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英文契約の紛争解決条項

 今回は、英文契約の紛争解決条項の起案について、基本的ながら重要な留意点を検討します。契約に関連して紛争が発生した場合には、以下でご説明する留意点を十分に認識していなかった結果、(紛争の本案審理に先立って)まず紛争解決条項そのものをめぐって争うことになるおそれがあります。このような争いは、驚くほど頻繁に発生しており、このような事態に陥った当事者は資源(時間と資金の両方)を浪費することになりますが、そもそも契約書の交渉段階で賢明かつ慎重な起案を行っていれば避けられたものといえるでしょう。

英文契約の紛争解決条項
DISPUTE-RESOLUTION
PROFILE

外国法事務弁護士(原資格国:米国コロンビア特別区)

ジョエル グリアー

紛争解決条項 導入と基本要素

 当事者としては紛争の発生可能性があり、かつ、友好的な解決できない場合に備えて、紛争解決ための手順を合意し、必ず契約に盛り込むべきです。紛争解決条項を効果的かつ明確に定めておけば、紛争が発生したとしても、最も効率的、かつ、公平に解決することができます

当事者は、どのような紛争解決手続を採用したいかをまず検討する必要があります。通常、選択肢としては訴訟と国際仲裁があり、いずれによっても、最終的かつ拘束力のある紛争解決を行うことができます。訴訟とは、裁判所での紛争解決方法であり、通常は、裁判官が判決を下す公開手続です。国際仲裁とは、非公開(通常は秘密扱い)の紛争解決方法で、1人又は複数人の仲裁人が事件について判断を行うものです。

当事者が訴訟と仲裁のうちいずれを選択するかは、さまざまな要因に依存します。例えば、当事者に外国人又は外国法人が含まれておらず、契約上及び商業上の関係が自国のみに関するものであって、自国の裁判制度が公正かつ公平であると考えている場合、自国の裁判所で紛争解決を図ることに同意したとしても合理的といえます。更に、ある種の契約については、訴訟のほうがより適切な場合もあります。例えば、秘密保持契約は、当事者の違反を防止するために迅速性が求められうるため、仲裁よりも訴訟が適していることが多いです。

契約当事者がそれぞれ異なる国に拠点を有する場合、一方当事者が相手方の国の裁判所で紛争を解決することを望まないことがあります。このように、当事者がクロスボーダー取引に従事している場合、通常は、中立的な選択肢として国際仲裁が選択されます。その場合、国際商業会議所、シンガポール国際仲裁センター、日本商事仲裁協会などの仲裁機関の規則に従うことが多いです。仲裁には、手続上の柔軟性もあります。当事者は通常、仲裁人の選定や仲裁日程などの仲裁手続に関して、自らの要望を伝えることができます。

紛争解決条項の起案は、シンプルなものがベストであると考えてまず間違いありません。当事者は、互いに交渉の上、訴訟と仲裁のいずれを紛争解決手続とすべきかを明確に選択すべきです。訴訟を選択した場合、使用する裁判所の管轄も含めて(例えば、東京の裁判所)、紛争解決条項に明記しなければなりません。

実例

Any dispute arising under or in connection with this Agreement or related to the terms of this Agreement shall be subject to the exclusive jurisdiction of the Tokyo District Court.
(和訳)
本契約の下で発生した紛争、本契約に関連して発生した紛争、又は本契約の条件に関して発生した紛争は、東京地方裁判所の専属的管轄に属するものとする。

仲裁を選択た場合には、適用される仲裁規則及び仲裁地(当事者の本国である必要はありません。)を紛争解決条項に明記しなければなりません。また、当事者仲裁言語について合意しておきたいと考える場合もあります

実例②

Any dispute, controversy, or claim arising out of or relating to the Agreement shall be referred to and finally resolved by arbitration under the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. The seat of arbitration shall be Tokyo, Japan. The language to be used in the arbitral proceedings shall be English.
(和訳)
本契約から生じた紛争・論争・請求、又は本契約に関連する紛争・論争・請求は、日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に基づく仲裁に付託し、当該仲裁によって最終的に解決するものとする。仲裁地は東京とする。仲裁手続において使用される言語は英語とする。

