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【弁護士が解説!】2021~2022年IPO実施企業の優先株式の設計とは?「優先配当権」「優先残余財産分配権」「希釈化防止条項」の観点から分析

スタートアップ企業は、優先株式を用いてVC等から資金調達を行うことが一般的です。そして、資金調達のラウンドごとに、異なる種類の優先株式の発行を行います。スタートアップ企業が活用する優先株式の設計には、標準的な枠組み・条項がありますが、そのなかでどの程度のバリエーションがあるのかについて、公開されている統計データが多くあるわけではありません。そこで本記事では、2021年~2022年にIPOを行ったスタートアップ企業の優先株式の設計について、登記情報をもとに分析・整理し、その結果を解説します。

【弁護士が解説!】2021~2022年IPO実施企業の優先株式の設計とは?「優先配当権」「優先残余財産分配権」「希釈化防止条項」の観点から分析
STARTUP-FINANCE
PROFILE
Daiki Matsuda

Attorney admitted in Japan

Daiki Matsuda

Fumihiko Ogata

Attorney admitted in Japan, Japanese Certified Public Accountant

Fumihiko Ogata

Graduated from The University of Tokyo(BA) in 2013.Passed Japanese CPA exam in 2014.Joined Deloitte Touche Tohmatsu LLC in 2015, engaged in statutory audits for listed companies in Japan, audits for companies preparing for Initial Public Offering, audits for funds in Japan and Cayman Islands, etc.Passed Japan Bar Exam in 2020.Joined ZeLo in 2022.

対象とする企業・着目ポイント

本記事による分析・整理の対象とする企業(以下「対象企業」)は、以下の2点を基準として選定しています。

  1. 2021年~2022年に東証のマザーズ/グロース市場に上場した企業であること
  2. 優先株式(便宜上、優先残余財産分配権の有無で一律に判断)の発行が「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」及び登記情報から確認できること [1]

この結果、対象企業の数は、2021年のIPO事例で20社、2022年のIPO事例で32社となりました。

本記事では、優先株式の各条項のうち、「優先配当権」・「優先残余財産分配権」・「希釈化防止条項」の3つに着目し、これらが対象企業の優先株式においてどのように規定されていたかを整理しました。

優先配当権

優先配当権とは、普通株主に優先して配当を受けとることのできる権利をいいます。優先配当権の内容については、①各年度で優先配当を受けられる金額、②優先配当後に普通株主に対して優先配当が行われる場合に優先株主も参加できるか(参加型or非参加型)、③各年度の優先配当金額のうち未配当部分が翌年度以降に累積するか(累積型or非累積型)の点が主なポイントとなります。

スタートアップ企業は通常配当を行わないため、優先配当権の意義は基本的には配当の抑止的な意味合いを持つにとどまります。しかし、累積型の優先配当権を設定する場合、未払配当金の累積金額を残余財産の優先分配額に反映させる設計とすることが多くあります。この場合には、M&Aや清算の際の株主への分配額が変わってくることになるため、スタートアップ企業にとって優先配当権の内容が実際的な意味を持ちやすくなります。

国内のスタートアップ企業において、優先配当権の設定をすることは多くない上、特に上記のとおり実際上の影響を持つ累積型の優先配当権を採用するケースはまれであると言われています。

以上を踏まえ、対象企業の優先配当権に関する状況を整理すると下表のとおりとなりました(優先配当権について、同一の会社で異なる設計を採用することもあり得ますが、対象企業でそうした事例は見られませんでした。)。対象企業では、優先配当権の設定をしている事例は半数超存在しましたが、累積型の優先配当権を設定している例は少数にとどまっていることが認められました。

【優先配当権の設定の調査結果】

優先配当権の類型2021年IPO2022年IPO
【参加】非累積6社9社
【参加】累積0社1社
【非参加】非累積2社4社
【非参加】累積0社0社
不明(※)3社4社
優先配当の定めなし9社14社
合計20社32社
※:累積型・非累積型の別が明記されておらず不明なもの

優先残余財産分配権

優先残余財産分配権は、会社を清算する際に残余財産の分配を優先的に受けられる権利をいい、M&Aの際にも当該規定に準じる形で対価の分配を行うことが一般的です。

優先残余財産分配権の内容については、①払込金額の何倍を優先分配するかという点、②優先分配後に優先株主・普通株主の間でどのように残余財産を分配するかという点、③優先分配について優先株式間で優先順位を付けるか同順位とするかという点が主なポイントとなります。

