フリーランス法の要点と実務対応策

Attorney admitted in Japan
Toyohiro Fujita

2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス法)に関して、公正取引委員会は2025年6月17日、大手出版会社2社に対し、同法違反として勧告を行いました。今回の勧告は、フリーランス法が昨年11月に施行して以降全国で初めての勧告事案であり、フリーランスに対する取引条件の不明確さや報酬支払の問題がいまだに残る業界慣行に当局が切り込む基準を示す重要な事案といえます。本記事では、今回の公正取引委員会による勧告事案の経緯、それに基づき求められる対応、そして今回の事案を踏まえて各企業はフリーランス法に基づきどのような対応を行うべきかに焦点を当てて解説します。
2007年東京大学法科大学院修了、2009年森・濱田松本法律事務所入所、2011年国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会勤務(出向)、2013年International Labour Organization駐日事務所勤務 (非常勤)(インターン)、2015年Stanford Law School LL.M. 、2015年World Resources Institute、2016年株式会社三菱総合研究所入社、2021年法律事務所ZeLo参画。これまで、人事労務分野を中心とする企業法務全般、環境エネルギー・サステナビリティ分野や先端的な科学技術分野を中心とする法政策上の課題分析調査、パブリックアフェアーズ等に従事。
目次
公正取引委員会は、大手出版会社2社(それぞれ約2,000人・約4,000人のフリーランスと取引)に対し、フリーランス法に基づく勧告処分(事業者名の公表)を行いました[1]。これは、同法の施行後初めての勧告事案であり、フリーランスとの取引における法令遵守の重要性を強く印象づけるものです。
「勧告」とは、行政機関が法令違反またはそのおそれがある事業者に対して自主的な是正を促す目的で発出する行政処分の一種です。法的強制力(罰則)はないものの、従わなかった場合には命令や制裁手続に進むこととなるため、実質的には是正の最終警告として強い意味合いを持ちます。
また、フリーランス法では、勧告と同時に企業名や違反内容が公表されるため、社会的信用や取引先からの信頼・レピュテーションに大きな影響を及ぼす措置でもあります。
今回の事案は、まさにこの勧告と公表が適用された初の事案であり、当該企業にとっては、違法行為の是正に加えて取引慣行の見直しとガバナンス対応が強く求められる契機であり、他の企業においても、実際のフリーランス法の遵守に向けての一つの契機とすべき事象といえます。
本件は、2024年に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)に基づく初の勧告事例です。同法は、フリーランスに対し、公正な取引条件と良好な就業環境を保障することを目的としており、本件との関係で問題となる発注者に課される義務は以下のとおりです。
公正取引委員会は、上記の違反内容を踏まえて、両社に対し、以下の内容の措置を行うよう勧告を行いました。
1から3の内容が法令遵守の体制の確立のために必要な対応とされています。
フリーランス法の規定としては、取引条件の明示義務や報酬の支払期限に違反した場合には、必要な措置をとるべきことを勧告できる旨が定められているのみですが、今回の勧告により、勧告の内容たる措置の具体的な先例ができたこととなります。その措置は、取締役会主導での対応と周知のほか、取引先への通知などを含めた措置とされています。
今回の勧告事案は、フリーランス法施行後初めて違反事業者名が公表された事案であり、取引慣行の是正を促す重要な契機といえます。対象となった大手出版会社2社に限らず、フリーランスとの取引を行うすべての企業にとって、従来の実務慣行をそのまま継続しているだけではフリーランス法に適切に対応しているとはいえず、企業コンプライアンスの観点からも、改めて見直しが求められます。具体的に実務上対応すべき点としては、以下をご参照ください。
発注内容や報酬、支払期日等の取引条件が、契約条項としてではなく、口頭やSNS等の文面でのみ伝達されていたことが、本件では問題視されています。発注者には、契約締結時点で、取引条件を網羅的に記載した契約書等を交付することが義務付けられており、業務委託の際に用いる契約書等のテンプレートの整備導入が不可欠です。
報酬支払日を雑誌の刊行日等を基準とする業界慣行は、納品日から60日以内の支払を義務づける法令と乖離していました。企業は、契約書や発注書等において報酬支払期日を明示するとともに、60日ルールを確実に遵守できるよう、内部の支払管理フローを見直す必要があります。
