「調停による国際的な紛争解決契約に関する国連条約(シンガポール条約)」クロスボーダー紛争解決の新しいツール
弁護士・ニューヨーク州弁護士、国際法務部門統括
野村 諭
外国法事務弁護士(原資格国:米国コロンビア特別区)
ジョエル グリアー
英文契約においては、通常、特定の形式が求められるわけではありませんが、和文契約では用いられない(またはそれほど詳細に定められない)規定が置かれることも少なくありません。このような規定は標準的なもので、むしろ基礎的なものとさえみなされている可能性もあります。しかし紛争となった場合には、当該規定により予期せぬ結果が招かれることもあるため、ビジネスパーソンであれば、日本人も外国人も同様に、当該規定にはドラフト段階、交渉段階において注意する必要があります。本記事では、特に簡単に見逃されやすい規定の代表例として、英文契約の典型的な冒頭規定、頭書および目的規定について解説します。
英文契約の頭書は、契約上の取り決めに係る簡潔な導入部分であり、契約の種類(秘密保持契約、ライセンス契約、売買契約など)や、契約の日付、契約当事者などの情報を定めている。当事者は、まず正式名で識別され、その後、一文字目を大文字にした略称で呼称されることも多い。また、取引上の役割(売買契約における「買手」や「売手」など)によって呼称されることもある。さらに、当事者は、それぞれ「当事者」(Party)とされ、総称して「全当事者」(Parties)とされることもある(しかし、和文契約では「甲」「乙」などが用いられるのに対し、英文契約ではParty AやParty Bといった表記はなされない)。また、当事者の設立地および住所を記載するのが一般的である。
This Confidentiality Agreement (“Agreement”) dated as of [date] (the “Effective Date”) is made between ABC Inc. (“ABC”), a corporation duly organized and existing under the laws of [place of incorporation], having its principal place of business at [address], and XYZ Co. Ltd.
(“XYZ”), a corporation duly organized and existing under the laws of [place of incorporation], having its principal place of business at [address], collectively referred to as the “Parties” and individually referred to as a “Party.”
(和訳)
[日付](「発効日」)付けの本秘密保持契約(「本契約」)は、[設立地]の法律に基づき正式に設立され存在し、[住所]に主たる営業所を有する法人であるABC Inc.(「ABC」)と[設立地]の法律に基づき正式に設立され存在し、[住所]に主たる営業所を有する法人であるXYZ Co.、Ltd.(「XYZ」)との間で締結され、これら当事者を総称して「全当事者」といい、それぞれ「当事者」という。
頭書は、契約上の拘束力のある権利義務を定めようとするものではなく、読み手を契約内容および当事者情報に導入する役割を果たしている。ただし、一定の文言が頭書で定義づけられた場合(上記実例における契約締結や効力発生日など)、定義づけられた用語は契約書全体において定義づけられたとおりの意味を有し、法的拘束力を有する(この点は、頭書以外の部分で定義づけがなされた場合も同様である)。
WHEREAS, ABC is engaged in the manufacture of products described in Section 3 below, and XYZ is engaged in the business of selling and distributing such products in Japan.
WHEREAS, ABC desires that XYZ sell and distribute the products described in Section 3 in Japan, and XYZ desires to sell and distribute the products described in Section 3 in Japan.
THEREFORE, in consideration of the premises and the mutual covenants set forth herein and for other good and valuable consideration, the receipt and sufficiency of which are hereby acknowledged, ABC and XYZ hereby agree and covenant as follows: ...