このうち、②については、参加型・非参加型・Cap付参加型の3類型に分けることができ、その概要は以下のとおりです。なお、優先株主には、優先残余財産分配権を放棄(=普通株式を対価とする取得請求権を行使する等)して普通株主と同じ立場で持分比率に応じた分配のみを受けるという選択肢があり、非参加型およびCap付参加型の場合にはいずれかリターンの大きい方を選択することとなります。

  • 参加型:優先分配後、普通株主と優先株主の間で一律に持分比率に応じて残余財産を分配する方式
  • 非参加型:優先分配後には普通株主のみに残余財産を分配する方式
  • Cap付参加型:優先分配後、普通株主と優先株主に対して持分比率に応じた残余財産の分配を行うが、優先株主に対する分配額について一定の上限を設ける方式

国内のスタートアップ企業では、払込金額の1倍を参加型で分配する方式(1倍・参加型)が標準的と言われています。また、③の優先株式間の順位については、優先順位を付す方式(後続ラウンドの優先株式ほど優先される方式)を標準とする傾向が見られるように思われます。

以上を踏まえて、まず②について整理すると、対象企業の状況は下表のとおりとなりました(対象企業では、同一の企業で複数の設計を採用している事例はありませんでした。)。実際に参加型の優先株式を採用する企業が多数を占めていることが確認できます。

【参加型・非参加型・Cap付参加型に関する調査結果】

2021年IPO2022年IPO
参加型17社27社
非参加型1社3社
Cap付参加型2社2社
合計20社32社

次に、参加型を採用していた2021年IPOの17社、2022年IPOの27社について、①の優先分配額の倍率および③の優先株式間の優先順位を整理すると下表のとおりとなっていました。なお、優先分配額については、同一の対象企業において、優先株式の種類に応じて複数の倍率を設定している例も多く見られ、便宜上、当該企業で最も高い倍率を記載する形で整理しています。また、基準となる払込金額が明記されていない場合には、優先株式の登記情報の記載から可能な限り推定して算定しています [2]

優先分配額については、標準的とされる1倍を採用している企業がやはり多数を占めていますが、変則的な設計も含め、一定のバリエーションが確認できます。また、優先株式間の優先順位については、発行順・同順位共に一定数ずつ存在し、むしろ同順位の方が少し多いという結果になりました。

【参加型を採用した対象企業における優先分配額の倍率の調査結果】

2021年IPO2022年IPO
1倍のみ15社20社
1 < x≦1.50社3社
1.5< x≦22社 (※1)2社(※2)
その他0社2社(※3)
合計17社27社
※1:当初2倍だが、発行後5年を経過した後は3倍とする優先株式が存在した。
※2:1倍の優先分配に加え、各優先株主への優先分配後になお残余財産がある場合には追加で1倍の優先分配権を行う旨の定めをすることで、計2倍の優先分配額となる優先株式が存在した。
※3:「3倍+累積未払配当金(年5%)」の設計が1社、登記情報で優先分配額の倍率が確認・推定できなかったものが1社存在した。

【参加型を採用した対象企業における優先株式間の優先順位の調査結果】

2021年IPO2022年IPO
発行順(…B>A)(※1)6社10社
同順位(…B=A)9社14社
その他2社3社
合計17社27社
※1:発行が後の優先株式ほど優先する方式

最後に、2022年IPOの対象企業に限り、参加型以外の優先株式を採用した企業について、その設計の状況を整理すると下表のとおりです。

【2022年IPO実施企業のうち、参加型以外の優先株式の設計の状況】

企業名種別優先順位優先分配額
モイ(株)非参加同順位1倍
(株)property technologies非参加同順位1倍+年6%
オープンワーク(株)非参加同順位1倍
(株)サイフューズCap付参加同順位1.5倍
(株)フーディソンCap付参加発行順1倍

希釈化防止条項

希釈化防止条項とは、優先株式の発行価格よりも低い価格で株式等を発行した場合(=ダウンラウンドとなった場合)に、優先株式を普通株式に転換する際の1株あたりの金額(取得価額)を調整する条項をいいます。払込総額を取得価額で割って転換される普通株式数を算定するため、取得価額が発行価格の2分の1になれば、転換される普通株式の数は2倍になることになります。これにより、上場時に普通株式に転換された後の持分比率が調整され、投資家はダウンラウンドによる希釈化の影響を抑えることができます。また、残余財産の分配にあたっても、持分比率に応じて分配する際には転換後の持分比率を基準とするため、会社の清算やM&Aの場面においても調整結果が反映されることになります。

