Mechanism and Key Points of “J-KISS”, funding for Seed-Stage Startups

弁護士
松田 大輝

スタートアップ企業の成長は、創業者にとっての大きな喜びですが、同時に、将来を見据えた資産承継という重要な課題を突きつけます。特に創業者が保有する株式の価値が企業の成長とともに向上するにつれて、相続における税務上の影響は無視できないものとなります。初めて起業した起業家からは、資産管理会社を作る時間やお金なんてあるわけがない、そんなことをやっている暇があれば開発を行い、売上を伸ばすべき、自分のためにそんなことをやるのはカッコ悪い、といった声が聞こえてきそうです。しかし、今回の課題は、後から巻き戻しての是正が難しく、創業者個人のためではなく会社の永続的・持続的発展のために必要な検討事項となっていることから、私たちが担当するクライアントの創業者の皆様には、この課題を突き付け、一晩考えてもらうことにしています。本記事では、スタートアップ創業者が直面する資産承継の課題、特に相続税に焦点を当て、その対策として資産管理会社を設立することの意義や具体的な法的なスキーム、留意点の一部を解説します。
法律事務所ZeLo代表弁護士。2009年早稲田大学法学部三年次早期卒業、2011年東京大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2017年法律事務所ZeLo創業。主な取扱分野はブロックチェーン・暗号資産、FinTech、IT・知的財産権、M&A、労働法、事業再生、スタートアップ支援など。
2013年東京大学文学部卒業、2014年公認会計士試験合格。2015年より有限責任監査法人トーマツで勤務し、ベンチャー支援に軸足を置く旧トータルサービス事業部に所属。2021年2月まで上場会社監査、IPO準備会社監査、国内籍・海外籍を含むファンド監査等に従事。並行して司法試験予備試験・司法試験に合格。2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、同年法律事務所ZeLo参画。法務分野では、IPO、コーポレート・ファイナンス、開示規制(金商法・上場規程)、ベンチャー/スタートアップ法務、ジェネラルコーポレート、M&A、税務、訴訟/紛争解決など。会計分野では、IPOを前提とした収益認識会計基準の導入サポートを含む会計基準の適用に関するコンサルティング業務、価値算定業務、上場会社における開示書類作成サポートを実施。
目次
日本は相続税の負担が世界的に見て極めて重い国です。相続税率は最大55%にも達し、基礎控除額(非課税枠)も「3,000万円+600万円×法定相続人の数」と起業家にとって極めて重いものになっています。
一方、スタートアップの創出が最も進んでいる米国では連邦レベルの遺産税率は最高40%ですが、基礎控除額(非課税限度)が約1,300万ドル(約20億円)と非常に大きく、起業家にとっても有利です。シンガポールに至っては2008年に相続税(Estate Duty)が廃止され、現在は相続税が一切存在せず、起業家が集まりやすくなっています。その他の成長著しいASEAN諸国も、ほとんど相続税がかからない国が多数です。
このように、日本の相続税は主要国と比較すると極めて税率が高く、日本で起業するスタートアップ創業者においては、自社株の事業承継対策について特別な注意を払う必要があります。相続税を回避するためにシンガポール等の無税国へ資産家が移住する例もありますが、日本では2015年以降出国税によって一定条件下で海外移住時に含み益への課税が課されるようになり、単純な海外移住での対処が難しくなっていることもあり、後述する資産管理会社の活用は重要性を増しています。
スタートアップ創業者が保有する株式の価値が高まるにつれて、将来の資産承継、特に相続税対策が重要な検討課題となります。
スタートアップの株式は、創業初期のシードステージではバリュエーションが比較的低いですが、その後の成長や特にIPO(株式公開)が実現した場合、その評価額は飛躍的に高騰します。株式の価値が向上すればするほど、創業者が個人で保有する株式に係る相続税評価額も高くなり、将来の相続発生時において多額の相続税が課税される懸念が生じます。