紛争解決条項に関するよくある間違い

 紛争解決条項の起案に際しては、シンプルなものがベスト(かつ効率的)であることが多いですが、当事者としては、上述の要素以外のものを紛争解決条項の中に含めたい場合もあります。例えば、紛争が生じた場合には、訴訟又は仲裁を開始する前にまず交渉又は調停(調停とは、法的拘束力のない紛争解決手段で、調停委員が当事者の交渉を手伝うものです。)によって紛争解決を図る旨を規定したいといったケースですこれに限らず、諸々の要素紛争解決条項に含まれることもありますが条項の文言には注意が必要です。例えば、交渉や調停には具体的な期限を設けておくことが重要で(30日、60日、90日など)。一方当事者が訴訟や仲裁を回避しようと不当な引き延ばしを図ることのないようにするためです。


紛争処理条項の起案に際して、よくある間違いが二つありますこのような間違いを一つでも犯した場合は、実際に紛争が生じたときに相当の時間と費用追加的に発生するおそれがあります
第一
の間違いは、交渉及び合意の過程で、紛争解決条項の条件を明確なものとするべく十分な時間をかけていないケースですInternaves de Mexico S.A. de C.V v. Andromeda Steamship Corp., et al.という裁判例実例として説明します。(Internaves de Mexico S.A. de C.V. v. Andromeda Steamship Corp., et al., 898 F 3d 1087 (11thCir.2018).)当事者は、2016年6月に海上運送契約を締結しましたが、ある条項では、紛争が発生した場合、当事者はニューヨークで仲裁することと規定していたのに、他の条項ではロンドンで仲裁することと規定していました。2016年10月、InternavesがAndromedaに契約違反があったと主張し、当事者はフロリダ州の裁判所で争うこととなりました。争点は、仲裁地がニューヨークであるのか、それともロンドンであるのかという点でした第一審契約の内容曖昧であり、当事者が紛争を仲裁により解決することに合意したか否か判断できないと結論づけました。
控訴審は上記争点をより注意深く分析しましたが、その際、英米コモン・ローの契約解釈に係る以下の基本原則が用いられました。

(i) 契約書で実際に用いられた文言が当事者の意図に関する最善の証拠である
 (ii) 契約書は、できる限り、全ての条項有効になるようにかつ、全ての条項互いに整合するように読むべきである。ただし、契約条項間に抵触がある場合で、契約書に抵触解消のための方法明示的に規定されているときは、裁判所は契約内に規定された抵触解消方法を適用すべきである。
 (iii) 一般条項が個別条項によって修正されている場合には、個別条項優先する。
 (iv) 契約書は、作成過程で誤記や誤植が発生しうるという現実に配慮して解釈すべきであり、誤記や誤植があるからといって契約が曖昧になるわけではない。

控訴審は、Internaves de Mexico S.A. de C.V. v. Andromeda Steamship Corp., et al.で問題となった海上運送契約に上記基本原則を適用し、ニューヨークを仲裁地とする旨の規定が一般的な「ボイラープレート」条項(標準的な契約条項で、さしたる変更を加えずに様々な契約書で繰り返し利用されるもの)の箇所に記載されている一方、ロンドンを仲裁地とする旨の規定は当事者が交渉のうえ合意した個別的条件を含んだ箇所に記載されていると説明しました。この契約書には、一般的なボイラープレート条項と個別条項との間に抵触が存在する場合、個別条項が優先するとの文言も含まれていました。また、控訴裁判所は、ニューヨークを仲裁地とする旨のボイラープレート条項を当事者が削除し忘れた可能性を示唆しました。控訴裁判所は、上記の要因を総合考慮した上で、仲裁地に係る文言が抵触しているにもかかわらず、契約の内容は実際には曖昧ではなく、ニューヨークではなくてロンドンにおいて仲裁がなされるべきであると判断しました。控訴裁判所が判決を行ったのが2018 年8 月である点は特筆すべき点でしょう。紛争解決条項のうち仲裁地を一か所に特定するはずの部分が明確性を欠いていたため、仲裁地はどこかを巡って、2年近くにわた法廷で争うことを余儀なくされたのです。しかも、この間、契約違反があったか否かに関して本案審理をする機会は一切ありませんでした契約違反があったとして紛争化したのは2年近くも前の201610月でした。


