日本の障害者雇用政策と米国ADAとの比較―合理的配慮義務と今後の課題
Attorney admitted in Japan
Kazunori Ando
日本で事業を行う企業にとって、日本の労働関係法令を正しく理解することは、適切な人事労務管理の基礎となります。解雇、労働時間、残業代、ハラスメント防止、育児・介護、同一労働同一賃金など、人事労務に関するルールは幅広く、企業の制度設計や日々の労務管理に大きく関わります。本記事では、日本の労働法制の基本的な考え方や主な法令を整理したうえで、企業が実務上押さえておきたい人事労務管理の重要ポイントを解説します。
Hisako Takahashi graduated from the University of Tokyo (LL.B., 2005) and the University of Tokyo School of Law (J.D., 2007). In addition, she earned an LL.M. in Environmental Law and Policy at Stanford Law School in 2015. She began her legal career at Mori Hamada & Matsumoto since 2009. Following the 2011 nuclear disaster in Japan, she served on the National Diet’s Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission. She worked as a part-time intern at the Japan Office of the International Labour Organization (ILO) in 2013. She was a Stanford University Schneider Fellow at the World Resources Institute’s Global Energy Program in 2015. Prior to joining ZeLo, she worked for the Mitsubishi Research Institute, Inc. Her main practice areas include general corporate, labor and employment law, environmental and energy law, and sustainability issues.
目次
日本の労働法制は、第二次世界大戦後の経済復興や高度経済成長の中で形成されてきた、日本型雇用システムと深く関係しています。
日本の正社員雇用では、職務内容を細かく限定せず、会社の一員として長期的に雇用することが前提とされてきました。いわゆるメンバーシップ型雇用と説明されることもあります。このような雇用慣行の下では、従業員は、配置転換、職務変更、転勤などに柔軟に対応することが期待されてきました。その一方で、会社が一方的に雇用を終了させる解雇については、厳しく制限されてきました。
もっとも、近年は、働き方の多様化、女性活躍、育児・介護との両立、非正規雇用の待遇改善、ジョブ型雇用の導入などにより、従来の日本型雇用のあり方も変化しつつあります。企業としては、伝統的な日本の労働法制の考え方を理解しつつ、近年追加されている新しい法的義務にも対応していく必要があります。
日本には、「労働法」という名称の一つの法律があるわけではありません。労働に関する複数の法令が、総称して「労働法」と呼ばれています。
労働基準法は、労働条件の最低基準を定める法律です。労働時間、休憩、休日、年次有給休暇、賃金、割増賃金など、企業が日常的に確認すべき基本的なルールが定められています。労働基準法に違反した場合、労働基準監督署による指導・是正勧告の対象となるほか、内容によっては刑事罰が科される可能性もあります。
労働契約法は、会社と従業員との間の労働契約に関する基本的なルールを定める法律です。労働契約の成立、労働条件の変更、就業規則の効力、解雇の有効性などが問題となる場面で重要になります。日本の厳格な解雇規制は、もともと裁判例を通じて形成されてきた法理ですが、現在では労働契約法16条に明文化されています。
労働組合法は、労働者が労働組合を結成し、会社と団体交渉を行う権利を具体的に保障する法律です。会社は、労働組合から団体交渉の申入れを受けた場合、正当な理由なくこれを拒むことはできません。
その他にも、以下のように多くの労働関係法令があります。
企業が人事制度を整備する際には、労働基準法だけでなく、関連法令も含めて確認する必要があります。
解雇については、労働契約法16条により、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利濫用として無効になるとされています。
実務上は、解雇理由の内容、会社が行った指導・注意、配置転換や休職などの代替措置、従業員への説明状況など、事案ごとの事情を踏まえて判断されます。解雇は原則として最終手段と位置づけられるため、企業が解雇を検討する場合には、まず解雇以外の方法で問題を解決できないかを確認する必要があります。
