特許権と実用新案権、どちらを選ぶべき?知っておきたい違いと選択のポイント

Patent Attorney
Toshihiko Adachi
Takumi Tashiro

ChatGPT、Gemini、Claude等々、生成AIは単なる話題の技術にとどまらず、SaaS、コマース、業務自動化、教育、ヘルスケアなど、あらゆる分野でビジネスの現場に急速に浸透しています。しかし、誰もが生成AIを使える時代においては、「使うこと」自体に差異化の力はなくなっていきます。現在、多くのスタートアップの皆様方が、生成AIを組み込んだ独自のプロダクトやサービスを開発して事業化に取り組んでいらっしゃいます。そのような中で、自社の優位性をどこで築き、どのように守ればよいのか、という疑問をお持ちの方も多いと思われます。この論点は、単なる法務の話にとどまらず、将来の資金調達、競合との交渉、提携時の立場を決める事業戦略を見据えた話でもあります。本記事では、特許の基本的な考え方を踏まえつつ、生成AIを活用するスタートアップが今、押さえておくべきポイントを解説します。
「これって特許になりますか?」
生成AIを活用するスタートアップの経営者様からよく受ける質問の一つです。独自のプロンプト生成アルゴリズム、LLM(大規模言語モデル)の出力を制御する工夫、外部APIとの連携、UIとの統合、等々、いずれも技術としては新しく感じるものの、それが発明としてどのように評価されるのかが分からない。そのような印象をお持ちのスタートアップの経営者様も多いと思われます。そこでまず確認すべきは、日本の特許法における「発明」の定義です。
日本では、法律上、特許として保護されるのは「自然法則を利用した技術的思想の創作」です。これを少し噛み砕くと、特許として保護されるためには、発明は次の3つの条件を満たす必要があります。
数式や理論の羅列ではなく、プログラム・ハードウェア・ネットワークなどの自然法則に基づいた技術で実現されていることが必要です。例えば、「生成AIを使って生成されたSOP(Standard Operating Procedures、標準作業手順書)の出力内容が、業務アプリと連携し、入力補完や通知機能と連動する処理」というような実装構成を明らかにすることで、自然法則に基づいた技術との要件を満たし得ます。
アイデアが、単なる設計思想や概念で止まらず、システム構成・処理手順といった具体的手段で、実行可能に明示されていることが必要です。例えば、「生成AIでセールストークを生成する」という設計思想で止まらず、「顧客属性×過去の対応ログを入力 → プロンプト自動生成 → 出力文章を営業管理画面に統合表示」というように、処理フローや接続先までを具体化する必要があります。
創作とは、新たなものを創り出すことです。この点で、発明は、単なる発見とは区別されます。例えば、特定のプロンプトや特定のモデルを使うことで望ましい出力が得られることを「発見」しただけでは、創作とはいえません。この「発見」を「発明」に昇華させる必要があります。特定のプロンプトや特定のモデルが望ましい出力をもたらす作用を深堀りすることで、この作用を再現可能な仕組みとして設計できれば、創作になり得ます。
生成AIの技術を単に「使っている」だけでは、競合との差がつかない時代に突入しています。ChatGPTもGeminiもClaudeも、APIで呼ぶことは容易です。では、何が差異化になるのか?どこに自社の知的財産を築けるのか?その答えは、技術を構造的に深く掘り下げていくことで見えてきます。さらに、この掘り下げのポイントを意識することで、差異化可能な点を抽出しやすくなります。以下は、生成AIの技術の特許化を考えるためのポイントの例です。
生成AIをどのような分野に活用するにせよ、単にプロンプトを入力し出力を得ることを特徴とするだけでは、特許取得は困難です。例えば、顧客属性、過去の操作履歴、等々の情報から、ある特定の情報を選択し、選択した情報をある特定の方法で加工し、ある特定のタイミングでAIに受け渡すことにより、出力の質が最適化されたとします。この情報の選択、加工、および受け渡しのタイミングのいずれかに独自性があれば、その点に特許が認められる可能性があります。
例えば、短文はClaude、要約はGPT、対話はGeminiというように、処理ごとに最適なモデルを選び、切り替える動的分岐ロジックを体現したフローとすることで、出力の精度に向上が見られたとします。このような、出力精度の最大化を図る設計には、特許が認められる可能性があります。また、出力精度の最大化を図ることができる、という効果を主張できれば、特許取得の蓋然性がさらに向上します。
生成AIは、万能ではありません。出力が得られたものの、トーンが合わない、不正確な情報が混ざる、表現が攻撃的すぎる、等々、設計者の意に沿わない出力となることが頻繁に起こることは、多くのユーザーが感じていることではないでしょうか。
だからこそ、出力の内容チェックと、出力の中で何をどのように修正するかの“フィルタ設計”は重要です。例えば、ユーザーの年齢に応じて語調を変える、目的との関連性(目的に合致しているか)をスコア化しスコアが一定基準を満たさない出力は非表示にするか、または再生成する、等のフィルタ設計があり得ます。このような制御が再現性のある処理として規定できれば、その点に特許が認められる可能性があります。
生成AIの出力の精度は、学習のループを循環させる回数が多いほど高まる傾向にあります。したがって、出力に対するユーザーの評価(例えばクリック率、ユーザーに修正された出力、ユーザーに無視された出力等)にもとづく次回のプロンプトの最適化、次回のモデル選択への反映、等を再現性のある処理として規定できれば、その点に特許が認められる可能性があります。