このような状況をふまえ、資産管理会社を設立し、創業したスタートアップの株式を資産管理会社へ承継させることが、将来の過大な相続税負担を軽減するための有効な手段の一つとなります。特に、会社のバリュエーションが低い段階で株式を承継することで、承継に伴う税負担を抑えることができる可能性があるため、早期の検討が重要となります。
仮に、資産管理会社を設立せず創業者個人が自社株をそのまま保有している場合、日本では前述の通り相続税率が最大55%に達するため、創業者が巨額の自社株式を残して亡くなれば相続人には莫大な納税義務が生じます。しかも、相続税の納付期限は被相続人の死亡から10か月以内であり、納税は現金一括納付が原則です。スタートアップの株式は上場前であれば現金化が困難ですし、上場後であっても創業者の大量の株式を一度に市場売却して現金化すれば株価が急落します。
実際、創業者が資産管理会社を用意せずに急逝した場合、相続人が税金を払うために保有株式を売却せざるを得ず、市場に大量の株が出回ることで流通株式比率の急増・株価の低下を招くケースがありますし、市場での買取りが行えないケースですと、会社が買取りをせざるを得なくなり、会社そのものの財務基盤が揺らぐリスクがあります。これは創業者一家のみならず、会社の継続性にも悪影響を及ぼしかねない深刻な問題です。
経営株主が資産管理会社を設立し、対象会社の株式を資産管理会社に譲渡することで、税務上のいくつかのメリットが期待できます。
資産管理会社の設立形態としては、主に合同会社と株式会社の二つのスキームがあります。
株式会社と合同会社の主な相違点は以下の通りです。
項目 | 合同会社 | 株式会社 |
---|---|---|
出資者 | 社員(有限責任) | 株主(有限責任) |
所有と経営 | 原則として分離不可 | 分けることができる |
任期 | 社員の任期制限無し | 原則取締役2年、監査役4年(最長10年まで可能) |
意思決定機関 | 定款変更等は総社員同意、業務執行は代表社員 | 最高機関は株主総会、業務執行は取締役 |
自己持分取得 | なし | あり |
増資規制 | 資本組入規制なし | 払込金額の1/2資本金に組入 |
配当・利益分配 | 利益の配当が可能 | 剰余金の配当により可能 |
構成員の議決権 | 1社員1議決権(※ただし、定款で自由に定めることが可能) | 種類株等により異なる取扱い可能 |
設立費用(目安) | 15万円〜25万円程度 | 30万円〜40万円程度 |
定款認証 | 不要 | 必要 |
登録免許税(最低) | 6万円 | 15万円 |
決算公告義務 | なし | あり |
信用力 | 慣行として株式会社より低い | 慣行として合同会社より高い |
合同会社は、機関設計がシンプルで運営コストを抑えやすく、定款で柔軟な利益分配や議決権の調整が可能といった特徴があるため、一般論としては、資産管理会社の形態としては合同会社がよく選択されます。一方、株式会社は、所有と経営の分離が明確であり、将来的に家族以外の者が株主になる可能性や、資産管理会社で付随するビジネスを行う等より高い信用力が必要な場合に適していると考えられます。
資産管理会社の設立にあたっては、司法書士と連携することはもちろんのこと、特に設立後の税務署等への届出や、毎年の決算申告等の継続的な税務対応が必要となるため、税理士と顧問契約を締結することが一般的です。
資産管理会社設立後、創業者が保有する対象会社の株式を資産管理会社へ譲渡することになります。この譲渡取引には、税務・法務上の留意点がいくつか存在します。
スタートアップの創業者に子供が複数いる場合、資産管理会社の設立スキームにおいて、資産管理会社を単一とするか、あるいは子供ごとに複数の会社を設立するかが論点となります。それぞれの方式にはメリット・デメリットがあります。
単一の資産管理会社 | 複数の資産管理会社 | |
---|---|---|
メリット | オーナーは生前、管理する資産管理会社が一つであるため、管理の手間やコストを抑えられる。 | 相続発生後、資産(株式)の処分や資産管理会社の運営に関する意思決定を子供ごとに行えるため、兄弟間での意見対立や、運営が行き詰まる「デッドロック」状態を防ぐ効果が期待できる。 |
デメリット | オーナー死亡後、単一の資産管理会社に複数の相続人(子供たち)が株主または社員となるため、資産管理会社の運営方針を巡って意見が対立し、揉める可能性がある。 | 資産管理会社を複数設立・維持する必要があるため、設立時およびその後の管理にかかるコスト(税理士費用など)が会社の数に応じて増加する。 |
