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【社会保険労務士が解説】IPO労務の勘所と、IPO準備で必要な労働時間管理について

IPO準備においては、その時のトレンドに合わせて労務管理の勘所が変化していきます。最近では特に、「過重労働」や「ハラスメント」「未払賃金請求」などといったワードが人事労務の分野を賑わしています。昨今のIPO準備では、これらの問題が発生しないような万全な労務管理体制を構築する必要があります。 IPO準備では、まず、労務デューディリジェンス(労務DD)で違法性があると考えられる労務管理上の課題や上記のような諸問題の発生可能性が高い課題を明らかにすることが効果的です。 本連載では、労務DDで明らかになることが多い労務の課題とその注意点を解説していきます。初回となる今回は、論点の概要と、未払い残業代の発生原因になり得る点で重要な「労働時間管理」について解説します。

【社会保険労務士が解説】IPO労務の勘所と、IPO準備で必要な労働時間管理について
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PROFILE
Ikuro Ando

Labor and Social Security Attorney

Ikuro Ando

Graduated from Chuo University, Faculty of Economics in 2001, registered as a Labor and Social Security Attorney in 2004 and qualified as a Judicial Scrivener in 2023. Exerience at the Human Resources Department at Seven-Eleven Japan Co., Ltd. and representative partner at Mirai Consulting Labor and Social Security Attorney Firm, and joined ZeLo in 2024. Main areas of practices are providing expertises in labor management for major corporations, conducted labor inspections for IPO approval of startups and venture companies, carried out labor inspections for M&A, and advised financial institutions, such as securities companies, on labor laws and regulations.

Chisato Kono

Labor and Social Security Attorney

Chisato Kono

Graduated from Waseda University, Faculty of Law in 2019. During working at a private company in the human resources and general affairs department, she passed the examination for Sharoushi in 2021. She joined ZeLo in 2022 as a paralegal, and registered with Tokyo Labor and Social Security Attorney’s Association in 2023. She has been experienced in general procedures for social insurance and labor insurance such as labor consultation, salary calculation, creation and revision of various regulations such as employment regulations from startups to listed companies.

IPO労務の主要論点

2019年から働き方改革関連法が順次施行されており、また、その後も育児介護休業法や労働基準法の改正などもあり、ここ5年ほどで企業の労務管理を取り巻く環境は時代に合わせて大きく変化しています。
IPO審査では、このような労働関連法令の遵守はもちろん、その時の個別労働紛争の状況やニュース等、世の中の動きに合わせて、審査の粒度が変化しているように感じます。
最近では「過重労働」、「ハラスメント」や「未払賃金請求」などといったワードがニュースで取り上げられることが多いことから、IPO準備においても重要視される項目になっています。

このように、IPO審査を通過するためには、IPO特有の対策が必要になりますが、労務DDで明らかになることが多い重要な労務の課題は主に次のとおりです。

①労働時間管理
②労働時間制度
③労働基準法上の管理監督者
④未払賃金の把握と清算
⑤長時間労働(36協定の上限時間管理)

これらの各課題項目ついて、それぞれに関係する法令や判例などを確認しながら、IPO準備で適切だと考えられる対応を、連載で解説します。

初回となる今回は、①の労働時間管理について見ていきましょう。

労働時間管理が重要な理由

労働時間管理体制の構築は、最も重要なIPO準備項目の1つです。労働時間管理が重要と考えられる理由は2つあります。1つは、労働時間管理が不適切であると、それが未払賃金の発生原因になること。もう1つは、同様にそれが長時間労働の温床になることです。     
労働時間管理が適切になされないと、未払賃金や過重労働による過労死といった重大な法令違反(労働問題)の発生可能性が高くなります。

