「調停による国際的な紛争解決契約に関する国連条約(シンガポール条約)」クロスボーダー紛争解決の新しいツール
Attorney admitted in Japan, NY
Satoshi Nomura
US Lawyer
Joel Greer
本記事では、英文契約における紛争解決条項の起案について、基本的かつ重要な留意点を解説します。まずは国際的な商取引における調停とはどのようなものなのかとその有効性について説明したうえで、特に国境を越えた紛争が発生した場合、訴訟または仲裁に先立って国際調停に付託すべき旨を規定しておくことの効果について解説します。
In his 20 years of practice, Joel has represented Asian, European, and North American companies in numerous international arbitration or pre-arbitration matters, including under the rules of the International Chamber of Commerce, Japan Commercial Arbitration Association, and London Court of International Arbitration, as well as in international mediation under the rules of the Singapore International Mediation Centre. These matters have concerned disputes arising from licensing agreements, construction contracts, joint venture agreements, and sales and purchase agreements, among others. More recently, Joel has advised on space law and policy matters, as well as geotechnology issues.
大まかに言えば、調停とは、中立的な司会を置いて当事者が交渉を行う過程を指します。調停委員は、両当事者が紛争を友好的に解決できるように支援しますが、紛争の勝ち負けを決定することはしません(この点は、訴訟における裁判官や、仲裁における仲裁委員とは異なります)。むしろ、調停委員の役割は、当事者が和解に向けて円滑に議論できるようにすることです。調停委員は、国や非政府組織が政治紛争を解決するのを支援することもできます。また、個人的紛争や家族関係に係る紛争の解決を支援することもできます(日本の場合、このような調停が裁判所で行われることも少なくありません)。
ここからは、調停のうち、国際的な商取引に起因する紛争に関して会社等が付託する調停に絞って検討することにします(このため、「国際商事調停」という表現を用います)。国際商事調停を利用するためには、会社が調停に関して自発的に合意する必要があります。契約で合意することもあれば、紛争が発生した後に合意することもあります。他の調停と同じように、国際商事調停においても調停委員の立場は中立です。また、調停委員には決定権限もありません(調停者は当事者の主張内容を評価することもありません。ただし、当事者が別途明確に合意した場合はこの限りではありません)。
国境を越えた紛争に関する仲裁や訴訟と比べると、国際商事調停は単純で非公式な手続です。厳格な手続要件がなく、仲裁や訴訟とは異なり、膨大な書類を何度も提出する必要もありません。また、仲裁やコモンローに基づく訴訟では通常、文書開示(ディスカバリー)が行われますが、調停では行われません。しかし、仲裁の場合と同様に、調停の場合にも会社がどの機関に付託するかを自ら決定することが多いです(詳細は後述します)。
国際商事調停を求めて調停機関に付託することに合意した場合、通常は一方当事者が簡易な調停要請を提出します。その後、両当事者は、調停者になろうとする個人を指名し、当該個人と比較的簡単な調停契約を締結します。調停契約では、当事者および調停委員が明記され、調停が秘密の手続であること、調停が「他の権利に影響を与えることなく」行われることが規定されます(「他の権利に影響を与えることなく」とは、紛争の解決に向けてなされる発言は、後の裁判や仲裁において発言者に対して不利な証拠として使用することができないということです)。
さらに、調停契約には、以下のいずれかの事由が発生した場合には調停を終了する旨の文言が記載されます。
(1)両当事者が紛争解決に合意し、和解合意を締結した場合
(2)調停委員が当事者による紛争解決は不可能と判断し、調停を終了させる場合
(3)当事者が調停の申し立てを取り下げ、調停を終了させる場合
