【社会保険労務士が解説】IPO準備での適切な管理監督者の範囲設定について
特定社会保険労務士
安藤 幾郎
社会保険労務士
河野 千怜
日本の労働法は、社会的背景により、諸外国と異なる日本独自の特徴が複数あります。日本において、就業規則を策定し、または人事制度などを構築する際には、労働法に定められている事項を一つひとつ確認・検討し、定めていかなければいけません。本記事では、日本の労働法の社会的背景や、労働法の種類について説明したうえで、日本の労働法における主要な特徴を解説します。厳しい解雇規制をはじめ、労働時間制度・残業・有給休暇・ハラスメント対応・紛争解決制度など、労働管理上留意しておきたい事項などを8つのポイントに分けて、弁護士が事例を交えて分かりやすく解説します。
目次
日本の労働法制の土台は、第二次世界大戦後に日本の社会経済が復興する中で形成されてきたものといえます。企業と協調的な企業別労働組合に支えられた集団的な労使慣行や、判例法理によるその追認を通じて、正社員への厳格な雇用保障を中心にした日本的雇用システムが法的な準則としての地位を得ていきました。その結果、日本の労働法制は欧米諸国とは異なる独自のルールを含むものになっています。
海外では多くの場合、雇用契約は、特定の職務の遂行と引き換えにその対価を支払うことを約束するものと考えられます。これに対して、高度経済成長期以降の日本の大企業が正社員と締結してきた雇用契約は、労働者が従事する職務内容は白紙のまま、長期雇用が保障されたメンバーとしての「地位」を設定するものだったと分析されることもあります。そして正社員には、その地位を前提に、柔軟に企業の業務命令や企業が指示する勤務形態に従うことを求めてきました。つまり、諸外国は職務(ジョブ)中心に雇用を考えることに対して、日本の正社員の雇用の特徴は、人(メンバーシップ)中心に雇用を考える、という説明です。
これを日本の労働法制の特徴として説明し直すと、まず挙げられるのが、正社員のメンバーシップを保障するための厳しい解雇規制です。そしてその引き換えに、使用者には、非正規労働者の雇用を相対的に自由に終了させられること、広範な採用の自由、就業規則法理により(一定の限界はあるものの)一方的な労働条件の設定・変更が可能になっていること、職種や勤務地を限定しない雇用慣行を反映した配置転換、転勤命令の自由、柔軟な労働時間の調整、定年制の法的承認などが与えられました。裁判所は、これらのルールについて日本の大企業だけでなく、原則として中小企業や外資系企業も遵守すべきものとして整理をしてきました。個別事案によっては、企業規模、人事制度の設計、労働者との契約内容等が判断に影響を及ぼすこともありますが、原則としては外資系企業についても同じルールの下で判断されます。
なお、1990年代のバブル崩壊後、上記の日本型雇用の限界が指摘され、非正規労働者の活用範囲を拡大するなど労働市場改革が進められましたが、厳しい解雇規制を中心とする日本型雇用システムは維持されてきました。
また同時に、あるべき雇用社会の実現を図る手段として、立法主導での労働法制の改革も進められてきました。実際、ここ10年ほどに実施された、労働契約法改正による有期雇用労働者にかかる無期転換ルールの導入、女性活躍推進法などを通した女性の社会進出の促進、多様な働き方の実現や過重労働の抑止、同一労働同一賃金規制の導入などを標榜した働き方改革は、それぞれ実現すべき政策的目標を掲げた取り組みといえます。
近年の立法が日本型雇用システムを変容させる可能性があることも指摘されています。例えば、日本型雇用システムは、家庭生活を専業主婦であるパートナーに任せる男性社員が担うことを事実上又は暗黙の前提にしていましたが、男女雇用機会均等法の制定以来の女性の社会参加促進施策は、専業主婦婚を前提にした雇用モデルに整合しづらい面があります。
また、有期雇用労働者の無期転換ルールの導入や同一労働同一賃金の規制を導入した働き方改革による一連の非正社員の待遇の改善は、メンバーシップを保障された正社員労働者と、周辺的労働力であった非正規社員という区分を相対化するものとも言えます。
とはいえ、日本型雇用やそれを追認した厳格な解雇規制を中心とした労働法制が維持されるのか、撤廃の方向に向かうのかについては未だ不透明です。少なくとも現時点では、厳しい解雇規制をはじめとした日本の労働法制の土台部分は、法的ルールとしての地位を失ってはいません。したがって、2023年の時点では、日本の労働法制の適用を受ける事業者は、伝統的な日本の労働法制への理解をしながら、日々立法によって追加されていく新たな法的義務やそれに付随する社会規範を遵守する必要があるといえます。
日本では、講学上の概念として、労働にかかわる諸法令を労働法と呼びますが、労働法という法律はありません。以下に紹介する法律が、労働法を構成する主な法律となっています。
労働基準法は、労動者が働く条件についての最低基準を定めたもので、労働者を保護することを目的とした法律です。例えば、労働時間、休憩、休日、有給休暇などに関するルールが定められています。
