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新型コロナウイルス(COVID-19)と不可抗力条項 ~英米法準拠の英文契約書の観点から~

新型コロナウイルス(COVID-19)による感染症が急速に蔓延し、世界中のビジネスに多大な影響を及ぼしています。生産量の低減、サプライチェーンの混乱、及び商事活動の中断等の事象が発生していますが、COVID-19(世界保健機関WHOがパンデミックと宣言)が経済全般に及ぼす影響のごく一端に過ぎません。企業としては、従業員の安全を図ることが優先事項ですが、同時に、事業場の懸念として、自社の英文契約書の再確認も必要かもしれません。つまり、取引の当事者が義務を履行することができなくなった場合に適用される条項が今のままでよいのか、ということです。特に「不可抗力」条項が含まれているか否かが気になる点ではないでしょうか。

新型コロナウイルス(COVID-19)と不可抗力条項 ~英米法準拠の英文契約書の観点から~
DISPUTE-RESOLUTION
PROFILE

外国法事務弁護士(原資格国:米国コロンビア特別区)

ジョエル グリアー

不可抗力とは何か

 不可抗力とは、通常、例外的な出来事であって、契約当事者の責めに帰することができず、かつ、契約当事者が制御できないものを指します。不可抗力に該当する場合、当事者は義務の履行を一時的に停止することができ、不可抗力の影響が長期にわたるときは、当該当事者が契約を解除できることもあります。履行の一時的停止又は契約解除になりうるような状況に立ち至った場合と同様に、不可抗力に直面しうる状況になった場合は、顧問弁護士・法律事務所に相談するのがよいでしょう。誤って不可抗力条項を頼りにして、契約に違反してしまうことがあるからです。

 コモンローにおいては、不可抗力が何かということについて定説はありません。そこで、イギリス法やアメリカ法、その他のコモンロー圏の法律を準拠法とする契約書では、不可抗力が認められるためには、不可抗力条項が存在しなければなりませんし、当該条項に記載された条件が重要となってきます。この点はコモンロー契約書の特徴をよく表しているといえます。つまり、コモンローにおいて、当事者は契約関係の条件について合意する自由(及び責任)があるとされており、その背景には、裁判所は当該条件を執行するのであって、契約書の文言を超えて当事者の意図や意思を理解したり、解釈したりすることは原則としてないという発想があるのです。

契約書における不可抗力の定義とコモンローでの解釈

 契約書に不可抗力条項を含まれている場合、当事者としては、不可抗力に該当する事態を想定して当該条項を注意深く読むべきです。まずは、不可抗力事由として何が明記されているかを検討します。例えば、よく見られるものとして、不可抗力事由とは、大規模な政治的事件、戦争、反乱、テロリズム又は一定の政府行為など当事者による契約上の債務の履行を妨げるもの、地震、台風又は洪水などの自然災害、又は当事者の制御できないその他の例外的状況である、という定義があります。

 不可抗力条項には、保健衛生上の危機、例えばエピデミック(パンデミックほど広範ではない伝染病)やパンデミックが不可抗力事由に該当する旨を明記しているものもあります。パンデミック(及びエピデミック)条項が明記されていれば、COVID-19がこれに該当することになるでしょう。ただし、当該条項を援用するには当該条項中の他の条件も満たす必要がありますが、この点については後述します。同様に、政府による制限的な命令、規制等が不可抗力事由に該当する旨が明記されていれば、各国政府がCOVID-19関連の措置を実施し、人の移動や旅行その他の活動が制限されてビジネスに影響した場合、当該措置も不可抗力に該当し得ます。ただし、この場合にも、不可抗力条項を援用するには当該条項中の他の条件も満たす必要があります。

 不可抗力条項においてパンデミックやエピデミック(又はCOVID-19に起因する制限的な政府規制)が不可抗力事由として明記されていない場合、特段の事情の無い限り、イギリスやアメリカその他のコモンロー圏の裁判所は、COVID-19感染症の発生(又は関連する政府措置)が当該条項のもと不可抗力に該当すると考える可能性は高くありません。不可抗力条項の中には、不可抗力事由の具体例を示している箇所で包括的な規定(キャッチオール規定)を置いているものもあります。例えば、「~を含むが、これに限らない。」又は「当事者が制御できないその他の事由。」といったものです。これは、明記されていなくとも、一定の事由が不可抗力事由に該当しうる旨規定しようとするものです。しかし、裁判所が当該その他の事由が不可抗力事由に該当すると判断する保証はありません。例えば、アメリカの裁判所では、包括的な規定(キャッチオール規定)は既に明記された事由に類似する事由を意味すると解釈している場合があります(つまり、例外的な事由ではあっても、不可抗力条項で明記された事由に必ずしも類似していないものは、不可抗力事由に該当しない可能性があります。)。