また、子供の年齢もスキーム検討上の考慮事項となります。子供が未成年である場合、法定代理人(通常は親)が代わりに契約締結等を行う必要があります。スキームの検討にあたっては、子供たちの人数、年齢、それぞれの関係性、そして創業者の意向や将来的なビジョンを十分に踏まえて、慎重に決定する必要があります。
資産管理会社による株式保有は理論上の話だけではなく、多くの実際の創業者が採用している手法です。その活用実態を示すデータとして、日本経済大学大学院・後藤俊夫特任教授の研究によれば「上場企業の4社に1社(918社)で、創業家等が持つ資産管理会社が上位10位の大株主に入っている」と報告されています。これによれば、日本の上場企業の25%で創業者一族の資産管理会社が主要株主となっていることになります。この事実は、資産管理会社スキームがスタートアップ創業者のみならず広く創業オーナー企業で一般化していることを示しています。
実際、近年上場したスタートアップ企業の有価証券報告書を見ても、創業者の資産管理会社が大株主に名を連ねるケースは珍しくありません。例えば、2024年6月30日時点で、フリマアプリ大手メルカリの創業者である山田進太郎氏は、自身が代表を務める株式会社suaddという資産管理会社を通じて同社株式の約4.00%を保有しています(山田氏個人保有分と合わせて約27.83%を保有)。
また、ファーストリテイリング(ユニクロ)創業者の柳井正氏は、2011年に自身が保有する同社株式の一部(531万株)をオランダに設立した資産管理会社TTY Management B.V.に移管しています。TTY社は柳井氏が全株式を保有する個人資産管理会社であり、今後もファーストリテイリング株を継続保有して得られる配当金を社会貢献活動に充てることを目的としていると公表されています。柳井氏のケースは海外法人を用いた例ですが、自社株の長期保有と資産継承のために資産管理会社を活用した代表例と言えます。
他にも、ドン・キホーテ創業者の安田隆夫氏がシンガポール移住により相続税を回避しつつ資産管理会社で株式管理を行った例や、幾つかの著名スタートアップ創業者が家族名義の資産管理会社を設立している事例が報道されています。
これら実例に共通するのは、創業者個人ではなく法人を介して株式を保有することで税務上のメリットを最大化している点です。資産管理会社を通じた株式保有は、一見遠回りのように思えても将来の資産防衛と事業承継の円滑化に直結する極めて実践的な手段であるといえます。
日本でビジネスを行う以上、適切に納税を行う必要があるといった点については言うまでもないですが、日本は、諸外国と比較しても相続税が極めて高いといった特殊事情があるため、スタートアップの持続的な発展のために、対策を行うことが重要な環境であるともいえます。
創業者の相続に伴う株価の急激な下落を防ぎ、企業を持続的な存在として適切に次世代に引き継いでいくためには、税務・法務の両面からの戦略的な対策が不可欠となります。理想的には、シンガポール等、相続税のない国にヘッドクオーターを移すといった選択肢も理論上は考えられますが、現実的な選択肢とは言えないケースも多いため、資産管理会社の設立は、日本国内で実行可能な最も有効かつ現実的な相続税対策・資産承継戦略の一つとなります。
ただし、資産管理会社の設立や株式譲渡には、譲渡益課税の発生や、設立・運営に係るコスト、複雑な手続き、そして家族構成に応じたスキームの慎重な検討といった留意点も存在し、更にはM&A等で株式を外部に売却することになり資産管理会社としての役割が終わる場合には、資産管理会社の解散・清算手続が必要となる点にも注意が必要です。
本記事では、スタートアップ創業者の資産管理会社設立に関する一般論を整理しましたが、実際の税務上・法務上の取り扱いは個別の状況やその時点の法令等によって異なり、個別案件の取り扱いを保証するものではありません。資産管理会社の設立や株式譲渡、そして資産承継対策の検討にあたっては、弁護士や税理士等の専門家にご相談の上、ご検いただければ幸いです。弊所グループでは、弁護士・司法書士・税理士がチームを組んでご支援いたしますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
(執筆協力:法律事務所ZeLo弁護士 澤田雄介、松田大輝、荒牧孝洋)