法施行後にフリーランス法に関する社内研修が実施されていても、現場では従来の慣例的な運用が踏襲されていたケースも見受けられていました。研修を受講したことをゴールとするのではなく、取引の具体的な場面において実際に運用できるよう、具体的なフローチャートやQ&A集の作成、発注前チェックリストの導入など、実務に即した仕組みづくりが求められます。
フリーランスとの取引への対応が複数部門にまたがる場合、対応のばらつきが法令遵守の見地から十分な対応ができない問題となり得ます。企業としては、管理部門が主導して統一的な社内ルール・マニュアルを整備するとともに、発注内容のレビューや支払期日の一元管理などを通じたモニタリング体制を構築していくことなど、全社的な対応を行っていくことが適切です。
契約書や発注内容の形式が部門・担当者によって異なる場合、管理上のリスクが増大します。業務委託契約書の雛形を統一し、契約締結日・納品日・支払日といった重要な取引記録を一元管理できる体制を整えることで、コンプライアンスと業務効率の両立を図る必要があります。
今回の勧告は、フリーランス法がその業界に強く残る慣行について変革を求めるものであることを示すものであり、条件提示の曖昧さや、報酬支払まで長期間を要するといった慣行がそのまま違法と認定されていることの意義は大きいといえます。企業としては、改めてフリーランスとの取引に内在的に存在する課題を認識し、以下の観点から実効性ある対応を進めていくことが求められるでしょう。
フリーランスは、個人や一人法人として取引に従事するため、発注者に対し取引上、より弱い立場に置かれやすく、契約書の締結や条件の明示などを業務開始までに厳密に求め得ない状況に追い込まれがちであり、構造的な状況に基づき、法的義務が十分に果たされていなかった実態が浮き彫りになったといえます。このような構造的な格差を踏まえ、契約条件の明示や締結手続を取引初期段階で確実に行うなど、実務上の対応を見直すことが求められます。
フリーランス法施行前の調査では、発注者の54.5%、フリーランスの76.3%が法制度の内容を「よく知らない」と回答しており、制度の理解が現場まで十分に浸透していない現状が明らかになっています[2]。また、社内研修等を実施していたものの、実務担当者の理解や行動に結びついていなかったことが、勧告では取り上げられています。今後は社内研修等の実施にとどまらず、理解度の確認を図るなど、現場レベルでの制度浸透を意識した運用が求められます。
公正取引委員会は、今回の勧告と併せて業界団体に対する制度周知の要請も行っており、今後はフリーランス取引が多い業種に対して、重点的な監視や調査が続けられる可能性があります。企業としては、単に形式的な対応にとどまらず、制度の趣旨を理解したうえで、取引の実態を見直し、社内体制を早急に整備する責任があります。
今回の勧告は、業界における慣例的な取引の在り方が、法令との乖離を生むリスクを明確に示したものであるといえます。フリーランスの明確な要請を拒否したような明白な法令違反に限らず、一見平穏に見えるやり取りの中にも、潜在的な法令違反が含まれている可能性があります。したがって、トラブルが顕在化する前から、事前にコンプライアンスに配慮した丁寧な対応が求められます。取引相手がフリーランス法の対象となる場面はもちろん、それに限らず、取引相手方の立場や交渉力の違いに配慮しつつ、制度の趣旨を正しく踏まえたうえで公正かつ透明な実務運用を徹底することが、広義の企業のコンプライアンスの観点から求められてくるところでしょう。
今後の当局の動向も見据えつつ、社内体制の整備と担当者の意識改革を一体的に進めることが、企業の持続可能な成長と信頼確保につながると考えられます。
法律事務所ZeLoでは、人事労務領域に精通した弁護士および社会保険労務士が在籍しており、企業におけるフリーランスとの適正な取引実務の構築を、チーム体制で支援しています。弁護士・社労士が連携して対応する労務顧問サービスにおいては、フリーランス法への実務対応を含め、契約書の整備、取引条件の明示に関する体制構築、報酬支払ルールの見直し、ガイドラインの策定など、法令遵守と実務運用の両面から、企業の皆さまに対し迅速かつ実効的な支援を提供いたします。
フリーランス法の概要や実務上の対応に関しては、以下の記事においても詳細に解説しておりますので、併せてご参照ください。
出典:
[1]公正取引委員会「株式会社小学館に対する勧告について」(令和7年6月17日)
公正取引委員会「株式会社光文社に対する勧告について」(令和7年6月17日)
[2]公正取引委員会・厚生労働省「フリーランス取引の状況についての実態調査(法施行前の状況調査)結果 概要」(令和6年10月18日)