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事業承継におけるM&Aの活用

事業承継におけるM&Aの活用
STARTUP-LAW
PROFILE

2009年早稲田大学法学部卒業、2012年東京大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2018年2月法律事務所ZeLoに参画。弁護士としての主な取扱分野は、ジェネラル・コーポレート、スタートアップ支援、FinTech、訴訟対応、倒産・事業再生など。著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)など。

1 M&Aを活用した事業承継実行手段の紹介

これまでの章では、事業承継の手法として相続や株式譲渡を中心に紹介してきました。一方で、経営者の主体的な実行を必用とする事業承継手法としてはその他にも、事業譲渡・組織再編を活用する手法もあります。

組織再編とは一般に、会社法第5編に規定される合併、会社分割、株式交換、株式移転のことを指します。親族、役員、従業員以外の第三者に承継する場合には、経営者が何らかの形で対価を取得できる手法が求められることから、株式譲渡の活用だけではなく、事業譲渡や組織再編による手法を活用することも考えられます。

以下では、株式譲渡についてあらためて特徴を確認したうえで、事業譲渡・組織再編の活用手法についても紹介していきます。

(1)株式譲渡

 株式譲渡とは、現経営者が、保有する株式を第三者に譲渡する方法であり、現経営者から後継者に対して株式を譲渡することで事業承継を実行することが可能となります。

 株式譲渡は原則として、株主と買主の二者間における株式の譲渡契約のみによって実行が可能です(譲渡する株式が譲渡制限株式である場合には譲渡承認の手続きが必要となります)。

イ 株式譲渡による事業承継の特徴

最大の特徴は、手続が非常にシンプルで簡便であることです。また、オーナーが売却代金として直接金銭的対価を取得できる手法でもあることから、事業承継において最も利用される手法となっています。

株式譲渡の場合、会社の所有者たる株主の構成が変わるにとどまり、事業主体自体に変化はないことも特徴となります。この結果、取引先との契約関係や事業経営上必要な許認可、従業員との雇用関係等はそのまま存続することになります。

会社自体の所有権、経営権が移転することになるということは、会社の全事業がそのまますべて承継されるということでもあります。その際、損害賠償請求訴訟によって発生する賠償債務や労働者に対する未払賃金債務等の一見して帳簿には表れていない簿外債務や偶発債務もそのまま承継されることになります。

(2)事業譲渡

ア 事業譲渡とは

 事業譲渡とは、事業の全部または一部を取引行為(特定承継)として譲渡することにより、その事業を承継する手法のことをいいます(会社法467条1項)。特定承継というのは、一般的な譲渡契約と同じように権利をここに承継することを意味します。

会社法上の区分としては組織再編とは異なる扱いを受けていますが、一般に、組織再編と併せて語られることの多い制度です。

対象会社と譲受会社との間で事業譲渡契約を締結したうえで、原則として株主総会の特別決議が必要となります。

イ 事業譲渡による事業承継の特徴

 事業譲渡の場合、会社自体はそのまま存続し、会社の中身である事業のみを承継することになります。そして、買主である譲受会社は、譲渡の対価を株主である現経営者ではなく、その存続したままの会社に対して支払うことになります。したがって、事業譲渡では、現経営者は直接的な対価を取得できないということになります。

 また、会社の中身である事業が買主に承継されることによって、当該承継事業の事業主体は買主の会社に変わることになります。

 事業譲渡の大きな特徴の1つに、どの事業を承継するかは資産や権利義務ごとの個別の合意によるという点があります。簿外債務や偶発債務、不採算事業等を承継対象から除外した承継ができるということです。これにより買い手のニーズに柔軟に対応して事業承継を推し進めることが可能になります。

 一方で、権利義務について個別の承継となるということは、権利義務の承継に権利者の同意が必要な場合等には個別に同意を得る必要があるということにもなります。契約関係・雇用関係を従前どおり承継したい場合には、取引先、従業員からの個別の同意が必要となってしまいます。また、資産の承継についての対抗要件具備に関しても個別で行う必要があります。

(3)会社分割

ア 会社分割とは

 会社分割とは、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後、他の会社または分割により設立する会社に承継させることをいいます(会社法2条29号、30号)。他の会社に承継する場合を吸収分割といい、新たに会社が設立される場合を新設分割といいます。