調整方法は、大きく加重平均方式とフルラチェット方式に分けられます。その概要は以下のとおりです。国内のスタートアップ企業の優先株式では、加重平均方式が原則的な条項とされています。

  • 加重平均方式:当初発行価格とダウンラウンド時の株価とを発行数で加重して平均する形で取得価額を算出する方式(フルラチェット方式よりも相当に緩やかな調整となる。)。さらに、発行済みの新株予約権の個数を考慮する「ブロードベース方式」と考慮しない「ナローベース方式」に大きく分けることができる(ブロードベース方式の方が緩やかな調整となる。)。
  • フルラチェット方式:ダウンラウンド時の株価を転換価額として調整する方式。投資家は、ダウンラウンド後の株価ベースで転換できるため、希釈化の影響をほとんど受けないこととなる。

対象企業における希釈化防止条項の方式を整理すると、下表のとおりとなりました。対象企業では、同一の企業で最大二つの設計が混在している例が複数あったところ、そのような事例では重複してカウントして延べ企業数を記載する形としています。結果、原則的とされている加重平均方式を採用する企業が実際に多数を占めていますが、フルラチェット方式を採用している企業も一定数確認することができました。

【希釈化防止条項の採用状況の調査結果】

希釈化防止条項2021年IPO2022年IPO
【加重平均方式】ナローベース12社16社
【加重平均方式】ブロードベース3社10社
フルラチェット方式5社6社
調整なし2社4社
その他0社1社(※)
合計(延べ)22社37社
※:普通株式発行時にはフルラチェット方式、潜在株式等発行時にはナローベース方式による調整を行うとする優先株式が存在した。

2021年~2022年にIPOを行った企業の優先株式設計の調査結果のまとめ

本記事では、対象企業の優先株式の設計を、主なポイントについて整理・比較しました。分析の結果、一般的に標準的であると言われている設計(優先配当権なし、1倍・参加型の優先残余財産分配権、加重平均方式の希釈化防止条項)を取っている事例が実際に多数となっていることが確認できました。他方で、以下の点については、やや意外な結果と言えるかもしれません。

  • 優先残余財産分配権に係る優先株式間の優先関係について、同順位とされている事例が半数程度見られたこと
    (日本では、後発の優先株式を優先する設計が標準的とされることが多いように思われます。)
  • 優先残余財産分配権について、非参加型やCap付参加型の活用例も一定数存在していること
    (前述のとおり、日本では参加型が圧倒的多数と言われているなかで、それ以外の設計の事例も一定比率存在することは特筆に値します。)

上記の2点について、米国では、同順位かつ非参加型の設計が圧倒的に多数であるとされています [3]。近時では、海外VCからの将来的な調達を目指す等の理由から、米国の標準的な設計を取り入れる動きも見られるところであり、今後日本でのトレンドも変わってくる可能性があります。

なお、スタートアップ企業の多くはIPOまでに多数回にわたって優先株式を発行しますが、初期に発行した優先株式の条件を以降のラウンドでも踏襲する傾向にあります(実際、対象企業でもそうした傾向が認められました。)。そのため、対象企業の優先株式の内容は、必ずしも最新のトレンドを反映していない可能性がある点には留意が必要です。

スタートアップ企業の優先株式の設計は、最終的には、市況や企業のバリュエーションなどを踏まえながら、スタートアップ企業と投資家の間の交渉のなかで決められていきます。もっとも、その交渉の出発点として、現在のトレンドを把握したり、「非標準的」な優先株式の設計事例や数を理解したりすることは非常に重要といえます。本記事が、そうした際の一助となれば幸いです。

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[1] 2. については、便宜的に、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」から「優先株式」・「種類株式」という記載の有無を検索により確認し、これらを含む名称の種類株式の発行が確認できた場合に当該企業の登記情報を取得して種類株式の内容を確認する、という方法を取っています。

[2] 優先株式を普通株式に転換する「取得比率」の算定において用いられる「基準価額」は払込金額と同一とすることが一般的であることから、これを払込金額として推定しています。

[3] 米国の法律事務所(Wilson Sonsini Goodrich & Rosati)のレポートで実際のトレンドを確認することができます。2022年のレポートはこちらを参照。

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