労働基準法の遵守状況については、労働基準監督署が監督しており、違反した使用者に対しては刑事罰が科されることもあります。労働法の中でも中心的な法律といえます。
労働契約法は、使用者・労動者間で締結される労働契約に関するルールを定めた法律です。労働契約を締結する際のルール、労働契約の内容を変更する際の手続、労働契約を終了する際の手続などを定めています。
総論で日本の労働法制の特徴として挙げた厳格な解雇規制については、もともと判例上の法理でしたが、労働契約法に明文化され、現在では制定法上のルールになっています。
労働組合法は、労動者の団結・団体行動(=労働組合などの結成)を認め、使用者と対等な立場で交渉ができるよう調整することを目的とした法律です。日本国憲法は、労働者が使用者と対等な地位で交渉できるようにするため、
を保障しているとされており、労働組合法は、これら労働三権を具体的に保障するため、労働組合の権利保護に関するルールなどを定めています。
上記以外に、以下の法律が労働法の例として挙げられますが、これらに限られません。
労働安全衛生法、職業安定法、最低賃金法、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律、男女雇用機会均等法(※正式名称:雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)、労働者派遣法(※正式名称:労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)、パートタイム・有期雇用労働法(※正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)、育児・介護休業法(※正式名称:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)
原則として労働者が労務を提供すべき地が日本である場合には、日本の労働関係法令が適用されます。ただし、当該労働契約にとって最も密接な関係がある地の法が他にあることを示すことができる場合にはこの限りではありません(法の適用に関する通則法12条)。
外資系企業が日本法人を設立し、日本国内で労務提供をする労働者を雇用する場合、日本法が適用される可能性が極めて高いと言えます。仮に本国法人が、日本国内で労務提供をする労働者を直接雇用する場合には、日本法が適用されるか本国法が適用されるかという点については詳細に検討すべき問題といえますので、日本の労働法に精通した弁護士に相談をすることをお勧めします。
労働法制の規制の仕方について、原則として都道府県等による地域別の規制の違いはなく、日本全国で一律に同じ規制を受けます(例外的に、最低賃金の金額などは都道府県ごとに設定されます)。
日本の労働法制の下では、期間の定めのない労働者を解雇する際、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)とされています。
つまり、客観的に合理的な理由があることと、社会通念上相当であることが解雇の要件です。しかし、この文言からは、使用者が具体的に何を注意し、どのような状態であれば解雇ができるのかは、ほとんどわかりません。
どのような場合に解雇が有効になり得るのか、どのような点に注意をしながら進めるべきかについては、解雇の類型ごとに集積された裁判例を調査しながら裁判所の判断を予測するという作業が必要になります。一方で、明確なルールがないため、具体的な事案を検討するにあたり、予測可能性が低く、この点も解雇の判断を困難にする理由の1つであると言えるかもしれません。
類型に基づいた具体的な事案ごとの検討が必要ですが、解雇の有効性を判断するにあたり、共通して判断軸となることがあるのが「解雇回避努力を尽くしたか」という観点です。
使用者にとって、解雇は最終手段であるとし、使用者が解雇以外の手段で解決可能なケースにおいて、そのような選択肢を残したまま解雇をした場合には、解雇は無効になる、という考え方です。正社員の雇用保障を前提とする日本の労働法制において、使用者が解雇を検討する場合には、いったん、目の前の問題は解雇以外の手段によって解決することはできないのかという視点で立ち止まって真摯に考えることは有用といえます。
以下では、解雇の問題をその理由に応じて大きく3種類に分け、いくつかの典型的な事例も交えつつ注意点を解説します。
労働者の労働能力の欠如を理由とする解雇が挙げられます。
労働者の労働能力の欠如を理由とする解雇は、(A)病気・けがによる就労不能と、(B)能力不足、成績不良、適格性欠如による解雇の類型に分けられます。
(A)病気・けがによる就労不能が、たとえプライベートの出来事に起因するものであったとしても、直ちに解雇すると無効になる場合があります。特に、企業が休職制度を備えているにもかかわらず、労働者を休職させれば回復する可能性があるかを考慮せずに解雇した場合には、使用者は解雇権を濫用したと評価され、解雇は無効であると評価されることがあります。