 吸収分割を活用して事業を承継する場合、分割を行う会社と買主との二者間で吸収分割契約を締結することになります。

新設分割を活用して事業を承継する場合、まず新設分割計画が策定され、それに基づき設立される新設会社に事業が承継されます。その上で新設分割後に新設会社の株式を買主に譲渡することで買主に分割する事業の支配権が移転することになります。

会社分割の場合、原則として株主総会の特別決議が必要となります(会社法783条、804条)。

イ 会社分割による事業承継の特徴

 事業譲渡と同様に、会社分割の対価は、会社分割を行う会社に支払われるため現経営者は対価を直接取得することはできず、事業主体は譲受会社へと変わることになります。また、事業の一部のみを承継することが可能であるため、簿外債務や偶発債務を除外した承継も可能です。

 事業譲渡と異なる点として、会社分割においては資産や権利義務が包括承継されるという点があります。これにより、資産移転について個別の対抗要件具備の必要はありませんし、異議のない限り債務の承継に関しても債権者の個別の承諾は不要となります。また、従業員の承継に関しては、労働契約承継法に基づく手続を行うことで従業員の個別の同意は不要となります。

 もっとも、会社分割では原則として、分割後に分割会社に対して債務の履行を請求することができなくなる分割会社の債権者および承継会社のすべての債権者のうち、異議を述べた者に対して債権者保護手続を行う必要があります(会社法789条1項2号、799条1項2号、810条1項2号)。具体的には、弁済、担保の提供、信託のいずれかの手段を講じることになります。

 

(4)株式交換

ア 株式交換とは

株式交換とは、株式会社がその発行済み株式の全部を他の会社に取得させることをいいます(会社法2条31号)。これにより、買主の会社を完全親会社とする、完全親子会社関係が成立することになります。

対象会社と買主会社の二者間で株式交換契約を締結(会社法767条)し、原則として株主総会の特別決議(会社法783条1項、795条1項)を経ることになります。

イ 株式交換による事業承継の特徴

株式交換の場合、対価は承継を行う会社の旧株主が取得することになるため、現経営者が直接的に対価を取得することができます。

買主会社が承継対象会社の完全親会社になるということは、株式譲渡の場合と同様に、会社の所有者たる地位が買主会社に変わるにとどまり、承継対象会社の法人格は消滅することなく存続するということになるため、事業主体に変化は生じません。したがって、取引先との関係や資産関係、従業員関係等については別途の手続を要することなく従前どおり維持されることになります。

また、同様の理由から、対象会社の事業が全てそのまま承継されることになります。

株式譲渡と異なり、個別の株主との合意によることなく会社間の契約および株主総会特別決議によって実行が可能であるため、同意が得られない少数株主の排除を行うことなく全株式を移転することができます。

買主会社の完全子会社という形で承継されることになるため、買主がグループ企業である場合にはニーズの高まる承継手法となります。

(5)合併

ア 合併とは

 合併には、吸収合併(会社法2条27号)と新設合併(会社法2条28号)があります。

吸収合併では、合併により一方の会社が消滅し、消滅する会社の権利義務のすべてが合併後も存続する会社に承継されます。

新設合併では、合併を行うすべての会社が消滅し、消滅する会社のすべての権利義務が新設会社に承継されます。

吸収合併では吸収合併契約を当事会社間で締結し、新設合併の場合には新設合併計画を策定し、株主総会で特別決議を経ることが原則となります。

また、合併により消滅する会社は清算手続を経ることなく解散することになります。

  • 合併による事業承継の特徴

 合併の対価は株主が取得することになります。したがって、事業承継に活用する場合には、現経営者が対価を直接的に取得することができます。

 対象会社の権利義務のすべてを承継することになることから、全事業が承継対象となり、簿外債務や偶発債務もそのまま承継されることになります。

 また、合併により承継対象会社は消滅することになるため、社名は残らないという点が特徴として挙げられます。

 合併が第三者に対する事業承継において活用されることは少なく、事業承継の場面等においてグループ会社や同族会社を整理する際に活用することが検討されます。

 合併により事業主体が拡大することで現経営者の保有する株式の評価額の引下げ効果が期待される場面もあるため、相続や譲渡の前段階として合併を利用することも考えられます。

(6)株式移転

  • 株式移転とは

 株式移転とは、1または2以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式に取得させることをいいます(会社法2条32号)。

