【IPO準備企業必見】IPO自己診断チェックリスト ダウンロードコンテンツ
Attorney admitted in Japan
Yusuke Ito
Miku Kondo
企業の成長戦略において、IPO(新規株式公開)は経営の大きな節目であり、社会的信用と資金調達力を高める重要な手段です。もっとも、その実現には多面的な準備と、東京証券取引所(以下「東証」)による厳格な審査を通過する必要があります。本記事では、上場審査の基礎となる上場申請書類について、上場支援コンサルティングを提供する法律事務所の観点からその位置付け・重要性・作成上の留意点をわかりやすく解説します。
Graduated from Kumamoto University (B.A., 2005), Chuo Law School (J.D., 2012), passed Japan Bar Exam (Registered in 2013). Experience at Torikai Law Office (2014-2023), seconded to Development Bank of Japan Inc. (2015-), seconded to Tokyo Stock Exchange, Inc. (2017-), and joined ZeLo (2023-). Main practice areas include IPO, IR, M&A, Startup Law, Dispute Resolution, etc.
目次
上場申請書類は、申請会社の事業内容・財務状況・ガバナンス体制・成長可能性を総合的に示す書類であり、東証審査担当者や主幹事証券会社が企業を理解するための最も基礎的かつ重要な資料です。
申請会社が東証に新規上場申請を行うにあたっては、申請時に所定の「有価証券新規上場申請書」、「新規上場申請に係る宣誓書」を東証に対して提出し(有価証券上場規定第204条、第210条、第216条)、上場申請する市場に応じて当該有価証券新規上場申請書に「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」および「(Ⅱの部)」(有価証券上場規定施行規則第204条1項4号、第218条1項)又は各種説明資料(同施行規則第231条1項4号)を添付して提出することが義務付けられています。(本記事では上場申請時に提出する書類を総称して「申請書類」と表記いたします)
「Ⅰの部」は一般投資家も閲覧可能ですが、「Ⅱの部」や「各種説明資料」は東証審査担当者および主幹事証券会社が上場審査のためにのみ使用し、外部には公開されない資料となります。
したがって、「Ⅱの部」や説明資料では、Ⅰの部を補完する資料として踏み込んだ内容を記載することが求められており、より詳細で具体的な内容を記載することになります。市場区分に応じて提出する書類は異なりますが、共通して求められるのは正確性・簡潔性・明瞭性・論理性です。
「Ⅰの部」は、上場審査だけでなく、IPO全体を通じた情報開示の中核をなす書類です。
作成された「Ⅰの部」は、上場後も以下の3つの公的書類の基礎として活用されます。
| 項目 | 新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部) | 目論見書 | 有価証券届出書 | 有価証券報告書(上場後) |
|---|---|---|---|---|
| 目的 | 新規上場審査において、会社の事業内容・経営状況・リスク等を証券取引所に開示し、上場適格性を判断してもらうため | 投資家に対して投資判断の材料を提供するため(届出書の要約・販売用資料) | 有価証券の募集・売出しを行う際に、投資家保護のための情報開示 | 上場後、投資家に対して継続的に投資判断に有用な会社情報を開示するため |
| 主な記載内容 | 会社概要、事業内容、経営方針、財務情報、リスク情報、役員情報など(将来の投資判断に関わる詳細情報) | 有価証券届出書の内容をもとにした投資家向け要約版。募集・売出しの目的、会社・財務情報、リスクなど | 発行有価証券の内容、募集・売出しの条件、発行会社の事業・財務状況など | 事業内容、経営方針、財務諸表、役員・株主情報、リスクなど(Ⅰの部に類似するが毎期更新) |
| 提出先 | 東京証券取引所 | 金融庁(EDINET) | 金融庁(EDINET) | 金融庁(EDINET) |
