【弁護士が解説】医薬品・医療機器業界で相次ぐ癒着摘発と贈収賄リスク(前編)-摘発事例とその類型-

弁護士
田中 かよ子

医薬品・医療機器業界は、景品表示法を背景とした公正競争規約などに基づき、医療関係者と事業者との関係の適正さを保つ取組みを進めていますが、今なお断続的に贈収賄等の癒着事件は起こっています。このような癒着は、摘発を受ければ刑事事件として有罪になることも珍しくありません。また、そこまでに至らずとも、医療関係者・会社側ともにルール違反による処分や社会的制裁を受けることになります。前編では、近年の医療業界における贈収賄・癒着の摘発事例とその類型を解説しました。後編となる本記事では、関連法規制や業界ルール、コンプライアンス対応の要点を取り上げます。
刑法により、「公務員」という身分のある者が罪に問われうる収賄関係の罪は、収賄罪・受託収賄罪・事前収賄罪(刑法197条)、第三者供賄罪(刑法197条の2)、加重収賄罪・事後収賄罪(刑法197条の3)、あっせん収賄罪(197条の4)があります。
一方、贈賄罪(刑法198条)は、上記の各収賄罪の成立させる賄賂を供与し、申込みもしくは約束をした者について、「公務員」等の身分に関係なく成立します。
記事前編の各類型の特徴「取引の便宜を図る見返りに謝礼を受け取ったことが問題となった事例」で記載のとおり、入札の公正を害する行為(予定価格を教えるなど)については、公契約関係競売等妨害罪(刑法96条の6)として処罰の対象となります。また、職員に関しては、いわゆる官製談合防止法の第8条により、職員による入札等の妨害に関する罪に該当するものとして処罰される可能性があります。
国家公務員倫理法5条は、倫理規程に、「職員の職務に利害関係を有する者からの贈与等の禁止及び制限等職員の職務に利害関係を有する者との接触その他国民の疑惑や不信を招くような行為の防止に関し職員の遵守すべき事項」を定めるべきものとしています。
倫理規程では、「無償で役務の提供を受けること(3条1項4号)」「供応設定を受けること(同6号)」「共に遊戯又はゴルフをすること(同7号)」など細かく禁止事項が定められ、「職務として出席した会議において、簡素な飲食物(3,000円程度までの箱弁が想定)の提供を受けること(3条2項7号)」は許容されることなど、具体的な金額まで挙げて、公務員の遵守すべき規律を定めています。
倫理規程に違反した場合、贈収賄罪等の刑法上の罪に至らなくても、戒告、減給、停職などの懲戒処分の対象となります。元々、国民の信頼を失墜させるような過剰な接待事件などの発覚により公務員が襟を正すべきルールとしてできた規律です。人事院の公表している違反事例[1]にも、手土産、接待、タクシーチケットの提供、自分が運転する車で送る(無償の役務提供)など、軽い気持ちで行ったかもしれないような事例も含まれています。このように、民間相手ではなんでもないことでも、職員は処分の対象となってしまうことを念頭に、気を付けて行動する必要があります。
みなし公務員については、直接国家公務員倫理法・倫理規程の適用があるわけではありませんが、同様の組織内規程が定められていることが多いため、同じく注意する必要があります。
公的な仕事に従事する職員や役員への配慮は、手土産や接待ではなく、「倫理規程違反をさせない配慮」であるべきことを心に留めておきましょう。
公正競争規約は、法規制を背景に、各業界の公正取引協議会が消費者庁長官・公正取引委員会認定を受けて、医薬品・医療機器等の業界においては「取引を不当に誘引する手段となる正常な商慣習を超える景品類の提供とはどのようなものか」を具体的に規律するルールです。
不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)第4条は、内閣総理大臣に対し、「不当な顧客の誘引を防止し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を確保するため必要がある」ときの規制を認めており、これを受けて、医薬品・医療機器・検体検査等に関し、「医療用医薬品業等告示」(平成9年8月11日公正取引委員会告示第54号・変更 平成28年4月1日内閣府告示第124号)が出されています。この告示において、「医療用医薬品の製造又は販売を業とする者、医療機器の製造又は販売を業とする者及び衛 生検査を行うことを業とする者は、医療機関等に対し、医療用医薬品、医療機器又は衛生検査の取引を不当に誘引する手段として、医療用医薬品若しくは医療機器の使用又は衛生検査 の利用のために必要な物品又はサービスその他正常な商慣習に照らして適当と認められる範囲を超えて景品類を提供してはならない。」と定められていることから、これを各業界の正常な商慣習において具体的な自主規律を設けたのが公正競争規約です。「医療用医薬品製造販売業における公正競争規約」「医療機器業公正競争規約」「医療用医薬品卸売業における公正競争規約」「衛生検査所業における公正競争規約」などがあります。
