【2026年5月施行】企業価値担保権とは?事業性融資推進法による新担保制度の概要と実務ポイント
弁護士
松永 昌之
弁護士・公認会計士
緒方 文彦
2026年5月25日に施行予定の事業性融資の推進等に関する法律(以下「法」といいます。)により創設される「企業価値担保権」とは、会社の総財産(有形・無形資産及び将来のキャッシュフロー)を一体として担保の目的とする、新たな担保権です。「【2026年5月施行】企業価値担保権とは?事業性融資推進法による新担保制度の概要と実務ポイント」(以下「前回記事」といいます。)では、その概要を解説しました。本制度は単に新しい担保権を設定すれば従前困難であった資金調達ができるというものではなく、その本質は、情報開示と対話を通じた貸し手と借り手のパートナーシップにあります。本記事では、本制度の活用が想定される事業会社、融資を行う金融機関、スキームの要となる受託会社(信託会社)の各当事者が、実務上どのような対応が必要となるかを深掘りします。また、具体的な設定手続・契約実務や、事業再生局面(プレDIPファイナンス・DIPファイナンス)において想定される活用法についても解説します。
2009年早稲田大学法学部卒業、2012年東京大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2018年2月法律事務所ZeLoに参画。弁護士としての主な取扱分野は、ジェネラルコーポレート、スタートアップ支援、FinTech、訴訟対応、倒産・事業再生など。著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)など。
2013年東京大学文学部卒業、2014年公認会計士試験合格。2015年より有限責任監査法人トーマツで勤務し、ベンチャー支援に軸足を置く旧トータルサービス事業部に所属。2021年2月まで上場会社監査、IPO準備会社監査、国内籍・海外籍を含むファンド監査等に従事。並行して司法試験予備試験・司法試験に合格。2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、同年法律事務所ZeLo参画。法務分野では、IPO、コーポレート・ファイナンス、開示規制(金商法・上場規程)、ベンチャー/スタートアップ法務、ジェネラルコーポレート、M&A、税務、訴訟/紛争解決など。会計分野では、IPOを前提とした収益認識会計基準の導入サポートを含む会計基準の適用に関するコンサルティング業務、価値算定業務、上場会社における開示書類作成サポートを実施。
目次
有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証に依存せずに借入を行いたい事業会社にとって、本制度の活用は有力な資金調達の選択肢となります。一方で、平時の業務運営において相応の制約も生じます。
企業価値担保権を第1順位で設定した場合、「将来において会社の財産に属する」ものも含む「会社の総財産」が担保対象となるため(法7条1項)、他の金融機関からの後順位での借入や無担保融資の獲得は実質的に困難になる可能性があります。
結果として、事業を深く理解するメインバンクによる「一行取引」への集約、または信託の仕組みを利用した協調融資(シンジケート・ローン)への移行が求められるなど、取引金融機関の構成(いわゆるバンキング・フォーメーション)が大きく変わる可能性があります。
融資を受ける事業会社としては、会社の状況に応じてデットリストラクチャリングが可能なように、将来のリファイナンスの柔軟性の確保等も見据えた借入ストラクチャーの構築および契約交渉が不可欠です。
融資を受けた事業会社は、融資実行後も、融資契約上の義務(コベナンツ)として貸し手である金融機関に対する継続的な事業計画の進捗報告が求められます(なお、企業価値担保権においては経営者保証の履行請求は原則として禁止されますが(法12条1項)、かかる報告義務に違反して虚偽の報告(粉飾等)をした場合には、例外的に保証債務の履行を求められることになります(法12条4項))。
また、担保目的財産の処分は「通常の事業活動の範囲内」であれば自由に行えますが(法20条1項)、重要な財産の処分、事業の全部または重要な一部の譲渡など、通常の事業活動の範囲を超える取引には、事前に企業価値担保権者の同意が必要となります(法20条2項)。
ただし、「通常の事業活動の範囲」の解釈基準は現時点では確立していません。例えば、同意が必要とされる「重要な財産の処分」(法20条2項1号)については、類似する会社法上の「重要な財産の処分」の基準(会社法362条4項1号)を参考にしつつ、計画している財産処分や新規投資が枠外取引に該当するかどうかを個別判断する必要があります。
