【弁護士が解説】カーボン・クレジットの概要(前編) ~類型・認証要件・日本国内の動向~
2020年10月、日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言し、これに向けた動きが加速しています。日本政府が目標として掲げるカーボンニュートラルとは、人為的な温室効果ガスの排出量と人為的な温室効果ガスの除去量が釣り合っている状態を意味しています。したがって、カーボンニュートラル達成のためには、再生可能エネルギーの導入などによる排出量削減が必要になりますが、排出量削減に努めたとしても一定の温室効果ガスは排出されてしまいます。この点、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動への投資などを行うことでこれを埋め合わせるカーボン・オフセットという考え方があり、その文脈でカーボン・クレジットの活用も検討されてきています。直近では、2023年10月に東京証券取引所においてカーボン・クレジット市場も創設され、益々注目が集まってきているカーボン・クレジットについて、前編と後編に分けて解説します。
カーボン・クレジットとは
カーボン・クレジットの定義は様々見られますが、2022年6月に公表された「カーボン・クレジット・レポート」 (カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会(カーボン・クレジット検討会))においては、排出量の見通し(ベースライン)に対し、実際の排出量が下回った場合、当該差分につき、MRV(モニタリング・レポート・検証)を経てクレジットとして認証されるもの(ベースライン&クレジットの考え方に基づくもの)と整理されています。
例えば、重油ボイラーを都市ガスボイラーに転換するプロジェクトでは、重油ボイラーを用いていた場合に想定される排出量の見通しをベースに、都市ガスボイラーを用いることで削減される部分がクレジットとして認証されます。
クレジット購入者は、購入したクレジットを、自主的なオフセットや公的制度に基づく報告(地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)に基づく制度上の報告など)などに活用することができます。
関連する制度としては、排出量取引制度があります。
排出量取引制度は、公的機関が特定の組織や施設からの排出量について一定量の排出枠を設定し、実際の排出量が当該排出枠を超過した場合、実際の排出量を排出枠以下に抑えた企業から超過分の排出権を購入する仕組み(キャップ&トレードの考え方に基づくもの)です。
もっとも、各国・地域の排出量取引制度においても、制度に参加する企業からの排出権の購入のみならず、制度に参加していない企業からのカーボン・クレジットの購入・活用を認めるケースも多く見られます。
カーボン・クレジットの類型
カーボン・クレジットは、発行主体に注目すると、国連・政府主導のもの(例えば、J-クレジット、二国間クレジット制度など)と民間主導のもの(いわゆるボランタリークレジット)に大別されます。
類型 | 概要 |
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J-クレジット | 2008年11月に創設されたオフセット・クレジット(J-VER: Japan-Verified emission reduction)制度が、国内クレジット制度(国内排出削減量認証制度)と発展的統合を遂げ、2013年度から開始した日本国内の制度であり、制度管理者は経済産業省・環境省・農林水産省です。省エネルギー設備の導入・再生可能エネルギーの導入・適切な森林管理などの温室効果ガス排出削減・吸収事業を対象にクレジットの認証が行われます。 |
二国間クレジット制度(JCM :Joint Crediting Mechanism) | 途上国などに対して優れた脱炭素技術、製品などを普及させることによる温室効果ガス排出削減又は吸収への貢献を定量的に評価する制度であり、日本及びパートナー国において、パリ協定の1.5℃目標に整合的な温室効果ガス排出削減目標(NDC:Nationally Determined Contribution)の達成に活用することができます。 |
ボランタリークレジット | 日本国内では、例えば、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE:Japan Blue Economy association)を制度管理者とし、海洋生態系によって吸収・貯留される炭素(ブルーカーボン)に特化して認証がなされるJブルークレジットがあります。 また、日本国外の民間セクターが運営する代表例としては、Verified Carbon Standard(VCS)、Gold Standard(GS)、American Carbon Registry(ACR)、Climate Action Reserve(CAR)などが知られています。 |
また、クレジット認証のための取組みの内容に注目して、自然ベース(森林管理など)、技術ベース(再生可能エネルギー、DACCS:Direct Air Carbon Capture and Storageなど)といった分類がされることもあります。
カーボン・クレジットの認証要件と留意点
現状、カーボン・クレジットに係る認証要件は標準化されておらず、各制度がそれぞれ独自に認証要件を定めているのが実情です。