| 根拠規定 | 東証上場規程・施行規則 | 金融商品取引法 | 金融商品取引法 | 金融商品取引法 |
| 作成責任主体 | 発行会社 | 発行会社 | 発行会社 | 発行会社 |
上場審査では、数値だけでなく、経営者の考え方・戦略性・リスク認識が問われます。
そのため、書類作成においては「経営のストーリー」を明確に打ち出すことが重要です。
申請書類の冒頭に位置づけられる「事業の内容」のセクションでは、申請会社のビジネスモデルと市場での位置づけを審査官と投資家に正確に理解させるための核となります。作成にあたっては、事業系統図を活用し、申請会社だけでなくグループ全体のビジネスの流れと、各社が担う機能的役割を視覚的に明示することで、組織の合理性を論理的に説明することが求められます。
次に、収益の源泉となっているコア事業と収益構造を明確にし、主要な製品やサービスが顧客にどのような「価値」を提供しているかを具体的に説明することが求められます。これと並行し、競合他社に対する競争優位性(技術力、ブランド、コストなど)を客観的な事実に基づいて説明し、その優位性が持続可能である根拠を示すことが重要です。
また、貴社が属する市場の規模、成長性、業界の動向を客観的なデータに基づき記述し、将来の成長戦略との結びつきを明確にすることで記載の説得力を増すことができます。この際、記載内容は、審査機関向けの補足資料である「Ⅱの部」や「各種説明資料」と整合性を持たせる必要があります。特に、事業構造の記載が「事業等のリスク」で開示する内容と密接に関連しているかを確認することで、情報開示の透明性を高めます。
「経営方針、経営戦略等」は、審査担当者や投資家が貴社の事業を理解するための重要な項目となります。ここでは、単に事業内容を説明するだけでなく、貴社の経営理念、経営方針や事業戦略、経営環境に対する認識、そしてサステナビリティや人的資本に関する取り組みを具体的に記載することが求められます。特に、市場における貴社の競争優位性を明確にし、競合他社との差別化要因を論理的に説明することが不可欠です。
また、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標(KPI)を明確に設定し、その算出方法や目標数値を具体的に記載することで、経営戦略の合理性と実現可能性を論理的に説明できます。例えば、売上高や利益といった財務KPIだけでなく、顧客獲得単価や解約率、研究開発の進捗率といった非財務KPIも活用し、事業の成長を多角的に説明することが重要です。
申請書類では、企業の強みだけでなく、リスクについても誠実に開示することが求められます。事業環境(例:特定の市場や技術への依存)、財務状況(例:借入依存度)、経営体制(例:キーマンへの依存)など、貴社の経営に重要な影響を及ぼす可能性のあるあらゆるリスクを、具体的に、かつ簡潔に記載する必要があります。
また、単にリスクを列挙するだけでなく、それらに対する経営者の認識、および対応策についても分かりやすく説明することが重要です。これにより、審査機関や投資家は、貴社が潜在的な課題を適切に把握し、リスク管理体制を構築していることを確認できます。リスクの発生可能性や、顕在化した場合の経営への影響度を「小・中・大」と明確に示すことで、より客観的な情報開示となり、投資家との信頼関係を築く上で重要な要素となります。
経理・財務に関する記載は、企業の信用を左右する最も重要な項目の一つです。主要な経営指標等の推移や経理の状況は、連結財務諸表規則や財務諸表等規則に基づいて正確に作成し、注記事項も含めて矛盾がないように徹底的に確認することが不可欠です。これは、単に会計ルールを守るだけでなく、貴社の財務基盤が健全であることを証明するプロセスとなります。
特に、過年度の業績やⅡの部・各種説明資料における今後の見通しについては、その数値の根拠を明確に示し、合理的な説明をすることが求められます。
また、関連当事者との取引がある場合は、その内容や取引に対する方針を開示することで、特定の利害関係者との不透明な取引がないことを示し、透明性を確保する必要があります。加えて、上場後の配当政策や自己株式取得の方針なども明確に記載し、株主に対する利益還元への考え方を示すことが望ましいです。
上場企業にふさわしい経営管理体制を整えていることを上場申請書類に記載することになりますが、記載するだけではなく実効性がある体制・仕組みを実際に備えていることが求められます。