第二の間違いは、紛争解決条項をあまりに複雑にしてしまうケースです。Safran Electronics & Defense SAS, et al. v. iXblue SASという裁判例を実例として説明いたします。本件では、当事者間のライセンス契約には仲裁条項があり、ある種の請求に係る紛争についてはパリを仲裁地とし、他の請求に係る紛争についてはニューヨークを仲裁地とする旨が定められていました(販売取引が行われた場所に応じて紛争解決の場所が決まるという概要でした。)。したがって、先述のInternaves de Mexico S.A. de C.V. v. Andromeda Steamship Corp., et al.とは異なり、本件の当事者は、一定の請求はパリでの仲裁によって解決することとし、その他の請求はニューヨークでの仲裁によって解決することを意図していました。(Safran Electronics & Defense SAS、et al。v iXblue SAS、Memorandum Opinion 18-cv-7220 (LAK) (S.D.N.Y。Feb.6、2019).)
当事者間で紛争が発生し、Safran ElectronicsはiXblueに対する仲裁手続をパリで開始しました。2週間後、iXblueはSafran Electronicsに対する仲裁手続をニューヨークで開始しました。その後、2018年8月、Safran Electronicsは、ニューヨークの裁判所に対し、ニューヨークでの仲裁を差し止めるよう申し立てました。一方、パリの仲裁人は、Safran Electronicsの主張に係る管轄を自己が有しているか否か検討していました。
2019年2月、ニューヨークでは、Safran Electronicsの差止申立が決定で退けられ、次のような説明がなされました。販売取引に係る紛争について、「請求の原因となった販売取引が行われた場所」に応じて仲裁地をパリとニューヨークとに振り分けたのであるから、申立を受けた仲裁人は、(本案審理の先決問題として)申立人の主張どおりの場所で販売取引がなされたか否か(つまり、自ら本案審理を行い得るか否か)を判断する権限を有しており、当裁判所としては当該権限を否定しない。
ニューヨークの裁判所は、ライセンス契約の紛争解決条項に基づき、ニューヨークの仲裁人はiXblueの請求に関する管轄の有無を判断できると決定しましたが、これは全くもって妥当な決定でした(一方で、パリの仲裁人は、同時期に、Safran Electronicsの請求に関する管轄の有無を判断していました。)。しかし、この決定は、紛争解決条項に内在する欠陥を浮き彫りにしたにすぎません。仲裁地として2か所を規定し、紛争に係る請求に応じて仲裁地を使い分けることとした以上、Safran ElectronicsとiXblueとがそれぞれ同時並行して仲裁手続を開始することとなり、本案審理もなされないままに請求を管轄するのはパリである、あるいはニューヨークであると議論する事態は事実上不可避でした。この過度に複雑で煩雑な手続に加えて、ニューヨークでは差止訴訟が6カ月間続きましたが、結局は、両当事者が契約書で合意した内容が確認されただけでした。(実際には、Safran Electronicsは控訴し、上訴裁判所が2019年10月、第一審の判断(ニューヨークでの仲裁に関するSafran Electronicsによる差止申立を否定)を支持したことにより敗訴するまで継続しました。)


Safran Electronics & Defense SAS, et al. v. iXblue SASの決定からは、ある種の請求に係る紛争についてはパリを仲裁地とし、他の請求に係る紛争についてはニューヨークを仲裁地とすることを当事者が選択した理由は分かりません(本件の各請求を一仲裁地における一判断によって解決することはできなかったと考える理由もありません)。しかしながら、上記の選択をしたことによって、明白で甚だしく非効率な紛争解決手続を履践しなければならなくなりましたが、そのような多大なコストを上回るメリットがあったとは想像できません。

まとめの考察

紛争解決条項の起案といって、難しく考える必要はありません。この点は、訴訟と仲裁のいずれを規定する場合でも同じです。ただ、Internaves de Mexico S.A. de C.V. v. Andromeda Steamship Corp., et al.及びSafran Electronics & Defense SAS, et al. v. iXblue SASの裁判例のように、紛争解決条項の交渉と起案に適切な注意を払わない、あるいは当該条項を複雑にしてしまうという間違いは頻繁に見受けられます。両裁判例が示すとおり、このような間違いを起こした場合、多大な時間と費用がかかる可能性があります。当初から賢明かつ慎重に紛争解決条項を起案していれば、回避できる問題なのです。

本記事は原文であるこちらの記事の翻訳であり、記載及び解釈は全て原文が優先いたします。

本記事の情報は、法的助言ではなく、そのような助言をする意図もないものであって、一般的な情報提供のみを目的とするものです。読者におかれては、特定の法的事項に関して助言を得たい場合は、弁護士に連絡なさって下さい。

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