例えば、製品説明会、講演会等の慰労など具体的場面における飲食提供の額として適切な金額の上限が具体的な金額により定められています。また、寄附、業務委託、共同研究、試用品の提供、医療機器の貸出し等、様々な業界特有の場面において、よくある違反行為を念頭に、公正競争の観点でチェックすべきポイントや基準を示しています。
このような規約の基準に違反した場合、各公正取引協議会から警告や厳重警告を受けることがあり、これに従わない場合は違約金が課されたり除名処分を受けたりします。その場合、消費者庁に連絡され、規制庁から直接監視を受けることとなります。
事業者と医療機関・医療関係者の意見交換・研究等の共同行為なくして、医学、医療技術の進歩や患者さんの負担軽減は進みません。一方で、前編で見た摘発事例にあるように、業務委託や共同研究を隠れ蓑にした事業者から医療機関・医療従事者への不当な金銭提供は大きな問題です。
そのため、製薬・医療機器等の業界団体は、会員企業に対して、いわゆる「透明性ガイドライン」に基づき、どの医療機関・医療関係者に対してどのような事由でいくら提供しているのか開示することを求めています。
このような事業者から医療機関・医療関係者への資金提供の公開の流れは、2010年に成立したアメリカの「The Patient Protection and Affordable Care Act of 2010」(オバマ大統領が医療保険の未加入層の加入を推進するなかで制定された法律)の一環として制定された「Sunshine Act(現Open Payment Act)」から始まっています。公的支出としての医療費増加を背景に、その抑制のため不正を抑止するべく、医薬品・医療機器等の製造業者等は、年に1回、米国医師等への所定の支払について法律に基づきCMS(アメリカ厚生省に属する公的医療保障制度の運営主体)に報告をすることが求められ、当該データは公開されています。
日本の場合、臨床研究法に基づく特定臨床研究に関する研究資金等の費用の公表義務を除き、基本的にはこのような法律に基づいた公表義務があるわけではありません。そのため、透明性ガイドラインに基づく公表は、業界団体所属の企業による自主的なものであり、公表については相手方医療機関・医療関係者等の同意が前提となります。もっとも、日本においても、現在は各業界団体において、金額の公表に同意しない相手方への依頼は控えるようにとの指導がされており、透明性に関する情報公開は業界で非常に一般的になっています。
事業者としては、医療機関・医療関係者に業務委託や講演依頼等の依頼を行う際には、依頼目的の必要性、正当性や対価の妥当性をしっかりとチェックし、不当な顧客誘引目的での依頼が紛れ込まないように注意が必要です。そのうえで、実際に依頼を行う際には、書面等により条件面を明確にし、エビデンスとして残したうえで、提供した金銭等の公表を相手方の同意を得て適切にしていくことが必要となります。
また、医療機関・医療関係者と接触する社員への適切な情報提供や注意喚起を行う必要があります。これほど頻繁に贈収賄等の摘発がなされていても、「業界慣習」の名のもとに、感覚を変えることができていない事業関係者・医療関係者が多くいること、販売目標の重圧や医療関係者等からの要求を背景にルール違反を正当化して実行してしまう社員が出てしまうリスクがありうることを十分意識したうえで、現場の良心任せにしない不正防止の仕組みを作る必要があるでしょう。老舗企業では体制のアップデートが、新規参入企業ではそもそものリスク感知と規制の理解・ルール作りが必要となります。
贈収賄の問題になれば、逮捕されることも少なくありません。前編の摘発事例で逮捕・起訴されたのも、医療関係者として、または会社員として働いてきた人々です。ルール違反や、悪いことをしている自覚があったとしても、実際に自分が逮捕されるかもしれないとまでは思っていなかったのではないでしょうか。
実際に関与していなくても、取引先の病院で実態調査やヒアリングが行われたり、警察から情報提供の要請を受けたりして驚かれることもあるかと思います。
医薬品・医療機器業界における違反を避けるためには、老舗企業においては体制のアップデートが、新規参入企業においてはリスク・規制の把握・ルール作りが必要です。しかし、公的情報、業界団体からの情報だけでは、「具体的に自社で何をしたらよいのか」「本当に体制を変えていく必要があるのか」判断が付かないこともあるかと思います。
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[1]人事院Webサイト「違反事案の概要-人事院年次報告書より-」(最終閲覧:2025年9月16日)