重大な法令違反はIPOスケジュールに影響することもあるため、法令違反が生じないように労働時間管理を徹底することが重要です。

ちなみに、IPO準備においては、例えば下記のような質問に回答する必要があるため、この点からも労働時間管理の重要性がうかがえます。

「勤怠の管理方法(労働時間の記録、管理職における承認、人事担当部署における管理の方法を含みます)及び未申告の時間外労働の発生を防止するための取組みについて記載してください」
「長時間労働防止のための取組について記載してください」
(新規上場申請者に係る各種説明資料)
「勤怠の管理方法及び未申告の時間外労働(いわゆるサービス残業)発生防止のための取組」
「長時間労働の防止のための取組」  

日本取引所グループ「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領」より一部抜粋

労働時間管理について

労働時間管理体制は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省平成29年1月20日策定)」(以下「ガイドライン」といいます。)を基に構築します。
IPO準備上、このガイドラインで特に重要な論点は次の2点です。

1    労働時間の考え方
2    労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

労働時間の考え方

「労働時間の考え方」は、どのような時間が労働時間になるのかといった問題です。
もう少し踏み込むと、具体的な業務に従事しているといえるのかが、必ずしも明らかではない時間は「労働時間」に含むのかどうかという問題です。
判例では「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいう」とされています     (平成12年3月9日最高裁第一小法廷判決 三菱重工長崎造船所事件)。
また、ガイドラインでは、次のような時間は労働時間になるとされています。

  • 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
  • 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間 (いわゆる「手待時間」)
  • 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

これらの時間の一部は労働時間か否かの判断が極めて困難なこともあり、労務DDの結果、これらの時間が適正に労働時間として把握されていないとされるケースも散見されます。
労働時間の把握不備は未払賃金の発生原因にもなるため、IPO準備では、労働時間性を適切に判断してガイドラインを遵守し、未払賃金を発生させない労働時間把握体制の構築が求められます。

IPO準備において労働時間性の判断が問題になる例は次のとおりです。

  • 移動時間(出張時、直行直帰時など)
  • 着替え時間
  • 休憩時間と手待ち時間
  • 始業時刻前、終業時刻後の会議など

着替え時間については、最近も、郵便局の制服着替えが労働時間であるとして、日本郵政に対し約320万円の支払を求めた判決(2023年12月22日神戸地裁判決)があり、ニュースにもなっているため要注意です。

IPO準備では、まず、このような時間があるか否かを把握し、つぎに、弁護士や社労士などの専門家の見解を踏まえて労働時間性の有無を判断しながらその取扱いの検討を進めることが効果的といえます。

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

この措置では、「労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録すること」が求められています。また、記録の方法として次の2つが定められています。

〇原則的な方法 

  •  使用者が、自ら現認することにより確認すること
  • タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

〇やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合

  • 自己申告を行う労働者や、労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な     運用等ガイドラインに基づく措置等について、十分な説明を行うこと 
  • 自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること 
  •  使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。さらに36協定の延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、労働者等において慣習的に行われていないか確認すること

ガイドライン上は自己申告の方法を認めていますが、タイムカードによる記録、パーソルコンピュータ等の電子計算機器の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法によることが原則であり(労働安全衛生法第52条の7の3第1項)、自己申告による把握のみにより労働時間の状況を把握することは、労働時間の状況を客観的には把握する手段がない場合に限られるとされていることに留意が必要です(平成31年3月29日基発0329第2号)。

IPO準備では、勤怠管理システムによる始業終業時刻の打刻に加え、PCログなどにより始業打刻前と終業打刻後の労働の有無を確認する体制が求められることがほとんどです。ガイドライン上は例外的ながらも自己申告が認められるシーンもあると考えられますが、自己申告による労働時間管理体制のまま上場審査を迎えるケースは少ないようです。
上記の「労働時間の考え方」同様に、IPO準備に長けた社労士や弁護士などの専門家のアドバイスを受けながら管理体制を構築することが効果的です。  

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連載②:【社会保険労務士が解説】IPO準備でみなし労働時間制や裁量労働制を運用するときの注意点

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