能力不足や成績不良を理由とする解雇では、単に期待した成果が出ていないというだけでは十分とはいえません。会社が求める水準が明確に示されていたか、本人に改善の機会が与えられていたか、指導やフィードバックが行われていたか、他の職務や役割で雇用を継続できる可能性が検討されていたかなどが問題になります。
また、職務内容が限定されている従業員であっても、直ちに解雇が有効になるとは限りません。契約内容、職務の専門性、企業の規模、配置転換の可能性などを踏まえて、個別に判断する必要があります。
病気やけがにより従業員が働けなくなった場合でも、直ちに解雇できるとは限りません。会社に休職制度がある場合には、まず休職制度の適用を検討することが通常です。休職によって回復し、復職できる可能性があるにもかかわらず、十分な検討をせずに解雇した場合には、解雇が無効と判断されるリスクがあります。
無断欠勤、度重なる遅刻、業務命令違反、職場秩序を乱す行為などを理由に解雇が問題となることもあります。この場合も、違反行為の内容や程度、回数、企業が事前に注意・指導を行ったか、改善の機会を与えたかなどが総合的に考慮されます。
なお、懲戒解雇や諭旨解雇として行う場合には、解雇規制に加えて、懲戒処分としての有効性も問題になります。就業規則上の懲戒事由に該当するか、処分が重すぎないか、弁明の機会を与えたかといった点も確認する必要があります。
企業の業績悪化や事業縮小などを理由に人員削減を行う場合の解雇は、一般に整理解雇と呼ばれます。整理解雇については、判例上、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性という4つの要素が重要とされています。
実務上は、希望退職の募集、役員報酬の削減、採用停止、配置転換などの解雇回避措置を検討したか、対象者の選定について客観的で合理的な基準があるか、従業員や労働組合に対して必要性や人選基準などを丁寧に説明・協議したかが問題になります。
解雇の有効性が争われた場合、労働審判や民事訴訟に発展することがあります。
日本では、裁判所が金銭の支払いによって労働契約を終了させる制度が一般的に認められているわけではありません。もっとも、裁判手続の途中であっても、実務上は、当事者双方の合意により、企業が一定の解決金を支払い、従業員が合意退職する形で和解により解決することがあります。解決金の水準は、解雇の有効性に関する見通し、賃金額、勤続年数、当事者の意向などを踏まえて、事案ごとに検討する必要があります。
労働基準法では、法定労働時間は、原則として1日8時間、1週間40時間と定められています。また、休日についても、少なくとも毎週1日、または4週間を通じて4日以上の休日を付与する必要があります。
もっとも、一定の要件を満たす場合には、変形労働時間制やフレックスタイム制などを導入することができます。ただし、これらの制度は、就業規則や労使協定の整備、労働時間の管理、対象者の範囲などについて、法令上の要件を満たして初めて有効に機能します。
法定労働時間を超える労働や法定休日労働をさせるためには、企業と労働者代表との間で、いわゆる36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。36協定とは、時間外労働や休日労働をさせることができる業務の種類、労働者の範囲、延長できる時間数などを定める労使協定です。
36協定を締結して届け出ていない場合、企業は、原則として従業員に法定時間外労働や法定休日労働を命じることはできません。また、36協定を締結している場合でも、協定で定めた範囲や法令上の上限規制を超えて労働させることはできません。法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働については、割増賃金の支払いが必要です。割増率は、時間外労働と深夜労働がそれぞれ25%以上、法定休日労働が35%以上とされており、これらが重複した場合には加算されます。また、月60時間を超える時間外労働については50%以上の割増率が適用されます。
実務上は、企業が明示的に指示していなかった持ち帰り業務、始業前・終業後の作業、待機時間、チャットやメール対応の時間などが労働時間に当たるかが問題になることがあります。また、固定残業代制度を導入している場合には、基本給部分と固定残業代部分が明確に区別されているか、何時間分の残業代に相当するのかが分かりやすく示されているか、固定残業代を超える残業について差額を支払っているかを確認する必要があります。
年次有給休暇は、従業員が賃金を受け取りながら休暇を取得できる制度です。
法令上、雇入れの日から6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した従業員には、原則として10日の年次有給休暇を付与する必要があります。その後、勤続年数に応じて付与日数は増えていきます。また、年10日以上の年次有給休暇が付与される従業員については、企業は、年5日の年次有給休暇を確実に取得させる必要があります。
実務上は、パートタイム従業員や有期雇用従業員についても、勤務日数や継続勤務期間に応じて年次有給休暇の対象となる点に注意が必要です。また、従業員は原則として希望する時季に年次有給休暇を取得できるため、企業が時季変更権を行使できるかは、事業運営への具体的な支障の有無などを踏まえて個別に判断する必要があります。