 株式移転により、新設される会社を親会社とする完全親子会社関係が形成されることになります。子会社となる対象会社の株式の全部を取得する会社が設立手続を経ることなく設立され、個別の取得手続を経ることなく完全親会社として全株式を取得することになります。

  • 株式移転による事業承継の特徴

 株式移転を行っても新設会社に全株式が承継されるにとどまるため、株式移転の実行それ自体によって直接的に事業を承継することはできません。

 一方で、株式移転の実行により承継したい会社は持株会社化されることになるため、株式移転は減税対策等を目的とする持株会社スキームにおいて活用されることが考えられます。

2 手段を選択する際に反映すべきオーナー側の意向

ここまでは、各承継手法の特徴を手法ごとにまとめてきました。以下では、事業承継場面における経営者の要望という観点から、適切な承継手法について検討していきます。

(1)対価を取得したいか

 事業を承継する際に対価を欲するか否かは承継手法選択において重要となります。

親族に承継する場合には、相続や贈与といった、後継者に対価としての負担が生じさせないような方法での承継がまず検討されるかと思いますが、従業員や役員、第三者に承継する場合には金銭等の対価を自ら取得したいと考えることも自然ではないでしょうか。

対価を自ら取得できる手法として最も典型的な手法が株式譲渡を活用する手法です。手続としても最も簡便であるため活用されることが多い手法になります。

また、株式交換や合併、株式移転を活用した場合も直接対価を取得することができます。

一方で、事業譲渡、会社分割における対価は会社が取得することになり、現経営者は直接取得することができません。この場合、現経営者は、配当や精算時の分配によって対価を回収することになり、即時に取得できない、対価のすべてを取得できない可能性があるといった問題が生じることになります。

対価を直接的に取得することを第一に考える場合には、まず株式譲渡、株式交換、株式移転、合併の活用ができないかを検討することになります。

(2)代表者としての活動は継続したいか

 承継される事業の支配権は買主に移転してしまうとしても、もとの会社で引き続き代表者としてできることを最後までやっていきたい、といった希望をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

 その際、株式譲渡や株式交換、株式移転のように事業主体の変更がない形態では、その事業主体の代表者を後継者が務めることが予定されることになるため、相容れないでしょう。

 また、合併のように、元の会社が消滅してしまっても、元の会社の代表として引き続き別事業を行うという希望は達成できないことになります。

 そこで、このような場合には、事業譲渡や会社分割を活用することを考えることになります。

 事業譲渡および会社分割であれば、承継する事業は別主体である買主の支配下に移ったうえで、元の会社は存続することになります。したがって、一部の事業のみ承継した場合には残りの事業を、全部の事業を承継した場合にはゼロから、元々の社名、法人格のもとで代表者として運営していくことができます。

(3)承継したい事業は一部か全部か

 すべての事業を承継するのではなく、一部の事業は手元に残しておきたい。買主が一部の事業のみを要求している。後継者を複数人にして、それぞれに事業の一部ずつを承継したい。こういった状況である場合には事業の一部のみの譲渡が可能な手法を選択することになります。

 そして、事業の一部のみの譲渡が可能な手法は、事業譲渡か会社分割になります。

 事業譲渡と会社分割のどちらを用いるかについては、資産や権利義務の承継に関する手続の煩雑さや、債権者保護手続の有無等を考慮して決定することになります。

(4)手続負担を軽減したいか

 とにかく簡便でシンプルな手法により承継したいと考えるのであれば、やはりまずは株式譲渡による承継を検討すべきです。

その他の手法は原則として、当事者間の契約や計画策定にとどまらず、株主総会の特別決議が必要になるため、株式譲渡と比べてどうしても手続は煩雑となります。最も、状況によっては例外的に決議が不要となることがあるため専門家への相談は重要となります。

また、株式譲渡以外の手法は、債権者保護手続や反対株主に株式買取請求に関する手続が必要となる場合があり、その点も考慮に入れて検討しなければなりません。

(5)従業員への配慮はどう考えているか

 従業員達は事業承継後も引き続き安定した雇用環境においてあげたい、といった希望をお持ちになるのも自然かと思います。

 事業主体が変わらない株式譲渡、株式移転、株式交換であれば、労働契約関係に変化は生じないため、希望に沿うことができます。また、合併については、事業主体は変わるもののすべての権利義務が承継されるため、当然労働契約関係についても事業とともに承継されることになります。

