国際仲裁や国際調停に関する法制(改正仲裁法・調停国連条約実施法)の見直し内容を弁護士が解説
Attorney admitted in Japan, NY
Satoshi Nomura
US Lawyer
Joel Greer
Attorney admitted in Japan
Masaki Fujie
Attorney admitted in Japan
Yutaka Ichikawa
国際的な商事調停は、コストと時間を要する訴訟や仲裁を利用せずに、中立的なファシリテーター(調停人)を介在させることで、当事者間の紛争を友好的に解決することを促進する制度です。今後は、「調停による国際的な紛争解決契約に関する国連条約(シンガポール条約)」という和解契約書の執行のための選択肢を利用することで、当事者は、和解契約書の執行を行うことができるようにもなります。以下では、シンガポール条約の内容の詳細についてお話ししたいと思います。
Graduated from the University of Tokyo Faculty of Law in 1997 and registered as a lawyer (Japan) in 2000 (member of the Tokyo Bar Association). After working at Nagashima Ohno & Tsunematsu, Porter, Wright, Morris & Arthur (U.S.), and Clifford Chance LLP, he joined ZeLo Foreign Law Joint Enterprise in 2020. His practice focuses on general corporate, investment, start-up support, finance, real estate, financial and other regulatory matters. In addition to domestic cases, he also handles many overseas cases and English-language contracts. He is also an expert in FinTech, having authored the article "Fintech legislation in recent years" in the Butterworths Journal of International Banking and Financial Law. His other major publications include "Japan in Space - National Architecture, Policy, Legislation and Business in the 21st Century" (Eleven International Publishing, 2021). Publishing, 2021).
In his 20 years of practice, Joel has represented Asian, European, and North American companies in numerous international arbitration or pre-arbitration matters, including under the rules of the International Chamber of Commerce, Japan Commercial Arbitration Association, and London Court of International Arbitration, as well as in international mediation under the rules of the Singapore International Mediation Centre. These matters have concerned disputes arising from licensing agreements, construction contracts, joint venture agreements, and sales and purchase agreements, among others. More recently, Joel has advised on space law and policy matters, as well as geotechnology issues.
英文契約における紛争解決条項—国際商事調停について でふれましたが、国際的な商事調停は、コストと時間を要する訴訟や仲裁を利用せずに、中立的なファシリテーター(調停人)を介在させることで、当事者間の紛争を友好的に解決することを促進する制度です。調停人は、裁判の判事や仲裁の仲裁人のように紛争の勝ち負けを判断するのではなく、当事者間の紛争を和解の話し合いによって解決するよう促します。国際的な商事調停は、任意の手続きであり、当事者間で紛争解決の和解契約書に調印しなければ拘束力をもちません。
もし、当事者間で紛争解決の和解契約書を調印した後で、一方の当事者の気が変わり、和解契約書に従わなかった場合にはどうなるでしょうか?相手方当事者は、調印された和解契約書を執行することができるでしょうか?
もちろん、当事者は和解契約書を遵守するつもりがないならば、調印しないようアドバイスされます。しかし、仮に和解契約書が反故にされるようなことがあれば、相手方は、裁判や仲裁を通して和解契約書違反を主張することになる、というのが現在の回答です。コストや時間の問題もさることながら、裁判や仲裁では、調停で深掘りを避けようとしていた、紛争の核心的な論点を検証することになりえます。
しかし、今後は、「 調停による国際的な紛争解決契約に関する国連条約(シンガポール条約) 」という和解契約書の執行のための選択肢を利用することで、当事者は、和解契約書の執行を行うことができるようにもなります。以下では、シンガポール条約の内容の詳細についてお話ししたいと思います。