(和訳)
ABCは、下記第3条に記載した製品の製造に従事しており、XYZは、日本において当該製品を販売する事業に従事しているという事実を考慮して、またABCは、XYZが下記第3条に記載した製品を日本において販売することを希望しており、またXYZは下記第3条に記載された製品を日本において販売することを希望しているという事実を考慮して、本契約書に定める前提事実および相互合意、ならびに合法的かつ有価の約因(Consideration)(当該約因が受領されたこと、およびそれが適切であることは本契約書によって確認される)によって、ABCおよびXYZは本契約書によって以下のとおり合意する。
頭書と同様に、目的規定は、一般に、契約上の拘束力のある権利義務を定めようとするものではない。英国裁判所がある判決で述べたように、目的規定は通常、「特定の有効な条件を含むもの」とはみなされてはおらず、「単に後続の詳細条件に先立つ導入として機能するにすぎない。(J. Toomey Motors Ltd. and Toomey (Southend) Ltd. v. Chevrolet Ltd., England and Wales High Court (Commercial Court) (20 February 2017) (Toomey v. Chevrolet), at p. 17.)」。
この点に関しては、米国裁判所においても同じ見方が共有されている。つまり、「目的規定は合意の一部ではなく、法的拘束力を有さない。・・・契約書の目的規定は意図を表明したものである。(Construction Mortgage Investors Co. v. Darrel A. Farr Development Corp., et al. and Darrel A. Farr, Minn. Court of Appeals, 10 August 2010, unpublished decision (Construction Mortgage Investors v. Farr), at p. 7.)」と理解されているのである。
しかしながら、英米の裁判所は、契約書の詳細な効力規定が曖昧性を残している場合(効力規定に重大な欠如が見られる場合など)、契約書における当事者の意図を決定するに際し、目的規定を参考にすることもできることを認めている。(Toomey v. Chevrolet, at p. pp. 17-18; Construction Mortgage Investors v. Farr, at p. 7.)当事者間で契約書の解釈をめぐって紛争が生じている場合に、裁判所は、時として、当該解釈を補うべき目的規定自体が曖昧であると認定することもある。
ある米国の裁判例(TA Operating LLC v. Comdata, Inc. and Fleetcor Technologies, Inc. (TA Operating v. Comdata))がこの点をよく示している。(TA Operating LLC v. Comdata, Inc. and Fleetcor Technologies, Inc., Del. Court of Chancery, 11 September 2017 (TA Operating v. Comdata).)
本件の原告はTA Operating社であるが、同社は米国でも有数のサービスエリア運営会社で、燃料供給などのサービスをトラック運転手に提供している。被告のComdata社はトラック運送業に対して「燃料カード」を提供している会社であり、このような業種としては最大規模の会社である(燃料カードとは、繰り返し使えるプリペイドカードの一種で、サービスエリアにおいてトラック運転手が燃料、食べ物、その他の物品およびサービスを購入できるものである)。両社は長期契約を締結しており、当該契約のもと、TA Operating社の運営するサービスエリアはComdata社発行の燃料カードの使用を受け入れ、一方、Comdata社はTA Operating社の運営するサービスエリアでなされた取引の決済処理を行い、取引手数料を得ていた。
20年以上にわたり協働した後、Comdata社は、TA Operating社に対し、カードを用いずに燃料購入ができる代替手段として無線周波数識別(RFID)技術をサービスエリアに導入してはどうかと提案した。両社はRFID契約を締結すると同時に、既存の契約に関して修正契約を締結し、TA Operating社がComdata社に支払っていた取引手数料を減額した。修正契約の目的規定には、「(以下の)事実を考慮して」(Whereas)で始まる文言があり、RFID契約に言及するとともに、両当事者が目的規定で言及された契約(RFID契約を含む。)「を約因(Consideration)として」修正契約を締結する旨が明記されていた。しかし、修正契約には、目的規定以外の部分において、RFID契約に言及する文言が無かった。
