和夫・山川隆一著『労働法第十三版』 (弘文堂、2024年)751頁 )。
実際に、その経験や能力の発揮を期待され職務を特定して中途採用された管理職や専門職労働者の事案において、勤務成績が不良であることを理由に解雇を有効とする例は少なくありません。例えば、人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約について、その適格がないと判断されるときは、下位の職位への配置換えや他の部署への配置転換等を命ずる義務はなく、解雇は有効とする裁判例があります(昭和59年3月30日東京高判(フォード自動車事件))。
指針では契約解消については言及されていませんが、裁判例を参考にしながら、個別に判断していく必要があると考えます。
指針は、様々な企業の採用、評価、報酬制度のわかる資料になっていますので、自社の在りたい姿を検討しつつ、参考にされるとよいとでしょう。但し、業務・職種の特定・限定の有無により、労働法の観点で遵守すべきルールに様々な違いがあることから、制度を導入又は変更される際には弁護士や社会保険労務士等の専門家にご相談されることをおすすめします。
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