(B)能力不足、成績不良、適格性欠如による解雇を検討する場合には、(a)労働者の職務の範囲、(b)労働能力の低下の程度、(c)能力改善機会の付与など、解雇回避努力を尽くしたかにより判断される傾向があります。(a)労働者の職務の範囲について、職務の範囲が広いほど、労働者に対して他の業務を与えてから判断すべき、とされる可能性が高まります。
しかし、労働契約により職務の範囲が特定の職務に限定されていたとしても、その職務を行う能力を喪失したことにより解雇をすることが正当ではない場合もあります。事案によるものの、労働契約の範囲を超えて使用者が他の職務を提供することは困難ではないという場合、労働者に遂行可能な仕事を与え解雇回避の努力を尽くすべき、と判断されることもありますので注意が必要です。
度重なる遅刻・早退・欠勤、勤務態度不良、職場規律に反する非違行為など労働者の規律違反行為により解雇をする類型があります。
こちらも様々な事案があり得ますが、解雇の有効性は、理由とされている規律違反の回数や程度だけでなく、労働者の普段の素行や、企業側が改善の機会を与えたかなども踏まえて、総合的に判断されることになります。
また、この類型の解雇は、懲戒処分の性質も備えた懲戒解雇や諭旨解雇としてなされることも多く、その場合には、解雇の規制だけでなく、懲戒処分の規制にも服した上で有効性を判断されることになりますので注意が必要です。
経営上の必要性による解雇、いわゆる整理解雇は、日本の労働法制の下では厳しく制限される解雇類型といえます。具体的な要件として、(A)人員削減の必要性、(B)解雇回避努力、(C)人選の合理性、(D)手続の妥当性という4要件が満たされる場合に初めて整理解雇は有効になると考えられています(なお、4「要素」と理解する考え方もあります)。
これら4つの要件は、それぞれ独立した判断をする性質のものではなく、その判断においては、互いに関連しています。例えば、①既に倒産の危機といえるような、人員削減の必要性極めて高い場合には、②解雇回避努力は比較的緩やかに要求されるに留まります。
人員調整の際に、多くの企業が行う早期退職者の募集制度の実施は、(B)の解雇回避努力の観点からもその必要性を説明することができます。
早期退職者の募集制度は、人員調整が必要な場面で、使用者が一定のプレミアム(多くの場合、給与の数か月分以上の退職上積み金の支給)を労働者に与えるパッケージを提示し、労働者がそれに応募することにより退職合意を成立させるものです。整理解雇を行う前に早期退職者の募集制度を実施することによって、削減すべき人員を少なくし、解雇の対象者を減らす措置は、解雇回避努力の観点からも必要とされるのです。 その他、手続の妥当性という観点からは、整理解雇にあたり労働組合に対する丁寧な説明・協議が必要とされるという点にも配慮を要します。
後述しますが、解雇紛争を扱う裁判所の手続としては、民事訴訟と労働審判が主なものとして挙げられます。
上記のとおり、これらの手続は、多くの場合、調停又は和解など双方の話し合いにより解決することが多いのですが、日本の解雇規制の厳しさを反映してか、使用者が労働者に一定の解決金を支払って終了させることが多いといえます。
その金額の水準については、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が行い、2022年10月に発表された調査がありますので紹介します。労働審判手続における調停又は審判の成立による解決と、訴訟手続における和解成立による解決においては、月収換算での平均値及び中央値としては次のような金額による解決がされています。
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
調停又は審判 | 6.0か月 | 4.7か月 |
訴訟における和解 | 11.3か月 | 7.3か月 |
当然、解決金の金額は、当該事案に対する裁判官の心証や、労働者側の方針にも左右されるため、上記の水準はあくまで参考情報程度に留まるものです。
また、事実上、解雇紛争は金銭の支払いと引き換えに労働者が離職することで終わることが多いという点も重要です。
解雇が無効である場合、労働者は企業側に復職を求めることもできますが、実際には労働者は復職をせず、金銭の支払いを得る代わりに退職を認めることも多く、解雇紛争を経て企業に復職をするケースは余り多くないといえます。
日本の雇用社会の特徴の1つは、労働組合が企業別に組織されていることが多い点がよく指摘されます。他方で、日本にはその他の組織形態をとる労働組合も存在します。産業や地域単位で組織し、個人加入を原則とした合同労働組合、同一の職業に属する労働者によって組織している職業別組合などもあります。
労働者には、労働条件の維持向上を図るために労働組合に加入し、団体交渉やその他の団体行動を行う権利がありますので、使用者は、自らが雇用する労働者が加入した労働組合から団体交渉の申し入れを受けた場合には、団体交渉に応じる義務があります。
アメリカでの排他的交渉権制度(交渉単位において過半数の労働者の支持を得た労働組合だけが団体交渉権を持つ制度)のような制度は、日本にはありません。仮に使用者が雇用する労働者のうち1名だけが特定の労働組合に加入した場合であっても、使用者はその労働組合の団体交渉の申し入れを正当な理由なく拒否することはできません。正当な理由なく拒否すれば、不当労働行為(労働組合法第7条)として、労働委員会への申し立てがされることもあり、不当労働行為をしたという評価を受けた場合、その決定文はインターネット上に公表されることがあります。
