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新型コロナウイルス(COVID-19)とコモンローにおける「履行不能」への対応

新型コロナウイルス(COVID-19)とコモンローにおける「履行不能」への対応
DISPUTE-RESOLUTION
PROFILE
ジョエル グリアー

外国法事務弁護士(原資格国:米国コロンビア特別区)

ジョエル グリアー

2000年イェール・ロー・スクール卒業(J.D.)。2001年米国マサチューセッツ州弁護士登録。2007年外国法事務弁護士登録。2019年9月、法律事務所ZeLo・外国法共同事業に参画。主な取扱分野はジェネラル・コーポレート、訴訟・紛争対応、宇宙法など。The Legal 500、Chambers Asia Pacific、Chambers Globalと多くの受賞歴があり、執筆も数多く手掛けている。

英文契約書と不可抗力条項に関する以前の記事では不可抗力条項について検討しました。その際、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界の至る所で事業活動を広範にわたり中断に追い込んでいる事態を考察しました。また、例外的で予見不可能な事由があるために、当事者がこれを制御できず、義務を履行できない場合、契約書に不可抗力条項があるときは、当該当事者は当該条項を援用し、義務の履行を一時的に停止することができることがあります。ただ、コモンローにおいては「不可抗力の原則」といったものがなく、義務の履行を一時的に停止できるためには、契約書に不可抗力条項を定め、一定の条件を明示しておく必要がある、というのがアメリカやイギリスその他のコモンロー圏の法律を準拠法とする場合の実務です。

それでは、コモンロー準拠の契約書に不可抗力条項が無い場合に、契約締結時には予見できなかった例外的な事由により一方当事者が義務を履行できなくなったとき、法律関係はどうなるのでしょうか。このような状況になっても、当該一方当事者としては、コモンローの原則たる不可能性(impossibility)、実行不能性(impracticability)、及び履行不能(frustration)を援用できる場合があります。

不可能性、実行不能性、及び履行不能の原則

不可能性の原則、実行不能性の原則、及び履行不能の原則は、例外的で予見不可能な事由が発生した場合、それが契約当事者の責めに帰することができないときは、一方当事者の債務不履行が許容されることがあるとする点では共通しています。「不可能性」、「実行不能性」、「履行不能」という用語の使い方についてはイギリス法とアメリカ法(正確には各州法)とでいくぶん異なりますが、この三原則を要約すれば次のようになります。

アメリカでは、ほぼいずれの州においても不可能性の原則が認められています。しかし、通常、同原則の適用には非常に慎重な姿勢が取られています。ここでニューヨークのある裁判例を引用します。

不可能性の原則により義務の履行を免れるのは、契約の目的物が破壊され、又は債務の履行の手段が破壊されたことにより履行が客観的に不可能になった場合に限られる。これに加えて、不可能性は予見不可能な事由に起因するものでなければならず、当該事由が予見不能又は契約書において対応策を講じえなかったといえなければならない[1]

不可能性をこのように狭く解した場合、問題となる事由が予見可能であり、それゆえ当該事由が発生した場合(市場や金融情勢の変化等)のリスク分担をあらかじめ定めておくことができたときは、当事者は不可能性の原則を援用して義務の履行を免れることができません。また、上記のとおり、履行が「客観的に不可能」であるといえる場合でなければなりません。そのような場合とは、通常、当事者が死亡し、又は履行する能力を喪失した場合、あるいは契約上履行に必須の要素が破壊された場合です。予見不可能な政府の行動により履行が不可能になることもあります(当該履行が違法なものとされた場合等)。裁判所又は仲裁廷は、不可能性の原則が申し立てられた場合、問題となる事由により履行が真に不可能になったのか否かを検討します。その際、当該事由に係るあらゆる関連事実(当事者の履行能力に対する影響等)や契約条件を精査します。

アメリカでは、カリフォルニア州等の一部の州において、不可能性の原則を広く解釈しています。予見不可能な事由であって、当事者による債務の履行を「実行不能」にするものを含むと解釈するのです。実行不能性は、不可能性よりも緩やかな基準です。つまり、当事者としては、問題となる事由により履行が「客観的に不可能」になったことまでを示す必要はなく、むしろ履行費用が不当又は過剰なものとなることを示せば足りると考えます。しかし、市場や金融情勢が変化した場合、それが予期せぬものであったとしても、なお合理的に見て予見可能であり、単に履行費用が増加し、又は履行が当初より困難になったにすぎないときは、実行不能性の申立をする根拠とはなりません。ここでも、裁判所又は仲裁廷により履行が実行不能と判断されるか否かは、あらゆる関連事実と契約条件にかかってくるのです。