本制度を利用して融資を受ける場合には、事業会社において「重要な財産の処分」の基準や「通常の事業活動の範囲」を判断する基準を明確化するとともに、企業価値担保権者との間で認識に相違が生じないよう企業価値担保権信託契約において当該基準を明記しておくことが有用です。
企業価値担保権の設定自体が、直ちに融資を受ける事業会社の労働者の労働条件を変更するものではありません。しかし、伴走支援を通じた事業の継続や成長には、労働者からの労務提供と協力が不可欠です。
法的に設定時の労働者等への通知義務は課されていませんが、労使間の紛争を予防し自発的な協力を得るため、担保設定時に、労働組合等に対して事業環境や経営課題について情報共有や意見交換を図ることが推奨されています。
金融機関が事業性融資を推進するうえで、実務的ハードルとなりうるのが、資産査定・貸倒引当金の実務的取り扱いと伴走支援・モニタリング体制の構築です。
企業価値担保権の対象となる財産は先述のとおり、「将来において会社の財産に属する」(法7条1項括弧書)財産も含まれ、「のれん」や「将来キャッシュフロー」といった企業価値も企業価値担保権の対象となります。
「のれん」や「将来キャッシュフロー」は将来見通し等に大きく依存するため、「一般担保」(不動産のように客観的な処分可能性が認められ、担保権の実行に支障がないと認められる担保)として扱うことは困難です。しかし、無担保融資と全く同じ扱いをするのも合理的ではありません。
金融庁が2025年4月28日に公表した「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方について(案)」によれば、金融機関は、過去の財務情報だけでなく、事業の実態や将来のキャッシュフロー創出能力といった定性情報・将来情報を明示的に考慮し、「みなし債務者区分」の引き上げや、予想損失率を低減する引当の枠組みを自己査定基準等に落とし込むことを検討する必要があります。
これらの定性情報・将来情報を適切に考慮するには、借入人の事業の将来性を適切に評価する必要があり、そのためには借入人の事業計画を理解することが不可欠です。事業計画を理解するにあたっては、借入人の規模や業種別の特性、経営者の資質等を踏まえることが必要となります。なお、金融庁が「業種別支援の着眼点」を公表しており、業種別の特性を理解するにあたって参考となります。
事業の将来性を適切に評価するため、キャッシュフローレンディングの実務を参考に、EBITDA等の指標を用いた財務コベナンツを設定し、定期的な事業計画の検証プロセスを構築することが不可欠となります。
また、コベナンツへの抵触は、直ちにデフォルト事由として扱うのではなく、借入人と事業運営について対話を始める機会(早期警戒シグナル)として位置付ける柔軟な運用も想定されます。
業況悪化時における経営改善支援において、金融機関が債務者に代わって経営判断を行ったり、過度に経営に介入していると捉えられたりしないよう注意(優越的地位濫用の防止)が必要です。あくまで経営者の自主性を尊重したコンサルティング・伴走支援であるというスタンスを明確にする必要があります。
他方で、伴走支援が萎縮しすぎることも本制度の趣旨に沿わないと考えられます。事業計画との乖離が生じつつある場合には、問題が深刻化する前に早期に検知し、対応策を議論して経営改善につなげることも必要となります。
前回記事で解説したとおり、本制度では免許を受けた信託会社等を受託者とする「セキュリティ・トラスト(担保権信託)」の仕組みが必須となります。受託会社は実行時、一般債権者保護のために換価代金から一定割合(カーブアウト)を取り置く義務を負います(法8条2項、62条1項4号等)。
受託者は、信託設定時に委託者(債務者)に対して信託の目的や制度概要を適切に説明する義務を負います(法40条1項等)。この際の留意点は、担保権実行時における一般債権者(不特定被担保債権者)の保護義務です。
受託者は、事業譲渡等の換価代金から政令で定める一定割合の額(不特定被担保債権留保額、いわゆるカーブアウト)を取り置き、適切に管理した上で、債務者の清算手続や破産手続が開始した場合に清算人や破産管財人に給付する義務を負います(法62条1項4号、166条3項)。
受託会社(エージェント行)が貸付人をも兼任する場合、自らの債権回収(貸付人としての利益)と、一般債権者保護のための受託者としての義務との間で利益相反が生じる可能性があります。
そのため、予め社内での適切な利益相反管理体制の構築や信託法理に基づく義務履行についてのルール整備を進めておくことが推奨されます。
本制度を利用するためには、新たな法律の要件を満たした設定手続と各種契約書の整備が求められます。