シンガポール条約とは、条約の署名国の「権限ある当局」(通常は裁判所)が、国際的な商事調停の結果である和解内容を認識し、執行するための枠組みを提供する国際条約です。仲裁に関する「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約)(参照: 英文契約の紛争解決条項 ーニューヨーク条約に基づく外国仲裁判断の執行ー )と同様、シンガポール条約は国際調停での和解契約書の執行を促進することで、クロスボーダーの商事活動を下支えすることを目的としています。
具体的には、調停に関するシンガポール条約は、国際商事紛争の解決のために行われた調停の結果として、「書面」で締結された和解契約書に適用されます。「商事」という言葉は広い意味で用いられていて、個人・家族・家庭などのために行われた消費者取引や家族法・相続法・雇用法に関する紛争のみが、この条約の適用範囲から外れます。また、裁判所の判決や仲裁判断として執行可能な和解契約書も、この条約の対象から除外されます。
また、同条約での「国際」とは、①和解契約書の複数の当事者が異なる国に事業所を有している場合や、②当事者の事業拠点のある国と、和解契約書に基づく義務の主要部分が履行される国や和解契約書の対象たる事項と最も関係が深い国とが異なる場合、のいずれかに該当する紛争を意味します。
シンガポール条約(下記参照)を批准して加盟した国は、国際調停による和解契約書を、国内の手続法や、条約所定の条件に従って執行する義務を負います。この条約は自動的に適用され、和解契約書の当事者が適用を申請等する必要はありません。ただし、条約には留保条項があり、締結国は批准に際して、和解契約書の当事者が合意した場合に限り条約を適用することも、選択できるようになっています。
和解契約書自体についての要件として、契約書に全当事者が署名し、調停人の署名、調停を行った調停人または調停機関の声明その他の証拠によって、それが調停の結果であることを示することが、シンガポール条約で求められています。さらに、調停結果たる和解契約書の執行可能性を審査する当局からは、必要に応じて契約書の翻訳を求められることがあり、また、条約の遵守を確認するために必要な文書を要求されることがあります。
シンガポール条約では、調停による和解契約書の執行を拒否できる事由を限定していることが重要な点です。その事由とは、以下のようなものが挙げられています。
上記の事由に基づいて和解契約書が執行されるべきでないと主張する当事者は、立証責任を負います。
また、この条約では、合意内容が執行を求める国の公序良俗に反すると当局が判断した場合や、紛争の対象がその国の法律では調停では解決できないと判断した場合、調停による和解の執行を拒否できることを規定しています。
結論として、シンガポール条約は、調停を推奨促進する姿勢をとっており、当事者は、執行が拒否されうる限定的な事由のいずれかが適用されることを証明できない限り、国際調停による和解契約書の執行を回避することが難しくなるように設計されています。
シンガポール条約は、2018年12月に国連総会で採択され、2019年8月7日にシンガポールで行われた式典で署名が開始されました。その当日、米国・中国・インドなどを含む46か国が条約に署名しました。その後、2022年2月初めまでに55カ国が条約の署名国となっています。日本はまだ加盟しておらず、条約に照らして国内法を改正する必要があるかを検討していると報じられています。
※2023年10月4日追記
2023年10月1日に日本はシンガポール条約への加入手続をとりました。日本は12番目の締結国で、効力発生日は2024年4月1日です。
シンガポール条約では、署名国に対して、条約を自国で発効させるために国内法を制定して、条約を批准することを義務付けています。シンガポール・フィジー・カタールは2020年3月に批准し、条約は、その規定に従って、これら3か国では、批准の6か月後に発効しました。それ以降に、さらに6か国が条約を批准し、このうち3か国では条約が発効済みで、残りの3か国では2022年6月末までに発効する予定です。シンガポール条約に署名し、批准した国のリストは、こちらのページを参照ください。
これまで、同条約は9か国でしか批准されていないため、それが適用される場面はまだ限定的です(2022年2月現在)。このような状況で、かつまだ日本がシンガポール条約に未署名でも、日本の当事者が関与する国際調停による和解契約書についても、どこで合意されたかを問わず、条約が発効した批准国において強制執行が可能となっています。
執行手続の目的は、和解契約書が遵守されることを確保することにあり、たとえば、金銭の支払いに合意した当事者に、その支払いを強制することです。したがって、実務上の問題として、執行は、和解金の支払いを可能とする当事者の資産がある国で行われるのが一般的です。より多くの国が条約を批准すれば、その適用範囲は拡大します。
これには時間を要します。シンガポール条約はまだ比較的新しく、ニューヨーク条約が今日のように仲裁判断を執行する上での効果的なツールになるまでは、何年もかかりました。これについて、シンガポール国際調停センターの現理事長であるジョージ・リム氏は、「もし、紛争を効率的かつ効果的に解決する手段と調停に信頼をおくのであれば、シンガポール条約に直ちに署名し、批准しない理由はないでしょう。仲裁に関するニューヨーク条約は160か国以上が加盟しています。これらの国々すべてが、国際調停による和解契約書に同様の執行メカニズムを適用するとすれば、世界の貿易と投資は促進されるでしょう」とInternational Mediation Institute ウェブサイトでコメントしています。
本記事は原文記事である“ The Singapore Convention on Mediation: A New Tool to Enhance Cross-Border Dispute Resolution ”の翻訳であり、記事および解釈はすべて原文が優先いたします。
本記事の情報は、法的助言を構成するものではなく、そのような助言をする意図もないものであって、一般的な情報提供のみを目的とするものです。読者におかれましては、特定の法的事項に関して助言を得たい場合、弁護士にご連絡をお願い申し上げます。