(3)の事由からは、国際商事調停が自発的に行われるものであることが分かります。また、当事者が紛争解決に合意して和解契約を締結しない限り、調停が拘束力を持つことはないということも分かります。調停契約には調停手続のスケジュールについても規定しますが、比較的簡単な記載であることが普通です。通常、当事者はそれぞれ約10~20ページの短い基本方針書面(Position Paper)を提出して、調停委員が検討できるようにします。
当事者は、基本方針書面と共に裏付けとなる文書を提供することができますが、一般的に裏付け資料の分量は少なく、前述のとおり文書開示(や証人陳述)もありません。基本方針書面の内容をどのようなものにするかは当事者が決めることですが、当事者としては通常、出来るだけ有利な印象を持ってもらうよう努力することになります。もちろん、基本方針書面は簡潔に書くべきものですから、事件に係る自己の法的主張が正しいと調停者に納得させることまでは意図していません。実際のところ、調停は調停委員の支援を得て行う交渉であるため、基本方針書面の主な目的は、調停期日に相手方と話し合う際に自己の立場が有利になるようにすることです。
調停期日は、当事者の基本方針書面の提出後、あらかじめ定めた日に両当事者と調停委員とが集まって行われます。調停期日は通常、1日だけ設けられます。これは、調停期日では、当事者は、意識を集中させて、和解に至ること、または和解できないとの結論(少なくとも当該期日には和解できないとの結論)に至ることを目指すべきであると考えられているためです。調停委員によって調停期日の進め方やスタイルは異なりますが、大抵の場合、当事者がそれぞれ相手方および調停委員に対して簡潔な冒頭説明を行い、各当事者がそれぞれ別室に分かれるところから始まります。その後、調停委員は、各当事者の間を行き来して、当事者が譲歩する可能性のある事項を特定し、当事者の許可を得て譲歩の意思や合意できる事項を相手方に伝えます。和解に合意できた場合、または調停委員が和解不可能と判断して調停を終了させる場合には、両当事者は調停委員と同じ部屋に集まります。
以上のように、調停期日で解決に至るために最も重要なのは、当事者と調停者の間のやり取りではなく、両当事者の間でのやり取りです。各当事者は原則として調停委員を通じて相手方と連絡をとりつつ、相手方を説得し、要望を受け入れさせ、あるいは相手方が要望を取り下げたり減らしたりするようにして、妥協点で折り合うように努力しています。したがって、各当事者は、交渉の基本方針からどの程度であれば譲歩(譲歩は法的理由によるものでも、商業的理由によるものでも構いません)できるかについて戦略的に検討したうえで調停期日に臨むべきです。自らの請求額やその他の要求をどの程度までならば引き下げてもよいのか、あるいは逆に相手方の要求をどの程度までならば呑むことができるのかといった点も検討しておくべきです。
調停委員は、上記の過程を通じて当事者に提言を行うことができますし、実際に提言を行うことも多いですが、当事者に和解を強制する権限は持っていません。和解するか否かは当事者が決めることです。両当事者が調停期日に和解する場合、期日終了の前に法的拘束力のある和解契約書を作成し、締結することが想定されます。従って、当事者としては、少なくとも和解案を準備して調停期日に臨むことが賢明です。また、会社を代理して和解契約書に署名する適切な権限のある代表者が少なくとも1名、各当事者から出席することが重要です。しかし、当事者は、何らかの理由で和解契約書に署名したくない場合、いつでも調停手続の申立てを取り下げて調停を終了させることができます。
先述のとおり、当事者が国際商事調停を求めることができる機関は複数あります。調停機関は大方が国際仲裁機関であって国際調停ルールを採用しているもの(国際商業会議所や日本商事仲裁協会等)、または既存の仲裁機関と密接な関係を有する独立調停機関(シンガポール国際調停センターやシンガポール国際仲裁センター等)です。これらの機関は、調停委員候補者の名前を当事者に提供することができるという特徴があります。また、平成30年11月に我が国で第2の国際商事調停機関となる「京都国際調停センター」が開設されました。
複数の調査で、国際商事調停のどのような点に会社が価値を見出しているかが明らかになりました。おそらく最も明らかなのは、調停により友好的な和解ができた場合、仲裁や訴訟の場合と比べて、国境を越えた紛争の解決にかかる膨大な時間と費用を抑えることができ、相手方との取引関係も維持しうるということでしょう。また、調停には、柔軟性のある解決策です。つまり、紛争案件に関して、法的観点のみならず、商業上の懸念点をも考慮して、当事者のニーズに応える解決策を形成する能力があるということです。秘密保持という点も、会社が価値を見出す特徴です。さらに、調停は、仲裁や訴訟と比較して、低コストかつ低リスクの手続です。