また、アメリカでは、ほとんどの州法で、予見不可能な事由が発生した場合について、契約目的に係る履行不能の原則が認められています。履行不能の原則は、通常、履行が客観的に不可能であることまでを求めるものではありません。しかし、同原則が適用される場面は限定されており、一定の事由により履行費用が増加し、又は履行が当初より困難になったとしても、同原則は適用されません。ニューヨークの裁判例によれば、当事者が同原則を援用するためには、「履行不能となった目的があらゆる点で契約の基礎となっているために、当該目的が無ければ取引がほとんど意味をなさないと当事者が考えていたという場合でなければならない[2]。」とされています。英国法でも同様に履行不能の原則が認められています。

契約の履行不能とは、ある事由(当事者の責めに起因するものでなく、当該事由について十分な契約条項が定められているわけでもない。)の突発により、未行使の権利の性質又は未了の義務の性質が大幅に変容し、契約締結時に当事者が合理的に想定していたところと乖離するに至ったために、当事者を契約条項の文言どおりに拘束することが新たな状況の下においては正義に悖るといえる場合をいう[3]

アメリカ法と同様に、イギリス法においても、裁判所又は仲裁廷は、履行不能の原則の申立を審理する際、あらゆる関連事実及び契約条件を検討しています(契約目的に関する当事者意思の認定をも行っているという点は重要です)。

要約すれば、コモンロー圏の法律を準拠法とする契約を検討する場合、裁判所及び仲裁廷は、伝統的に、予見不可能な事由その他の事実の性質及び関連する契約文言を考慮しつつ、不可能性の原則、実行不能性の原則、及び履行不能の原則を狭く解しているということです。裁判所や仲裁廷はこのように厳格な立場を採っていますが、このことは、上記の諸原則を適用する場合、契約に明示のない事由は何なのかを認定する必要があるという事実と無関係ではありません(以前検討したように、コモンローを準拠法とする契約書では、当事者は契約関係に係る条件を自由に合意できます。その背景には、裁判所や仲裁廷は当該条件を執行するのであって、当事者の意図や合意内容の解釈に当たって契約書以外のものを検討することは通常は行わないという考えがあります。)。また、不可能性、実行不能性又は履行不能により当事者が履行を行うことができないとの判決がなされた場合、救済措置として、当事者は契約上もとめられる履行をそれ以上行わなくてよいことになります。ただ、あくまで例外的な措置であり、裁判所や仲裁廷としてはこのような救済措置をとることには慎重です。

したがって、当事者としては、不可能性、実行不能性又は履行不能の各原則を援用しようと考えているのであれば、法律顧問に相談しておくのが良いでしょう。実際にはこれら各原則を援用できないケースで、契約違反となってしまう事態を回避するためです。

COVID-19及び 不可能性、実行不能性又は履行不能の各原則

当事者が契約を締結した後にCOVID-19パンデミックが発生した場合、裁判所や仲裁廷は当該パンデミックが予見不可能であったとの主張を受け入れる可能性が高いでしょう。しかし、上記のとおり、COVID-19の影響を受けて不可能性の原則や、実行不能性の原則、履行不能の原則が適用されることとなるか否かは、あらゆる関連事実及び契約条件にかかっています。

例えば、過去にコロナウイルス感染症が発生した際のケースでは、香港でアパートを借りていた賃借人が賃貸借契約に関して履行不能になったと主張しました。政府の保健当局が当該アパートから避難するよう指示し、隔離態勢を命じたためです。2003年のサーズ(SARS)パンデミックの時でした[4]。しかし、裁判所は、隔離態勢が命じられたのは10日間に過ぎず、賃貸借契約の期間は2年間であったため、当該契約が履行不能であったということはできない、との判決を下しました。

この判決では、履行不能の原則や不可能性の原則、実行不能性の原則が予見不可能な事由に適用されるか否か検討する際に、個別具体的な事実が重要になってくるということが分かります。COVID-19の発生を受けて、各国政府は社会活動やビジネス活動(契約上の義務履行等の商事活動を含みます。)に規制を課しています。このような状況に対して履行不能の原則や不可能性の原則、実行不能性の原則が適用されるか否かを検討する際、裁判所や仲裁廷は、おそらく、規制の性質、期間、及び当該規制と契約上の債務履行が不能になったという主張との関係が考慮されるでしょう。

