スタートアップが特許出願を検討する際に最低限押さえておくべき留意点は?メリットは?弁理士が解説
弁理士
足立 俊彦
皆様は、特許庁が毎年実施している技術動向調査というのをご存じでしょうか?これは、市場創出に関する技術分野、国の政策として推進すべき技術分野を中心に、今後の進展が予想される技術テーマを特許庁が選定し、特許文献や非特許文献を調査して、出願状況や研究開発の方向性をまとめたレポートです。実際、過去には「インターネット社会における検索技術(PDF:950KB)」(平成20年度)、「3Dプリンター(PDF:4,661KB)」(平成25年度)、「インフラ設備のIoTを活用した維持管理技術(PDF:2,259KB)」(令和元年度)など、その時代の注目度の高い技術テーマが採用され、我々知財実務者にとってだけではなく、スタートアップ・ベンチャー、大中小企業などの経営者、マネージメントの方々にとっても非常に貴重な情報が収録されています。なお、令和2年度には、触覚センシング、スマート農業、Mobility as a Service、中分子医薬等の技術テーマが予定されているようです。
現在は、特許検索データベースや様々な特許分析手法の進歩により、技術動向のマクロ調査を行う手法は様々あります。そのような中でも、この技術動向調査の最大の特徴は、数万件を超える文献を対象としていること、この膨大な量の文献を読み込みその技術テーマに即した分類(課題や用途など)を付して分析していることにあると思います。事実、我々のような一弁理士や一事業所単位で、このレベル・質と同等のマクロな調査を行うのは、人、費用、時間などの様々な制約があり、非常に困難なのが実情です。
したがって、是非、特許庁が提供している技術動向調査のうち、ご自身が関係する技術分野については一読することをお勧めいたします。
近年、知財情報を経営戦略策定に用いる様々な手法も発達し多くの知財調査会社や特許事務所が様々なサービスを展開しています。しかし、特にスタートアップ・ベンチャーなどの皆様は、もちろん経営的な視点からの疑問もあるかと思いますが、「特許出願したところで他の会社は権利活用のことを考えているのか?」、「権利活用っていうけれど、どうやってそれを見越した出願をすればいいのか?」など、もっと個別具体的なところの疑問も多くあるように思われます。
ここでは、上記の技術動向調査で実施された技術テーマの中から、弊所のクライアント様の中で比較的注目度が高い技術テーマ(電子ゲーム、ドローン及び電子決済システム)に絞って、簡単にできる特許分析による知財戦略の予測の例をご紹介してみたいと思います。 (なお特許庁の技術動向調査とは使用した特許検索データベース、検索対象期間(2009年1月1日~2018年12月31日)及び検索条件が異なるため、細部において特許庁の技術動向調査の結果とは完全に一致するとは限らない。 )
なお、この予測にあたり、各技術テーマで抽出された特許文献を、「情報提供の有無(又は数)」、「閲覧請求の有無(又は数)」及び「分割出願か否か」の3項目で評価しました。これら3項目のうち最初の2項目、つまり「情報提供の有無(又は数)」、「閲覧請求の有無(又は数)」は、各特許に対して競合他社などの第三者が起こすアクションであるため、第三者からの注目度をはかる指標として有益なものとなります。また、残りの1項目、つまり「分割出願か否か」は、分割出願を行う理由は様々あり一概に断言することはできませんが、第三者に対して権利活用(知財訴訟だけではなく、第三者とのライセンスなども含みます。)をするときに戦略的に用いられる出願であるため、出願人がどの程度権利活用を見越した戦略をとっているのかをはかる指標となりえます。
下記表は、上記3項目ごとに、全出願件数中で第三者からアクションを受けた出願の割合を比較したものです。( 分析の母集団となる出願件数は、電子ゲームが13107件、ドローンが3843件、電子決済システムが3223件。 )
「電子ゲーム」の分野には、いわゆる家庭用ゲーム機、アーケードゲーム機などに加え、それらで行われるゲームソフトやスマートフォン用のゲームアプリケーションが含まれます。この分野では、カプコンとコーエーテクモゲームス、グリーとスーパーセルなど、近年多数の知財訴訟が提起され、最も権利活用が活発な技術領域の一つと言えます。また、「電子決済システム」の分野も「特許紛争の火種」として注目を浴びつつある状況にあります。