その後、紛争が発生し、Comdata社は、TA Operating社に対し、TA Operating社がRFID契約に違反した旨の通知を行い、さらに修正契約を解除した。その解除理由は、RFID契約が正式な法的意味において修正契約の約因(Consideration)であり、RFID契約への違反が修正契約の解除理由になるということであった。つまり、RFID契約は修正契約の締結と引き換えに締結されたということである。(コモンロー制度のもとでは、約因(Consideration)とは、契約締結に際して各当事者が得ようとする利益・給付であり、拘束力のある契約の必要条件とされている。)そこで、TA Operating社はデラウェア州裁判所にComdata社を訴えた。
訴訟では、Comdata社が課題に直面した。上述のように、修正契約の中では、RFID契約に言及し、RFID契約が修正契約の約因(Consideration)であることを示した唯一の箇所が(通常は法的拘束力のない)目的規定であったからである。TA Operating社は、当該目的規定の文言は修正契約の背景事情を示すにすぎないと主張した(すなわち、目的規定は有効な拘束力のある契約条件ではないと主張した。)。また、TA Operating社は、「Consideration」(「約因」、「考慮」を意味する。)という言葉は、正式な法的意味における「当事者が求める給付」を意味するものではなく、むしろ「考慮」を意味する非法律的、日常的な意味で用いられていると主張した。
裁判所は、TA Operating社の主張に対し、目的規定は「通常、実質的合意のいかなる部分も形成していない」し、「契約規定としての拘束力を持たない」と認めた。(TA Operating v. Comdata, at p. 61 (裁判例による引用の引用元は省略).)しかしながら、裁判所は、目的規定は「契約を解釈し、当事者の意図を認定する上で、重要な影響を持つことがあり、そのような点において、目的規定は、可能な限り、効力のある条項と両立して効力を有するべきである」と指摘した。(TA Operating v. Comdata, at p. 61 (裁判例による引用の引用元は省略).)
この点について、修正合意の本文ではRFID契約について言及がなかったこと、および、目的規定の中の「Consideration」(「約因」、「考慮」)という言葉の意味に関して疑義が呈されたことを理由として、裁判所は、修正契約が曖昧であると認定した。米国およびその他のコモンローを採用している裁判所においては、契約解釈に係る通常の指導原則は、「契約書が一見して明瞭かつ明確である場合、裁判所は契約を文言どおりに解釈し、当事者の意図や契約の意味を理解する補助として、目的規定や当該契約書以外の証拠(契約に至る当事者間の交渉、契約締結後の履行状況など)を検討することは一般的には行わない」というものである。しかしながら、契約が曖昧であると裁判所が判断した場合、裁判所は、紛争解決に向けて、当事者の意図を理解して契約を解釈するために、契約書以外の証拠や目的規定を検討することができる。
したがって、本裁判例(TA Operating v. Comdata)においては、裁判所は、契約書以外の証拠(特に、RFID契約と同時に締結された修正契約に至る当事者間の交渉)を検討した。この契約書以外の証拠によれば、「TA Operating社がRFID契約に署名することと引き換えに、Comdata社が両当事者の既存の合意内容を修正することに合意(先述のとおり、ComdataがTA Operatingから受け取る取引手数料を減額するものである。)したというComdataの立場を強く支持するだけの証拠価値を有している」と裁判所は判断した。そこで裁判所は、RFID契約が、正式な法的意味で、修正契約の目的規定が定めたとおりの「修正契約に対する対価」であると結論づけた。
英文契約では、契約の頭書と目的規定は、契約内容および当事者情報、ならびに契約の背景事情および目的の前の導入部分である。一般的には、頭書および目的規定には、契約上拘束力のある効力規定が含まれておらず、また、含まれると解釈されてもいない。
しかしながら、上記で説明した理由により、目的規定を明瞭かつ明確に書くことは特に重要である。契約本文に曖昧さ(著しい脱漏を含む。)がある場合、当事者の契約上の意図を解釈する一助として使用されることがあるためである。さらに、本裁判例(TA Operating v. Comdata)の判決が示しているように、裁判所は、目的規定に曖昧さがあることを理由として、当事者の意図を決定する際に、契約の文言外の証拠を調べることがある。したがって、紛争となった場合にこの点に関して不測の事態に至ることを回避したいのであれば、契約上の取り決め(契約内容に関連する、拘束力のある債務および義務を含む。)の対象となっている重要事項すべてについて、契約の効力規定として確実に規定しておくこともまた重要である。
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