性別、妊娠・出産、育児・介護休業等の取得などを理由とする差別的取扱いや不利益取扱いは、各種法令により禁止されています。たとえば、男女雇用機会均等法では、募集・採用、配置、昇進、降格、教育訓練、福利厚生、職種変更、雇用形態変更、退職勧奨、定年、解雇、契約更新などの場面で、性別を理由とする差別的取扱いが禁止されています。また、婚姻、妊娠、出産等を理由とする退職強制、解雇、不利益な配置転換なども禁止されています。
実務上は、制度上中立的に見える取扱いであっても、実際の人事運用において不合理な差が生じていないかを確認する必要があります。近年は、性的指向・性自認に関する配慮も重要なテーマとなっており、本人の意向や職場環境を踏まえた対応が求められる場面があります。
職場におけるハラスメントは、企業にとって重大な労務リスクの一つです。企業には、パワーハラスメント(パワハラ)、セクシュアルハラスメント(セクハラ)、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを防止するため、雇用管理上必要な措置を講じる義務があります。
たとえば、パワーハラスメントは、優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超え、労働者の就業環境を害するものをいいます。一方で、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、直ちにパワーハラスメントに当たるものではありません。
実務上は、単に社内規程を整備するだけでなく、ハラスメント防止方針の周知、相談窓口の整備、事実確認、相談者・被申告者への適切な対応、再発防止策、不利益取扱いの禁止などを、平時から整備しておくことが重要です。ハラスメント事案は、損害賠償責任だけでなく、従業員の離職、職場環境の悪化、採用やレピュテーションへの影響にもつながり得るため、予防と発生時対応の両面から体制を整えておく必要があります。
企業と労働者の間で個別労働紛争が生じた場合、解決の場は一つではありません。社内での話し合い、行政による手続、裁判所による手続など、複数の選択肢があります。
会社と従業員との間で話し合い、社内の相談窓口や苦情処理制度を通じて解決を図ることがあります。早期に事実関係を確認し、必要な是正措置を講じることで、紛争の拡大を防げる場合もあります。
都道府県労働局による助言・指導や、紛争調整委員会によるあっせん制度が利用されることがあります。これらは、当事者間の自主的な解決を促す手続ですが、強制力には限界があるため、解決に至らないこともあります。
裁判所の手続としては、労働審判、民事訴訟、民事保全手続などがあります。
労働審判は、労働者個人と使用者との間の民事上の労働紛争について、原則として3回以内の期日で迅速な解決を目指す手続です。解雇、雇止め、未払残業代、退職勧奨、ハラスメントに関する損害賠償請求など、さまざまな個別労働紛争で利用されます。
民事訴訟は、当事者が主張と証拠を提出し、裁判所が最終的に判決を下す手続です。訴訟の途中で和解により解決することも多くありますが、一般に解決まで時間を要します。
民事保全手続は、緊急性がある場合に、権利の実現を確保するため、裁判所に仮の地位の確認や差止めなどを求める手続です。たとえば、解雇後の従業員としての地位、配転命令への対応、競業行為の差止めなどが問題となる場面で利用されることがあります。
個別労働紛争とは別に、労働組合との関係についても注意が必要です。日本では、企業ごとに組織される企業別労働組合が多いといわれていますが、企業内の労働組合だけでなく、産業別・地域別の労働組合や、個人で加入できる合同労働組合も存在します。
労働組合法上、労働者には、労働組合を結成し、使用者と団体交渉を行う権利が保障されています。企業は、労働組合から団体交渉の申入れを受けた場合、正当な理由なくこれを拒否することはできません。
実務上は、企業に労働組合がない場合でも、従業員が外部の労働組合に加入し、その労働組合から団体交渉を申し入れられることがあります。また、労働組合が職場の過半数を代表していない場合や、団体交渉の申入れに関係する組合員が1名のみである場合でも、企業は団体交渉への対応が必要になります。
団体交渉の申入れを軽視したり、理由なく拒否したりすると、不当労働行為として労働委員会に申し立てられるリスクがあります。労働組合から連絡があった場合には、交渉事項、出席者、日程、資料の取扱いなどを整理したうえで、慎重に対応する必要があります。
解雇、労働時間、残業代、年次有給休暇、差別禁止、ハラスメント、労働紛争対応など、人事労務管理に関するルールは多岐にわたります。これらのルールは、就業規則や雇用契約書、人事制度、賃金制度、ハラスメント対応体制の設計・運用に直結します。企業としては、個々の制度だけでなく、日本の労働法制全体の考え方を踏まえて、実務に即した体制を整備することが重要です。
法律事務所ZeLoでは、人事労務分野を取り扱う弁護士・社労士・パラリーガルを含むチーム体制で、企業の人事労務上の課題に対応しています。就業規則等の社内規程の整備、賃金制度・労働時間制度の設計、ハラスメント対応、労働紛争対応などについても、実務に即したサポートを行っています。
日本の労働法制を踏まえた人事制度の整備や、個別の労務トラブルへの対応にお悩みの場合には、ぜひお問い合わせください。