このような電子ゲームや電子決済システムの分野と比較すると、ドローンの分野は情報提供を受けた出願の割合及び閲覧請求された出願の割合ともに低い数値であり、まだまだ先の2分野と同じような特許紛争の火種がくすぶっていたり、特許訴訟を活発に行うというような状況にはないことが推測されます。
しかし、以下のグラフ1ように、出願年ごとにその件数の推移をみると、ドローンの分野における特異性がみてとれます。
電子ゲームの分野は、出願件数が調査期間の10年間で比較的安定的に推移している一方で、閲覧請求数は2013年をピークに減少しています。同様に、電子決済システムの分野でも、出願件数は調査期間の10年間でやや上昇傾向にあるものの、閲覧請求数は2012年をピークに減少しています(グラフ2を見ると出願件数よりも登録件数と閲覧請求数に一定の相関があると思われます。また、この閲覧請求数の減少は、出願後1年半は公開されないこと、出願された特許がすべて審査されるわけではないことなどの法律実務上の理由や、J-PlatPatの機能充実により閲覧請求をせずとも審査書類をデータベース上で確認できるようになったことなどのシステム上の理由があると推測されます。)。
他方、ドローンの分野では、グラフ1を見ると、出願件数が2014年以降に急激に伸びるとともに、まだまだ件数自体は多くないものの、その伸びに追従するように閲覧請求数も増加しています。また、グラフ2のように、登録件数と閲覧請求数に一定の相関があると見受けられることから、2014年以降に出願された特許が登録され、その閲覧請求数も増加することが予測されます。
したがって、特許紛争の火種がくすぶり知財訴訟が活発に行われている電子ゲームや電子決済システムの分野と同様に、ドローンの分野でも権利活用が活発化しそれらを見越した知財戦略が必要となりそうです。
次に、分割出願件数の推移を見てみます(グラフ3)。この分割出願は、上記のとおり、第三者との知財訴訟やライセンスを見越して戦略的に用いられる出願であるため、出願人がどの程度それらを見越した知財戦略をとっているのかをはかる指標となりえます。
やはり、こちらでもドローンの分野の特異性がみてとれます。電子ゲーム及び電子決済システムの分野では登録件数の推移と同じような推移を示しているのに対し、ドローンの分野では登録件数に関係なく件数が急激に伸びています。特にここ数年(特に2017年以降)の伸びは顕著で、これはまだ親出願の審査がなされている出願段階から積極的に分割出願を利用して自社の特許ポートフォリオを拡充しています。
下記グラフ(グラフ4)は、ドローンの分野で分割出願を行った出願人TOP10を示したものです。これを見ると、分割出願を積極的に活用しているのは上位数社に限られています(実際に上位数社のホームページを拝見すると非常に興味深い取り組みをしています。)。
先に挙げた特許庁が実施している技術動向調査において、ドローンに関しては、「(出願人の国籍のうち)日本国籍は、特許パテントファミリー件数比率で6.1%しかなく、他国が既に確立している技術を追いかけるだけではなく、未だ開発途上の技術にも注力するといった戦略的な対策が必要である。」と提言しています。
確かに後追い技術ではなく独自技術を追い求めることも重要です。しかし、これに加えて、独自技術や後追い技術に関係なく、そもそも分割出願などを活用して、特許紛争の火種がくすぶり知財訴訟が活発に行われるという、今後予測される未来に向けて、特許ポートフォリオの拡充に努める必要がありそうです。
今回紹介した「情報提供の有無(又は数)」、「閲覧請求の有無(又は数)」及び「分割出願か否か」という分析項目は、実は特許分析では非常にクラシカルな項目です。実際、商用の特許検索データベースを利用すれば簡単に調べることができます。当然、スタートアップ・ベンチャーの皆様などが自ら行うのは難しいとは思います。しかし、業界の動向を予測することや競合他社を知ることは、個別具体的な疑問の解決に役立つだけでなく、知財戦略を考えるうえでの重要な一歩です。外部リソースなどを活用することも可能ですので、是非、特許分析の世界に触れて頂ければ幸いです。
弊所では特許調査会社出身の弁理士を含め、弁理士・弁護士がチームとなって、特許分析に基づく知財戦略策定のサポートを行っています。自社の知財戦略についてもう一度見直してみたいお客様は、是非一度弊所にご相談ください。