 問題となるのは、承継される権利義務について個別に調整しなければならない事業譲渡、会社分割を活用する場合です。

 雇用環境が安定しているといえるためには、単に労働契約が成立している状況では足りず、それまで従事していた事業を運営する会社との関係で労働契約が成立していることが重要になります。したがって、事業譲渡や会社分割によって事業を承継する場合には、その事業に従事する従業員との労働契約も併せて承継することを契約内容に盛り込むといったことが必要となります。

 なお、会社分割による承継の場合には、労働契約承継法による保護も図られています。例えば、承継される事業に主として従事する従業員は、本人が望むのであれば、分割計画にその者の労働契約の承継が盛り込まれていなくとも、買主の会社に労働契約が承継されることになります。

 以上のように、承継手法を選択する際にはそれぞれのニーズや優先順位を照らし合わせながら適切な手法を検討していくことが重要になります。

3 組織再編活用時の注意点

(1)簿外債務・偶発債務はないか

 簿外債務・偶発債務とは、紛争に伴い発生する債務や、未払いの賃金、割増賃金等の支払債務のように、帳簿上では判明しづらかったり、思いかけずに発生するような債務のことを指します。

 簿外債務や偶発債務の存在のおそれがある場合、買主側が簿外債務や偶発債務の承継を懸念して、株式譲渡等の手法による承継を受け入れなかったり、買取価格についてそのリスクを考慮した低価格を求めてくるといった事態になりかねません。

 将来、理想の承継態様や取得価格で事業承継を進めるためにも、常日頃からこれらの債務が生じないように注意するとともに、債権債務関係を明瞭に管理しておくことで、買主に必要以上の警戒心を抱かせることのないような準備をしておくことが重要になります。

(2)少数株主はいないか

 株式譲渡による承継に際して経営者以外の少数株主が存在している場合、買主側が全株式を取得するためには別途キャッシュアウト等の手続を行わなければなりません。

 買主側がこれを嫌がるような場合には、経営者が株式譲渡による承継を希望していたとしてもタイミングよく実行できないことになります。

 将来、株式譲渡による事業承継の実行を検討しているのであれば、事前にキャッシュアウトの実行や種類株式の活用による対策を進めておくことが重要となります。

(3)具体的なプロセスと注意点

 事業承継のプロセスは大まかに、秘密保持契約の締結、基本合意書の締結、デューデリジェンス、契約・計画の締結・策定という流れになります。

 秘密保持契約は、交渉過程で知りえた相手方の秘密情報を第三者に開示しない等の胸を定めるものになります。事業承継を実行するためには、買主側に事業の情報を開示することは不可避であるため、開示し協議を進める前に締結しておくことが求められます。いかなる範囲を秘密情報として保護するか、秘密情報はどのように管理・取り扱うのか、といった事項に注意を払って締結することが必要となります。

 基本合意書とは、最終合意までの協議・交渉過程における当事者間のルールや大まかな合意事項について交渉途中の段階で定めるものになります。売主側としては、買主や条件を確保しておくべく、承継対象や対価の金額等の合意が整い次第、基本合意書を締結し、法的拘束力を確保しておくことが重要になります。買主側としては一般に、専属交渉条項を設けることになります。

 デューデリジェンスとは、組織再編等を行う上で、対象会社の事業や権利義務関係、財務等の情報を収集、調査、検討等を行うことをいます。買主はその上で、リスクや取得価格を検討し、合意に至るか否か決断することになります、売主としては、買主側のデューデリジェンスに協力できる体制を整え、希望通りの承継に買主が応じてくれやすいようにすることが重要になります。

 そして最終的に本契約の締結・計画の作成になります。事業譲渡や会社分割など承継対象が合意によって決定されるような場合には承継対象をしっかり定めることが重要となります。また、一般に表明保証条項が設けられます。表明保証条項とは、クロージング後になって初めて不利な事項が判明した場合に備えて、該当事項については交渉過程ですべて開示したことを開示者に表明・保証させる条項になります。違反した場合には、損害賠償や契約解除といった問題になりえます。買主側がリスク軽減のために設ける条項となるため、売主としてはできる限り表明保証条項の対象を限定することが重要になります。特に簿外債務や偶発債務は売主にとっても不測の発生が考えうるため、売主の知っている範囲に限定する等の対策が検討されます。

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