前回記事で解説したとおり、企業価値担保権の設定にあたっては取締役会決議等の機関決定を経たうえで、信託契約を締結し、商業登記簿に一括登記を行うことで効力が発生します(法8条、10条、15条)。
この登記を行うに際しては、不動産登記法の一部の定めが準用されている(法223条)ことから、登記権利者である企業価値担保権者と登記義務者である企業価値担保権設定者が共同して行うこととなります(不動産登記法60条)。そのため、商業登記としては異例の対応を行う必要がある点について留意が必要です。
実務上は、法律上の要件を満たした「企業価値担保権信託契約書」のほか、経営者保証の例外事項を定める「条件付保証契約書」、シンジケート・ローンを活用する場合の「シ・ローン契約書」、及び事業性評価に基づく「コベナンツ契約書」等の各種契約書の整備が必要となります。
金融庁が2026年3月11日に公表した「企業価値担保権信託契約等の書式例に関する勉強会 議事概要及び書式例」の書式例等を活用しつつも、融資対象となる企業の事業特性(SaaS企業のMRR、製造業のEBITDAなど)に合わせてカスタマイズし、法的拘束力のある適切なコベナンツとして落とし込む作業は、専門家によるレビューが不可欠です。
企業価値担保権においては、被担保債権に期限の利益の喪失等の実行事由が生じた場合、前回記事で触れたとおり、事業の解体を防ぐため原則として裁判所の許可を得た事業譲渡によって換価が行われます(法157条1項)。
管財人はスポンサー選定にあたり、単に譲渡代金の多寡だけで選ぶのではなく、雇用の維持や取引関係の継続など、事業価値の最大化と多様な事情を考慮して最も適切な承継先を選定する義務を負います。
したがって、スポンサー候補企業が管財人から事業を譲り受ける場合、入札・選定プロセスの公正性が他の債権者や利害関係人から事後的に争われるリスク、事業譲渡契約に基づく表明保証・補償責任の範囲をめぐる紛争リスク等を適切に管理する必要があります。
入札手続への参加条件・手続の適正性の確認や、事業譲渡契約におけるリスク分担条項(表明保証・補償条項等)の設計については、専門家に事前相談することが推奨されます。
裁判所が事業譲渡の許可を行うにあたり、労働組合等及び配当を受ける債権者から意見を聴取する手続が設けられています(法157条4項)。
事業譲渡に伴う特定の従業員の転籍拒否や承継からの排除が、労働組合法上の不当労働行為や解雇権濫用法理などの労働法制上のルールに抵触しないかどうかの判断は極めて専門的です。そのため、弁護士等の専門家に事前相談することが推奨されます。
企業価値担保権は、平時の資金調達だけでなく、事業再生に向けた「つなぎ融資」の局面でも大いに活用が期待されます。
私的整理における再生協議中の融資(プレDIPファイナンス)は、産業競争力強化法に基づく優先性確認(同法56条)等があるものの、一般的には法的な優先性の裏付けが弱いと考えられるため、融資に相応のハードルがあります。
もっとも、平時から企業価値担保権を設定していれば、事業を深く理解しているメインバンク等から新規融資を受けやすくなる可能性があります。
また、新たに設定する場合でも、既存のABL等に比べて手続コストを低く抑えつつ、総財産を担保にできるため、迅速な再生資金の調達が可能となります。
民事再生手続などの法的整理時においても、当面の資金繰りを繋ぐDIPファイナンスが必要となります。
民事再生手続においては、DIPファイナンスは共益債権(民事再生法119条等)として扱われ得るものの、依然として貸倒れリスクが懸念されます。
しかし、企業価値担保権を活用することで、手続コストを低減しつつ将来の事業キャッシュフロー全体を担保として捉えることができるため、リスクを抑えた資金供給が可能になります。
企業価値担保権は、「平時からのモニタリング」と「早期の経営改善支援」が重要です。2026年5月の施行に向けて、例えば、今から以下のような準備を進めておくことが考えられます。
【事業会社が準備すべきアクションプラン】
【金融機関が準備すべきアクションプラン】
企業価値担保権制度は、日本の金融実務に大きなパラダイムシフトをもたらす可能性を持っています。施行に備えて今から態勢整備を進めることが、本制度を有効に活用するための鍵となるでしょう。
法律事務所ZeLoでは、スタートアップ支援、事業再生・倒産対応に豊富な経験を有する弁護士が在籍しています。企業価値担保権をはじめとする新たな担保制度の活用にあたっては、スキーム設計から契約対応、実行局面まで一貫した検討が重要です。
案件に応じて総合的なアドバイス・サポートを提供しておりますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。