別のアメリカの事例では、大規模な鶏卵生産者が、生産設備を新設するべく、ある業者との間で、当該新設備に対して産業用の鶏卵乾燥機を提供及び設置する契約を締結しました[5]。しかし、鳥インフルエンザ(2015年にアメリカで発生した家禽の伝染病)のため、鶏卵生産者は鶏を大量に殺処分に付すことを余儀なくされました。その結果、計画していた設備の新設も諦め、上記業者に対して産業用の鶏卵乾燥機の設置は不要になったと伝えました。これが紛争となり、法廷で争うこととなりました。鶏卵生産者は、契約書の不可抗力条項及び契約目的の履行不能の原則を根拠に履行を免れることができると主張しました。一種の弁論準備手続(pre-trial)において、裁判所は、鳥インフルエンザの発生は契約書が定義する不可抗力事由に該当しないとして、契約書の不可抗力条項を根拠とした主張を退けました。

契約目的の履行不能の原則を根拠にした主張については、各当事者から契約の主目的に関して異なる説明がなされました。鶏卵生産者は、特定のスケジュールに基づいて自らが特定のビジネスパートナーと新たな関係を構築できるようにすることが契約の主目的であると主張しました。これに対し、相手方の業者は、契約目的は鶏卵生産者の一般的な拡大計画のために鶏卵乾燥機を提供及び設置することであり、当該乾燥機は鶏卵生産者の他施設に設置することもできると主張しました。裁判所は、契約書の文言及び当事者の申立のみに基づいて検討しても、契約の主目的を確定できず、「「履行不能」か否かを決するには詳細な事実認定を行う必要がある」ため、この点に係る判断は口頭弁論を経る必要がある、と論じました[6]。結局、口頭弁論を経て、裁判所は鶏卵生産者の履行不能に関する主張を退けました。本ケースからは、履行不能の原則を主張する際の負担が大きくなるのが通常であることが分かりますし、また、個々の具体的な事実関係が履行不能の原則等に係る適用の可否を決する際に重要になってくることも読み取れます。

実務で気を付けるべき点

契約当事者として、COVID-19の影響に対して履行不能の原則、不可能性の原則、又は実行不能性の原則が適用されるかもしれない状況に置かれているのであれば、契約書を見直して準拠法を確認するべきです。上記のとおり、準拠法によってこれら諸原則のどれが適用になるのか、また、どの程度まで適用されうるのかが変わってきます。関連状況(COVID-19に関する文書等のやり取りや、COVID-19が契約上の義務履行に与えた影響等)に関する文書を作成し、保管しておくことも大事です。このような文書を作成しておけば、上記諸原則の援用について、その裏付けとしたり、あるいは反論材料とできますし、紛争になった場合には証拠として提出することもできます。

新たに契約書を起案する際、前文(英文契約における前文の意義と記載方法についてはこちらの記事をご参照ください。)に契約目的を記載したいと考える場合もあるでしょう。そのような記載があれば、当事者としては契約目的が履行不能になったか否かを判断しやすくなります。これは裁判所や仲裁廷の判断が必要な場合も同様です。

まとめの考察

以上論じてきたとおり、契約書がアメリカやイギリスその他のコモンロー圏の法律を準拠法とする場合、履行不能の原則や不可能性の原則、実行不能性の原則が適用できるかどうかは、関連事実と契約条件にかかっています。裁判所や仲裁廷はこれら諸原則を狭く解していますので、COVID-19パンデミックの影響で同原則が適用されやすくなりうるとする論者もいますが、鵜呑みにしない方が良いでしょう。COVID-19やその他の事由の影響により、当事者として、履行不能の原則や不可能性の原則、実行不能性の原則が適用されることとなるかもしれない状況に置かれているのであれば、同原則の援用に先立ってまず法律顧問にご相談ください。

本記事は原文記事である"COVID-19 and the Doctrines of Impossibility, Impracticability, and Frustration in English-Language Contracts"の翻訳であり、記載及び解釈は全て原文が優先いたします。


[1] Kel Kim Corp. v. Cent. Markets, Inc., 70 N.Y.2d 900 (1987).
[2] Crown IT Servs., Inc v. Koval-Olsen, 11 A.D.3d 263, 265 (N.Y. App. Div. 2004).
[3] National Carriers Ltd v. Panalpina (Northern) Ltd ., [1981] 1 AC 675, 700.
[4] Li Ching Wing v Xuan Yi Xiong [2004] 1 HKC 353.
[5] Rembrandt Enters. Inc. v. Dahmes Stainless Inc., No. C15-4248-LTS (N.D. Iowa Sep. 7, 2017).
[6] Id. at 17.

本記事の情報は、法的助言を構成するものではなく、そのような助言をする意図もないものであって、一般的な情報提供のみを目的とするものです。読者におかれましては、特定の法的事項に関して助言を得たい場合、弁護士にご連絡をお願い申し上げます。

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