申請書類には、貴社の機関設計(監査役会設置会社、監査等委員会設置会社など)の理由と特徴を明確に記載します。これは単なる形式上の選択ではなく、貴社の経営規模、事業特性、経営者の考え方に基づいた最適なガバナンス体制であるという経営思想を伝えることが重要です。取締役会や監査役会の活動状況については、開催頻度や審議内容の具体例を挙げることで、その実効性をアピールできます。
また、独立社外役員の選任方針と独立性基準、専門性の確保に向けた取り組みについても詳細に記述します。特に、多様なバックグラウンドを持つ役員を登用することで、経営の客観性を高め、ステークホルダー全体の利益を最大化する方針を明確に示します。
内部管理体制は、単に規程を整備するだけでなく、それが上場企業として実効性をもって機能していることを証明する必要があります。その実効性を担保するのが、リスク管理と統制における多層的なチェック機能、すなわち「三線ディフェンス」の考え方です。
| 第一線 (事業部門等) | 各事業部門が日常業務の中に統制手続きを組み込み、自らのリスクを管理し、是正する体制(セルフコントロール)が機能していることを示す |
| 第二線 (管理部門) | 法務、経理、コンプライアンスなどの管理部門が、全社的なリスク管理方針の策定や、第一線が適切に機能しているかのモニタリングとサポートを行う |
| 第三線 (内部監査) | 内部監査部門が、専門性と独立性を有する人員を配置し、年間監査計画に基づき、第一線および第二線の業務プロセスや内部統制の有効性を検証する |
監査結果は定期的に経営陣に報告され、是正措置の進捗管理を徹底することで、指摘事項の改善を確実に実行していることをアピールします。
さらに、三様監査(内部監査、監査役監査、会計監査)の連携状況についても、定期的な情報交換や会議体の設置など、具体的な取り組みを明記することで、この多層的なチェック体制が機能し、貴社の組織的な健全性を証明する根拠となります。
上場企業に求められるのは、法令順守は当然の前提として、あらゆるリスクを網羅的に管理し、問題があれば直ちに是正することができる体制を構築できていることです。情報セキュリティ、情報管理、不祥事防止、ハラスメント対策など、各種リスクに対する体制と取り組みを詳細に記載します。
重要なのは、これらの体制が一度きりのものではなく、継続的に運用され、改善されていることを示すことです。リスク管理委員会などを設置し、各事業部門からリスク情報を集約・評価することで、潜在的な脅威を早期に特定・対策する体制を構築する必要があります。
また、外部専門家(弁護士、監査法人など)との連携状況も、体制の信頼性を高める重要な要素です。これらの取り組みは、企業価値を守り、持続的な成長を支える基盤となります。
法令遵守にとどまらず、「企業価値の維持と持続的成長のための仕組み」として体制を提示することが鍵です。
申請書類の作成は、単なる「書類整備」ではなく、企業の統治構造と開示体制を磨くプロセスです。
当事務所では、法務・会計などの専門的知見及び多数の上場支援を行ってきた豊富な実績に基づき、上場審査における書類作成支援を中心に、IPO課題診断、課題に対する改善策の策定・実行、適切なガバナンス・内部管理体制の整備など総合的な支援を行っています。
「何から始めればよいかわからない」「主幹事との調整に時間が取れない」などの課題がございましたら、ぜひご相談ください。
企業の実情に応じた実務的なサポートを通じて、上場審査を見据えた最適な申請書類作成を支援いたします。
当事務所では、IPOに向けた「自己診断チェックリスト」をご用意しています。チェックリストの内容を踏まえた無料相談をご希望の場合は、フォーム送信後に届くご案内メールに記載のURLからお申し込みください。
申請書類の作成や体制整備にお困りでしたら、まずはお気軽にご相談ください。貴社の実情に応じた対応は、個別のご事情を伺ったうえでご提案いたします。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、特定の事案についての法的助言を構成するものではありません。
また、本記事は一般的な情報提供を目的としており、将来予想の表現、特定他社との比較、所内ノウハウの詳細化は行っていません。実務適用にあたっては、貴社の状況に応じた個別のご相談をご検討ください。