 また、不可抗力条項には通常、「不可抗力事由は契約締結時において合理的に考えれば予見可能であったものは含まれない」という趣旨の文言が用いられます。そこで、COVID-19感染症は予見可能ではなかったのかという議論が起こり得ます。過去にはSARS及びMERSという国境を超える感染症が発生しましたが、両者ともコロナウイルスによるものであったからです。一方で、COVID-19は現在進行形で蔓延しており、健康被害の影響は甚大です。また、これに対応すべく各国政府のとった措置も含めて、過去の感染症をはるかに凌ぐものがあります。このような相違がある点を考慮すれば、COVID-19パンデミックが不可抗力事由に該当するとの判断に傾きえますが、最終的には、裁判所又は仲裁裁判所の判断によることとなります。この判断は、問題となる事実関係及び不可抗力条項に基づいて行われます。

不可抗力条項において更に留意すべき文言

 不可抗力事由の定義だけでなく、関連条項の他の文言を検討することも非常に重要です。。当事者が不可抗力事由により義務の履行を「妨げられた(prevented)」とき不可抗力条項が適用されるとする文言があった場合などはどうでしょうか。英米の裁判所では、通常、このような文言を狭く解し、物理的又は法的に履行を不可能にした場合に不可抗力に該当すると解釈します。当事者が不可抗力事由により義務の履行を「遅延させられた(delayed)」又は「支障をきたした(hindered)」とき不可抗力条項が適用されるとする文言を用いている例も見られます。当該文言は、(不可抗力事由のために義務の履行がいくぶん困難になった場合やより時間を要する場合を指すと解釈できる限りは、)「妨げられた(prevented)」との文言よりも不可抗力該当性が認められやすいと考えられますが、英米の裁判所は、義務の履行に係る費用が増加しただけで不可抗力該当性を認めることはないという点は留意すべきでしょう。

 不可抗力条項には、細心の注意を払うべき条件を含む場合が他にもあります。第1に、不可抗力条項を援用する場合、一方当事者が不可抗力事由に気付いた後(あるいは気付くべきであった時点後)すぐに相手方に通知しなければならないという条件が規定されていることがあります。14日以内というのが一般的な期間条件です。第2に、不可抗力事由の影響を最小限に抑えるために合理的な努力をすべきであるという文言が含まれている場合があります。例えば、サプライチェーンに混乱が生じた当事者であれば、代替的なサプライヤーを見つけるために合理的な努力をしなければならないことになるでしょう。影響緩和のための当該努力は、追加費用が発生するとしても行う必要があります。先にも触れましたが、不可抗力はそもそも、契約上の義務の履行に際して単に当事者の費用が増加しないようにすることを目的としているわけではないからです。アメリカやイギリスその他のコモンロー圏の裁判所では、上記条件を遵守するよう当事者に求めると考えることができ、遵守しない場合、おそらく不可抗力条項の援用が認められなくなるでしょう。

業務上の留意点

 不可抗力条項を検討し、法律顧問のアドバイスも受けたうえで当該条項を採用することとした場合、当事者としては、関連する状況(例えば、不可抗力事由に係る通信その他の連絡、当該事由がどのように契約上の義務の履行を妨げ、又はこれに影響したのか、及び影響緩和措置)に係る文書を作成し、保管しておくべきです。当該文書は、不可抗力条項による権利を確保するために重要ですし、相手方が不可抗力事由の該当性を争う場合の証拠にもなるものです。

 新しく契約書を起案する際は、COVID-19のリスクに係る規定を設けるか否か、設けるとした場合、どのように規定するかを検討すべきです。ここ数カ月の経験を踏まえれば、将来においてCOVID-19感染症が蔓延した場合に、合理的に判断して予見不可能であったと論ずることは難しいでしょう。一方で、不可抗力条項では、ほとんどのケースで、予見不可能性が条件とされています(それゆえ、「パンデミック」や「エピデミック」と明記してみたところで、将来のCOVID-19感染症の蔓延に不可抗力条項が適用されないかもしれません。)。しかし、コモンローにおいては、当事者は、不可抗力条項又は当該条項以外により、COVID-19という予断を許さない事態を対象とした文言について自由に合意できることをゆめゆめ忘れないでください。

まとめの考察

 移譲のとおり、イギリス法やアメリカ法、その他のコモンロー圏の法律を準拠法とする契約書では、不可抗力条項の文言が当該条項の解釈及び適用を左右します。COVID-19に起因するか否かにかかわらず、不可抗力条項が適用されうる事態に直面しているのであれば、当該条項が実際に適用されるものかどうか、顧問弁護士・法律事務所に相談するのがよろしいでしょう。

本記事は、弊所弁護士のJoel Greerによる英語記事“COVID-19 and Force Majeure”の和訳記事です。英語版と日本語版に何らかの齟齬があった場合、英語版が優先するものといたします。


本記事の情報は、法的助言を構成するものではなく、そのような助言をする意図もないものであって、一般的な情報提供のみを目的とするものです。読者におかれましては、特定の法的事項に関して助言を得たい場合、弁護士にご連絡をお願い申し上げます。

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