とはいえ、会社としては、調停がマイナスに作用し得ることも認めています。調停を経て和解合意に至らなかった場合には費用と時間が無駄になります。また、調停には「他の権利に影響を与えることなく」行われるという要件があるとはいえ、相手方に弱点を明かしてしまうリスクもあります(有能な代理人弁護士であれば、このようなリスクを軽減できますし、また軽減すべきです)。
もちろん読者の皆様は、調停が有効に機能するのかということに興味をお持ちだと思います。英米の調停委員が行った最近の調査によれば、国際商事調停の大多数(約89%)において、調停期日または期日後すぐに紛争を解決することができたとされています。しかし、このような高い数字が正しいかどうかを検証する方法はありません。筆者の経験から言えば、紛争が調停に付託されたとしても、案件が複雑な場合、和解に至る確率はそれほど高くありません。
ただ、調停の各当事者が「成功」の意味について異なる見方を持っている可能性はあります。例えば、紛争の申立人は、速やかな解決を強く希望する(また、時間のかかる仲裁や訴訟を避ける)のに対し、被申立人はそれほど熱心ではないということはありえます。このような状況では、調停で和解合意に至らなくとも、被申立人は特に失望しないかもしれません。被申立人としては、申立人がある程度まで時間と資金とを仲裁や訴訟に費やした段階に至れば、駆け引き上より有利になると計算する場合があるためです。
念のため申し上げますが、国際商事調停に付託したとしても、紛争が迅速かつ効率的に解決されるとは限りません。各当事者は、あらかじめ自らの立場および利害を評価し、訴訟や仲裁の追行と比較しつつ、どのような和解なら受け入れられるのかを決定して調停に臨むことになりますが、(i)国際商事調停に同意する意思を両当事者がもっており、(ii)和解について当事者間に少なくとも共通認識がある場合は、調停や訴訟によらずに調停で紛争を解決できる可能性がでてきます。
契約の紛争解決条項について交渉し、当該条項を起案する際、当事者としては「段階的」条項を盛り込むか否かを検討する場合があります。段階的条項というのは、まず調停に付託する旨を規定しておき、調停で解決できなかった場合に国際仲裁または国際訴訟に移行するというものです。
段階的条項の実例
The parties [may / shall] endeavor to resolve any dispute arising out of or in connection with this Agreement or the breach, termination, or validity thereof, by mediation under [the rules of the designated mediation institution]. Any dispute arising out of or in connection with this Agreement or the breach, termination, or validity thereof, which remains unresolved [60 / 90] days after either party gives notice of the existence of such dispute, shall be referred to and finally resolved by arbitration under [the rules of the designated arbitral institution]. The seat of arbitration shall be [designated seat]. The language to be used in the arbitral proceedings shall be [designated language].
(和訳)
両当事者は、本契約または本契約に係る違反、終了もしくは有効性に起因・関連する紛争については、[指定調停機関の規則]に基づく調停によって当該紛争の解決に努める[ことができる/ものとする]。本契約または本契約に係る違反、終了もしくは有効性に起因・関連する紛争は、いずれかの当事者が当該紛争の存在に関して通知した後[60/90]日間解決されない場合、[指定仲裁機関の規則]に基づく仲裁に付託し、最終的に解決するものとする。当該仲裁の仲裁地は[指定仲裁地]とする。なお、使用言語は、[指定言語]とする。
段階的条項を盛り込む場合、調停による解決を試みる期間を明記しておくことが重要です。期間を定めても、後の状況に応じて期間変更が合意されることもありますが、期間を明記していない場合、一方当事者が仲裁または訴訟を回避するために調停手続を不当に長引かせようとする可能性がでてきます。