その場合、企業のレピュテーションを損なう可能性が十分にありますので、たとえごく一部の労働者だけが労働組合へ加入をした、といった場合でも軽視すべきではなく、慎重に対応を行う必要があります。
労働時間の規制について、労働基準法は、原則として1週間について40時間を超えて労働させてはならない、1日について8時間を超えて労働させてはならないと規定しています。各事業所の所定労働時間は、法定労働時間を超えることはできません(労働基準法第32条)
業務の繁閑に応じて労働時間を弾力化できる各種の変形労働時間制(1か月単位の変形労働時間制、1年単位の変形労働時間制、フレックスタイム制など)が一定の条件のもとで認められています。
休日については、4週間を通して4日以上の休日を与えることが義務とされています(労働基準法第35条)。
労働者に法定労働時間を超えて時間外労働をさせたり、休日に出勤させたりする場合は、「36 協定」(時間外労働・休日労働に関する協定)を労使間で締結し労働基準監督署に届け出ることと、割増賃金の支払いをすることが義務づけられています(労働基準法第36条、第37条)。時間外労働の上限は、原則として月45時間、年360時間です。臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間以内、単月100時間未満(休日労働を含む)、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)です。
時間外労働と深夜労働(午後10時から翌朝5時まで)の割増賃金の割増率は25%以上、休日労働の割増率は35%以上となっています。1か月において60時間を超えた時間外労働をさせた場合、50%以上の割増率となっています(第37条第1項但し書)(中小企業への適用は2023年4月1日から)。
実務上は、労働時間の認定と固定残業制度が問題になることが多いです。
労働時間の認定は、例えば、労働者が使用者の把握していない時間に業務をしていた時間について労働時間として扱うように求めることによって起きることもあれば、実際に仕事をしているわけではなく労働者は自由に過ごしているが、使用者の呼び出しに応えられるようにするようにと指示されて待機している場合が労働時間にあたるか、などの形で問題になります。
固定残業制度は、例えばあらかじめ1か月に40時間分の残業代を、残業の有無にかかわらず支払うことを契約する制度です。裁判例上、使用者は40時間を超える残業をした場合には、超過した差額の残業代を支払わなければならないとされています。仮にこのような差額支給を怠り、また固定残業代の合意が不明確である場合等には、固定残業代が残業代の支払いとしては認められなくなり、使用者は労働者に、多額の未払い残業代の支払い義務を負うことになります。固定残業制度の導入や運用は、労務管理上、特に注意を要するものの一つであるといえます。
労働基準法は、労働者が休暇を自由に利用し豊かな生活が確保できるように年次有給休暇制度を定めています。
「使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。」(労働基準法39条1項)とされ、また、勤続年数が延びるごとに、付与される有給休暇が増えていきます。
パートタイム労働者など所定労働日数の少ない労働者についても、労働日数に応じた年次有給休暇が付与されます。雇用契約期間が3か月のような場合でも、契約更新して6か月以上勤務した場合は、付与の要件を満たします。また、勤続年数が延びるごとに、付与される有給休暇の日数も増えていきます。
労働基準法を下回る日数の有給休暇しか与えない内容の労働者との合意は無効であり、そのような場合は、労働者に、強制的に労働基準法によって認められる日数の有給休暇が与えられます。
労働者はいつでも自由に有給休暇をとることができますが、事業の正常な運営を妨げる場合は、使用者は他の日に振り替えることができることになっています。有給休暇の権利は、付与された日から2年間有効ですが、退職日より後に取得することはできません。
労使協定により、時間を単位として休暇を与えられる労働者が、時間単位で請求したときは、年次有給休暇の日数のうち5日以内に限り、時間単位で与えることができます。労使協定で有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、計画的付与を行うことができます。ただし、計画的付与の対象とすることができるのは、各労働者の持っている有給休暇日数のうち、5日を超える部分に限ります。
なお、有給休暇の取得率が低く、労働者の健康確保やワークライフバランスの観点から問題であることは日本の雇用社会の課題とされてきました。そこで、2019年4月から、10日以上の有給休暇の権利を付与された労働者に対しては、使用者は、5日間の有給休暇について日を指定して取得させる義務を負うことになりました。これに違反した場合、使用者には、対象となる労働者1人につき30万円以下の罰金刑が科されることになります。