業界団体であるICROA(International Carbon Reduction &offset Alliance)が一般的な要件(Real, Measurable, Permanent, Additional, Independently verified, Unique)を定めていて、一部のボランタリークレジットはこれらの要件を満たすものとされています。
これに加え、2023年に入ってから、民間団体であるIC-VCM(The Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)により高品質なカーボン・クレジットに求める要件を定めるコア炭素原則(CCP:Core Carbon Principles)が公表されました。また、英国政府が立ち上げたNPOであるVCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)によりClaims Code of Practiceも公表されました。
このように、様々な団体が標準化に向けて動いている過渡期においては、あらゆる取引において各団体の定める要件を網羅的に満たしているかを確認する必要まではないと思われ、カーボン・クレジットを購入する目的との関係で有益か、留意点がないかを検討することが重要と考えられます。
例えば、J-クレジットを温対法に基づく報告に用いる目的で購入するのであれば、特段の問題はないと言えるでしょう。
他方で、将来にわたって一定期間カーボン・クレジットの創出を支援しながら、創出したカーボン・クレジットを継続的に購入する契約を締結するような場合には、カーボン・クレジットに関連する法律が制定・改正される可能性、認証要件の標準化により当該カーボン・クレジットが淘汰されていく可能性などにも留意することが望ましいです。
カーボン・クレジットに関する日本国内の動向
2050年までのカーボンニュートラルを目指す動きが世界各国で加速する中、日本でも、2021年2月に経済産業省の主催のもと、世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会が発足し、政策対応の方向性として、カーボン・クレジットの位置づけの明確化とカーボン・クレジット市場の創設の具体化を目指すことが示されました。そして、具体的な議論をする場としてカーボン・クレジット検討会が発足し、2022年6月には「カーボン・クレジット・レポート」が公表されました。
「カーボン・クレジット・レポート」では、需要、供給、流通の3つの観点を踏まえて課題と具体策が検討されており、公表後の動きと併せて整理します。
需要
まず、需要の観点では、多様なカーボン・クレジットが存在するものの、国内の法律や各種制度におけるカーボン・クレジットの位置づけが十分に整理されておらず、結果として、活用を躊躇する企業が存在する点が課題の1つとされています。この点、活用方法を明確化するとともに、カーボン・クレジットの持つ価値・特性の適切な開示を推進することが望ましいとされています。
レポート公表後の動きとしては、例えば、GXリーグにおけるGX-ETS(2023年4月から導入された自主的な排出量取引の取組み)において、目標達成のために適格カーボン・クレジット(J-クレジット及びJCMクレジット)を活用することが可能とされました。カーボン・クレジット・レポートにも示唆されているとおり、今後、適格カーボン・クレジットが追加される可能性もあると思われ、需要拡大が期待されます。
供給
次に、供給の観点では、DACCSやBECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)のような新技術由来による炭素除去や、農地での炭素貯留などの自然を活用した炭素吸収・炭素除去などはJ-クレジット制度では認証されないため、結果として、現時点ではカーボン・クレジット創出という形での推進ができない点が課題の1つとされています。この点、J-クレジットによらない、炭素吸収系・炭素除去系クレジットの創出促進のためのスキーム構築などが求められるとされています。
レポート公表後の動きとしては、例えば、J-クレジットの認証のための新規方法論の策定や制度改定が進められており、森林由来・吸収系J-クレジットの創出拡大が期待されます。
流通
最後に、流通の観点では、世界各国において取引所・取引プラットフォーム設立の動きがあるのに対して、日本では相対取引が主であり、また、取引量・価格も不透明であるため、結果として、プロジェクトの投資回収予見性や需要者による調達予見可能性が低い点が課題の1つとされています。この点、具体策としては、カーボン・クレジット市場の創設と、取引安定性確保のための法的・会計・税務的扱いの明確化が言及されています。
レポート公表後の動きとしては、2023年10月、東京証券取引所によりカーボン・クレジット市場が創設されました。もっとも、現時点の取引対象はJ-クレジットに限定されており、取引量も限定的です。民間の取引プラットフォーム事業者も増えてきているところであり、今後、法的・会計・税務的扱いの明確化も含めて、更なる流通促進のための検討が必要と考えられます。
カーボン・クレジットに関するご相談は弁護士へ
カーボン・クレジットに関する法的な取扱いは必ずしも明確ではないため、カーボン・クレジットに関連するサービスを設計したり、カーボン・クレジットの取引を行ったりする際には留意が必要です。
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