生成AIが裏側で動いているだけでは、ユーザーは価値を実感しにくいものです。UI上でのAI出力の表示態様、そのAI出力とユーザー操作との連動の巧拙次第で、UX(ユーザー体験)は大きく変わり得ます。例えば、テンプレートの中に生成文が動的に埋め込まれたり、対話を進めるにつれて内容を機動的に書き換えたりすることで、ユーザーは操作と出力との関係を直感的に把握しやすくなります。このような直感的な操作を支えるUIには、特許が認められる可能性があります。
日々の実務において、人間は暗黙のうちに、特定用途に向けたスタイルで文章を作成しているものです。例えば、法律文書であれば法律文書らしいスタイルで作成し、顧客対応の文書であれば顧客との対話を意識したスタイルで作成します。このような目的特化型の文章を生成AIに生成させるためには、用途と出力とを連動させる設計が求められますが、このような設計に対して特許が認められる可能性があります。例えば、法律文書の生成では条番号の引用を制御する処理、顧客対応の文書であれば敬語のテンプレートの自動挿入等が挙げられます。
上記①~⑥に共通することは、単に「生成AIを使っている」のではなく、使い方・構成・制御・最適化の設計に創作性がある、という点です。多くのスタートアップの皆様方は、プロダクトを磨く過程で自然にこうした工夫を積み上げていると思われます。以上のような観点で自社の技術を見直していただくことで、特許化のためのヒントが得られると思われます。
また、こうした工夫の価値が「知財」として定義され、守られているかどうかは、事業のスケーラビリティや将来の評価に直結します。今、あなたの開発チームが日々積み上げている工夫の中に、「守れる技術」が埋もれているかもしれません。それを特許化することで、競争優位を獲得できるかもしれません。
生成AIの技術を特許化する際には、全てを「出願すればいい」というわけではありません。むしろ、戦略的に特許化しない判断をすべきケースも存在します。以下では、特許化を控えるべき典型的なポイントと、その理由について整理して解説します。
業務ノウハウやプロンプト設計パターン(注)等については、特許を取得しても侵害確認が困難です。一方で、特許を出願すると、出願から一年半を経過した時点で、出願内容が公開されます。したがって、出願内容は、他社に知れ渡ることとなります。このため、このような技術について特許を出願してしまうと、業務ノウハウ等を他社に盗まれる危険性が高くなります。
(注)生成AIの挙動を技術的・構造的にコントロールするための設計ノウハウを指します。
API仕様のような設計は、短期間(例えば数か月等)で変更になる場合があります。特許を取得しても、その時点でその技術が残っていなければ無意味な投資となってしまいます。また、このような技術については、特許を取得しても、他社が回避することが比較的容易です。したがって、この意味でも、特許を取得する意義が比較的薄いといえます。
このように、生成AIを活用したプロダクトにおいては、「すべてを特許化する」のではなく、特許で守るべき技術と特許化を控える技術とを区別することが重要です。
上記のように、特許はプロダクトを守る武器となり得ます。このことに加え、生成AI時代のスタートアップにとって、特許は「経営の武器」としての価値も持っています。以下、三つの視点から、経営者が今、特許を押さえておくべき理由を解説します。
生成AI領域では、独自性のある使い方・構成・制御・最適化の設計が事業価値の源泉となり得ます。VCや事業パートナーは、技術にこのような独自性があるかを注視しています。このような技術を特許化しておくことが、技術的信頼性の証拠になり得ます。特に、生成AIを活用したプロダクトに関しては、競合のプロダクトとの相違点を見た目で判断することが困難です。したがって、自社の独自性を言語化している特許文書は、VCや事業パートナーへの大きなアピールになり得ます。
今後、あらゆる企業が生成AIを活用していくと予想されます。したがって、他社による類似機能・後追いが避けられません。そのとき、特許を取得していれば、自社が先行していたことの証拠となり、交渉やけん制の材料になり得ます。交渉では、「技術の持ち分」、「誰がどこまで使えるか」が必ず問われます。したがって、特許を取得しているかどうかが提携条件そのものに影響を与えます。
生成AIを活用しているスタートアップでは、日々の高速な実験と検証のなかで、多くの技術的知見が生まれていると思われます。しかし、これらの創意工夫が「属人化して消えていく」ことは珍しくありません。特許出願は、単に権利を得るためだけでなく、技術の棚卸しと記録の仕組みとしても機能し得ます。
例えば、「なぜこのプロンプト構成なのか?」「なぜこのモデル切替えロジックにしたのか?」「なぜこのUIと連動した生成タイミングにしたのか?」等々、このような判断の蓄積を「再現可能な構成」として文書化することで、社内のナレッジが蓄積され、継続的改善が容易になり得ます。
以上説明してきたとおり、生成AIの時代においては、単なる技術的差異だけでなく、独自性のある生成AIの使い方・構成・制御・最適化の設計力が、事業成否に直結し得ます。生成AIを活用するスタートアップこそ、特許化のためのアイデアの掘り下げ方を磨き、技術と事業の橋渡しとして特許を活用していくことが求められています。
法律事務所ZeLoには、生成AIの特許出願に関する知見を豊富に有する弁理士が在籍しています。皆様のビジネスの伴走者として、生成AIのご発明を効果的な特許に導きますので、ぜひお気軽にご相談ください。