労働者が性別により差別されることなく、かつ、女性労働者にあっては、母性を尊重されつつ、その能力を十分発揮することができる雇用環境を整備するために男女雇用機会均等法が定められています。それは次のような内容を含みます。
⑴ 性別を理由とする差別の禁止 事業主は次の①~⑤の事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはなりません(男女雇用機会均等法第5条、6 条)。 ① 募集・採用における均等な機会の付与 ② 配置・昇進・降格・教育訓練に係る差別の禁止 ③ 福利厚生に係る差別の禁止 ④ 職種の変更・雇用形態の変更に係る差別の禁止 ⑤ 退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の更新に係る差別の禁止 女性のみに関する特例 雇用の場で男女労働者の間に事実上生じている格差を解消するために、女性に有利な取扱いをすることは均等法に違反しません(男女雇用機会均等法第8条)。 ⑵ 婚姻・妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止 事業主は、女性労働者が婚姻・妊娠・出産したことを理由とする退職制度を設けたり、解雇その他の不利益な取扱いをしたりしてはなりません(男女雇用均等法第9条)。 また、事業主は妊娠、出産等に関する言動により、当該女性労働者の就業環境が害されないよう雇用管理上必要な措置を講じなければなりません(男女雇用機会均等法第11条の2)。
なお、近時では、日本においてもLGBT等のセクシャルマイノリティへの社会的な理解が進み、裁判例上、雇用管理の上でも、LGBT等の労働者の性自認や性的指向等の個々の違いを踏まえ、労働者と丁寧に協議し、対応することが求められるようになっています。例えばトイレや更衣室の利用、または服装の指定などをする際に問題になることがあります。
職場におけるパワーハラスメント(いわゆるパワハラ)とは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境を害する言動をいいます。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントに該当しません。
具体的にどのような行為がパワーハラスメント該当するかは指針上、行動類型が示されています。
(パワーハラスメントの類型) ① 身体的な攻撃(暴行・傷害) ② 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言) ③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視) ④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害) ⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと) ⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
なお、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)改正で義務付けられた制度構築と運用のポイントについてはこちらの記事をご参照ください。
セクシュアルハラスメント(いわゆるセクハラ)には、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者がその労働条件につき不利益を受ける「対価型セクシュアルハラスメント」と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害される「環境型セクシュアルハラスメント」があります。
前者は、例えば、上司からの性的な関係を要求され、拒否したところ、配置転換や解雇などの不利益な対応をされることです。後者は、例えば、上司により度々身体を触れられるため、就業意欲が低下させられてしまっている状態等です。
セクシュアルハラスメントの被害者は性別を問わないほか、被害者と加害者が同性の場合にも成立します。
労働者がハラスメントを受けたと申告したとしても、実際には様々なものがあり、大きく分類すると、①刑事上違法なもの、②民事上違法なもの、③法的には違法ではないが、使用者として対応した方がよいと言えるもの、④対応を要するとはいえないものがあります。 典型的なハラスメント紛争は、労働者が民事上違法と評価されるようなハラスメントを受けた場合です。この場合、労働者は、ハラスメントの行為者と、原則として使用者に対しても、当該ハラスメントにより自身が受けた損害について、損害賠償請求をすることができます(この際の使用者の責任は使用者責任と呼ばれます)。
