スタートアップが特許出願を検討する際に最低限押さえておくべき留意点は?メリットは?弁理士が解説
弁理士
足立 俊彦
商品やサービスに付ける「ロゴ」や「ネーミング」を財産として守ることができる権利、「商標権」。商標権は自社の商品・サービスについている信用を保護し、自社の事業・ブランドを守り育てるうえで重要な役割を果たします。しかし、近年リリースしたばかりの商品のネーミングなどが、関係のない第三者に先に出願されてしまう「商標トロール」の被害が散見されます。今回は、商標トロールに巻き込まれるパターンや先に第三者に出願されないための対応方法について解説します。
目次
この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。
2 この法律で「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。
知的財産基本法 第2条
知的財産は、人間の創造的活動により生み出される成果や事業活動に有用な技術上または営業上の情報を指し、出願人に一定期間の独占権を与える知的財産制度や様々な法律で保護されています。知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権および商標権の4つの権利を「産業財産権」といい、特に事業を起こし運営するにあたって重要な権利となります。
自社が独自に開発した商品・サービスや発明は、知的財産権として守ることができ、他社の参入や模倣の防止、ブランド価値の保護が可能になります。しかし、知的財産権の中には、自動的に付与されるのではなく、自社で出願し権利を取得しなければいけないものが数多くあります。
そのため、自社の「知」をどの権利で守るのか、どのタイミングでどう取得し、どのように活かすかを考える知財戦略の検討が必要になります。
創業前後などの早い時期に知財戦略を考えることは非常に重要ですが、実状、創業前に知財戦略を検討・構築しているスタートアップ企業は、非常に少なく、2021年7月に公表された「特許行政年次報告書 2021年版」によると、スタートアップ企業のうち機械・電気等の業種では2割、ITの業種に限っては1割という低い割合にとどまっています。
特に、商品・サービスなどの識別を可能にする「商標」を保護することは、自社の事業戦略・ブランド戦略を検討するうえで欠かせません。しかし、実際は戦略的に商標登録ができている企業は非常に少ないうえに、適切に検討していないことによって「商標トロール」にスキを与えてしまい、様々な不利益を引き起こすケースが散見されます。そうなると、企業のブランド価値を十分に保護できないだけでなく、金銭の要求や訴訟に発展する場合もあるため、その影響力は非常に大きいといえます。「商標トロール」に巻き込まれないためにも、知財戦略の検討・構築が重要となります。
商標トロールとは、自身のビジネスにおいて使用の意思がないにも関わらず、他社が使っている商標・使うであろう商標を取得する人や会社のことを指します。なかには、すでに商標を使用している企業に対して、商標トロールがライセンス料を請求する事例もあります。
商標トロールは特許庁でも問題視されており、2018年6月8日に「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」と注意喚起も行っています。商標トロールは、出願料を支払わず出願していることが多いため、瑕疵ある出願として一定期間経過後、却下処分されるケースが多くあります。そのため、仮にトロールによって先に出願されていたとしても、諦めずに追って出願すれば登録される可能性もあります。
しかし、最近では、出願料も支払い、商標登録の審査を進めている商標トロールも出現しているため、商標トロールに先に出願されてしまうまでの経緯や先に出願されてしまった場合の対処法をお話します。
商標トロールに先に出願されてしまう経緯には、2つのパターンがあります。
一つ目は、商品のリリース記事などを見た商標トロールに先に出願されるパターンです。商標はリリース後でも出願することができますが、先に出願されないためにも、リリース前またはリリースと同時に出願することをお勧めします。
二つ目は、一部の商品について出願はできていたが、すべての商品について出願していなかったため、出願していなかった部分について先に出願されるパターンです。
商標を出願する際は「商標登録を受けようとする商標」と、「指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分(=「商品・サービス」)」を指定します。