調停条項に「できる(may)」という文言を使用して調停を選択的なものとするか、または「ものとする(shall)」という文言を使用して義務的なものとするかを検討しておくことも重要です。後者の文言を使用した場合、当事者は仲裁または訴訟に先立ってまず調停を行わなければなりません。取引の初期段階で契約内容について交渉をしているにすぎないときに、紛争が発生した場合にはまず調停に付託するのが適切であると既に考えている会社もあります。しかし、通常、そういう会社はあまりありません。むしろ、会社が戦略的に考えておくべき問題は、契約締結後に紛争が生じた場合に自社が調停を望むかどうかを契約書起案の時点でいかに判断するかということです。
「判断しようがない」というのが答えでしょう。紛争が実際に生じてからでなければ、自社の立場や相手方の立場、和解の可能性・適切性、および調停が適切か否かを判断するための他の要因を評価できません。従って、紛争解決条項に調停への付託を盛り込む場合には、「できる(may)」という文言を用いて調停を任意的なものとすることが一般的です。任意的調停を規定しておけば、当事者は、後に紛争が生じた時点で調停という選択肢を思い出せる一方、調停を行うという約束に前もって拘束されることにはなりません。
あるいは、紛争解決条項において仲裁または訴訟を規定し、調停に関する文言は含めないという手もあります。この場合、当事者は、調停が適切かどうかを紛争が発生してから検討することができます。したがって、調停を行うことが適当であると考えるのであれば、仲裁または訴訟に進む前に調停による紛争解決を相手方と共に探ることができます。つまり、調停を行うためには、契約の紛争解決条項に調停に関する文言を盛り込む必要はなく、すべての当事者が同意すれば、契約締結後に調停を選択することも可能なのです。
契約の紛争解決条項が「調停に付託すべき旨」を明確に規定しているにもかかわらず、後になって一方の当事者が調停を回避して仲裁または訴訟に直接進もうとした場合、コモンローの裁判所においては、紛争解決条項の明示的な規定に従って、まず調停に付託すべきであるとの判断がなされる可能性が高いです。
英国の事例を紹介します。Ohpen Operations UK Ltd. v. Invesco Fund Managers Ltd.という裁判例では、問題となった契約書において、当事者は訴訟を起こす前に、ロンドンの調停機関の規則に従って義務的に調停に付託すべき旨が規定されていました。しかし、当事者が調停を試みずに裁判手続を開始しました。裁判所はこれを却下し、契約の紛争解決条項の文言が「十分に明確で、執行可能であることは明らかである」と結論づけ、当事者が調停を行うことができるよう裁判手続を停止しました。
米国の裁判例(Tattoo Art, Inc. v. TAT International, LLC, et al)では、問題となった契約書において、紛争が生じた場合には、当事者は調停を要請する権利を有し、相手方がこの要請を拒絶したとき、または調停によっても和解に至らなかったときにのみ、訴訟を開始することができるとされていました。しかし、当事者の一方が調停の要請さえすることなく訴訟を提起しました。裁判所は、「調停条項は平易な文言で書かれており、当事者の一方が調停を要請して拒絶された場合、または調停を開始して和解に至らなかった場合でなければ、本契約当事者が当裁判所の管轄に服さないことは当該調停条項から明らかである」と判断し、訴えを却下しました。類似の事例として米国のGolden State Foods Corp. v. Columbia/Okura LLCという裁判例があります。契約書では、いかなる紛争についても調停に付託してからでなければ仲裁手続に移れないと規定されていました。当事者の一方が、調停および仲裁を回避しようとして米国の裁判所に訴訟を提起したところ、裁判所は訴えを却下して、「(当事者が合意した)文言はこの上もなく明確である。すなわち、調停は仲裁の前提条件とされており、仲裁は、当事者が別段の合意しない限り、紛争を判断する唯一の場とされている。」と述べました。
国際商事調停は、どのような紛争にも適しているとはいえないかもしれませんが、国境を越えた取引に関与する会社が念頭に置いておくべき選択肢ではあります。やはり、紛争になった場合、調停は、ほとんどのケースにおいて、時間とコストの点で仲裁や訴訟より優れているためです(また、通常、当事者の満足度も高いです)。ただ、契約の紛争解決条項では、仲裁や訴訟に先立って必ず調停に付する旨の合意をすることには注意すべきです。上で指摘したように、慎重な対応としては、紛争解決条項において、調停を任意の選択肢として規定するか、あるいは調停には言及せずに紛争が生じたときに調停の可能性と適合性を評価する方法があります。紛争解決条項において義務的調停という法的拘束を受け入れた場合、後に何らかの理由で調停を回避して直接的に仲裁または訴訟に進みたいと考えたときであっても、特段の事情が無い限り、調停を余儀なくされると思われます。
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