仮に使用者の意向とは関係なくハラスメントが生じたものだとしても、使用者にハラスメントを防止するための注意義務が欠けていたと判断される場合には、使用者は労働者に対して安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反とされ、使用者は債務不履行責任を問われることがあります。
これらの損害賠償請求がされる際、労働者から請求される費目は、一般的には、ハラスメントにより働けなくなった場合には休業損害、ハラスメントにより受けた精神的苦痛への慰謝料、治療費等になります。
当然、配慮すべきは金銭的な賠償義務のリスクのみではありません。労働者がハラスメント紛争の存在をインターネット等で公開した場合には、使用者のレピュテーションが毀損され、貴社のビジネスへの負の影響が生じる可能性があります。
使用者は、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを防止するために、雇用管理上の措置を講じなければなりません(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律。通称パワハラ防止法第30条の2)。
雇用管理上の措置の具体的内容は、社内方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、事案に係る事実関係の確認、被害を受けた労働者に対する配慮、行為者に対する適正な措置、再発防止などです。また、ハラスメントについて相談等をした労働者に対し、事業主が不利益な取扱いをすることは禁止されています。
これらの措置を怠った結果、ハラスメント事案が発生し、労働者から損害賠償請求を受けた場合、企業が責任を免れるのは難しくなります。
労働紛争の解決の場には様々なものがあります。大きくは、自主解決する場合、行政による紛争解決制度、裁判所による紛争解決制度があります。順に概観していきます。
労働組合の介入や苦情処理制度等によって、労使自治の範囲内で解決することがあります。
以下の助言・指導の制度やあっせん制度は、あくまで当事者間の自主的解決を促す制度であり、かつ強制力もないことから、労使の言い分について隔たりが大きい場合、機能しないことも多々あります。
労働者または使用者から紛争解決の援助を求められた場合に、都道府県労働局長が、解決の方向性を示すことにより、当事者間の自主的解決を促す制度です。
紛争調整委員(弁護士や大学教授など)が第三者として当事者の間に入り、話し合いを促進し、あっせん案などを提示し、自主的解決を促す制度です。
独立行政委員会である労働委員会により集団的労使紛争を解決する制度です。主に、労働組合と使用者間の紛争を扱うものです。
裁判所において実施され、原則として3回以内の期日で実情に即した迅速かつ適正な解決を目指す制度です。裁判官を含む労働審判委員会による審理の結果、調停を勧める試みがなされ、仮に調停による解決が難しい場合には、労働審判が下されます。労働審判に対して、労使のいずれかが異議を唱えれば、手続は次に述べる民事訴訟に移行します。
令和3年度に新たに労働審判として受理された件数は、3,609件とされており、次に説明する労働関係の民事訴訟は3,645件とされていますので、民事訴訟と同程度には活用されている制度であると評価できます。(参照:厚生労働省労働基準局労働関係法課「解雇に関する紛争解決制度の現状と 労働審判事件等における解決金額等に関する調査について」(令和4年10月26日公表))
裁判官が、当事者によって提出された主張及び証拠を踏まえて当事者間の法律関係を判断し、紛争の解決を図る手続です。訴訟の途中で話し合いにより解決する場合も多くありますが、話し合いが成立しなければ、紛争解決の手段として、判決の言い渡しが予定されております。
判決に不服がある当事者は、上級審に控訴をすることが可能です。控訴審の判決に不服がある当事者は、一定の場合、最高裁判所への上告又は上告受理申し立てをすることが認められます。
なお、2020年から2021年までの2年間に和解で終局した解雇事案の審理期間を調査した結果、解雇等が行われてから和解成立するまでの期間の中央値は18.3か月であったとされており、一般に民事訴訟は解決に時間がかかるといえます。(参照:厚生労働省「解雇に関する紛争解決制度の現状と 労働審判事件等における解決金額等に関する調査について」(2022年10月26日))
裁判手続の一種として、民事保全手続が利用されることもあります。民事訴訟手続では、時間の経過により著しい損害または急迫の危険を避けられない場合に、民事訴訟よりも迅速な手続により、裁判所から仮の判断である仮処分、仮差押の判断を得るための手続です。例えば、労働者が使用者に対して、配転先・出向先で就労義務がないことを仮に定める仮処分を申し立てる場合、使用者が元労働者に対して、競業行為の差止めを命じる仮処分を申し立てる場合などに利用されることがあります。
就業規則等の人事労務関連規程の策定や人事制度設計には、上記のような日本の労働法の特徴をいずれも押さえたうえで、進めることが必要です。
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(編集:高田侑子、渡辺桃)