商標権の効力が及ぶ範囲は、以下の図のとおり「商標」および「商品・サービス」が同一または類似する範囲までです。そのため、商標を使用するサービスの一部を指定範囲にして登録していたとしても、指定していない範囲で商標が先に出願される可能性があります。意図して、サービスの一部しか指定範囲に入れていない場合もありますが、指定したはずなのに漏れていたという場合もあり、慎重に検討する必要があります。
商標を先に出願されてしまった場合、特許庁に対して、トロール商標を登録すべきでないと立証するために刊行物等提出書を提出することができます。こちらは匿名での提出も可能です。しかし、情報として提供するだけとなるため、この提出をもってトロール商標が登録されないことを確証されているものではありません。
そのほか、トロール商標が高い周知性を有している商標を真似している場合や、トロール商標よりも前に出願された商標とトロール商標が類似している場合、トロール商標が一般的な名称で識別力がないと判断された場合などは、トロール商標は登録されません。しかし、スタートアップの商品やサービスの商標はトロール商標を拒絶できるほど周知性が高くないことが多いため、トロール商標がそのまま登録となってしまう可能性があります。また、トロール商標を拒絶できたとしても、そのトロール商標が完全に消滅するまでには時間を要するため、自社商標の登録までには時間がかかってしまいます。
以上のとおり、商標トロールに先に出願されてしまった場合は、自社商標の登録は非常に困難といえます。そのため、何よりも、早期に、必要な範囲の商品・サービスを的確に指定して商標出願することが大切です。
出願時に指定する「商品とサービス」は特許庁が2022年12月に公表した「類似商品・役務審査基準〔国際分類第12-2023版対応〕」のとおり、45個の区分に分けられ、ひとつひとつの商品・サービスに類似群コードが付されています。出願する際は、区分に従って商品やサービス内容および範囲が明確に把握できるよう具体的に記載する必要があります。記載にあたり、特許情報プラットフォーム「商品・役務名検索」から過去に特許庁が採択した商標の商品・役務名を参考にすることをおすすめします。
しかし、区分・類似群コードは、同じ商品でも用途により異なったり、売る場合と貸し出す場合で異なったりと、非常に煩雑です。また、45個の区分の違いを正しく理解していないと、指定する商品やサービスの漏れが生じてしまいます。
カメラを例にどのように区分が分かれているのか見ていきましょう。
カメラにおいても以下のとおり、カメラの種類によってそれぞれ分類されています。一般的な風景や人物を撮るカメラは「第9類」ですが、デジタルカメラなのかフィルムカメラなのかによって付与されている類似群コードが異なります。また、医療機器に当てはまるカメラは「第10類」、おもちゃのカメラは「第28類」に分類されています。このように、様々な用途がある商品では用途別に区分が分かれていることが多くなっています。
区分 | 商品 | 類似群コード |
---|---|---|
第9類 | フィルムカメラ | 10B01 |
第9類 | デジタルカメラ | 11B01 |
第10類 | 内視鏡用カメラ | 10D01 |
第28類 | おもちゃのカメラ | 24A01 |
そのほか、カメラに関わるサービスとして修理や現像が考えられますが、これらもそれぞれ区分が異なります。例えば、カメラの修理は「第37類」、写真の現像は「第40類」、写真の撮影は「第41類」に分類されています。
区分 | サービス | 類似群コード |
---|---|---|
第37類 | カメラの修理 | 37D01 |
第40類 | 写真の修正・合成・処理,フィルムの現像,写真のプリント | 40D01 |
第41類 | 写真の撮影 | 42E01 |
また、カメラのレンタルに関しても、レンタルの対象物によって区分や類似群コードが異なっています。
区分 | サービス | 類似群コード |
---|---|---|
第41類 | カメラの貸与 | 42X15 |
第41類 | デジタルカメラの貸与 | 42X15 41M04 |
第41類 | ビデオカメラの貸与 | 41M04 |
第45類 | 監視カメラの貸与 | 42X08 |
水たばこを貸与してその場所で喫煙させ、ドリンクも提供するお店の商標で、実際にあった事例です。
水たばこの販売について「第34類の水たばこ用リキッド,水たばこ」、喫煙場所の提供・ドリンクの提供について「第43類の水たばこの喫煙施設の提供,飲食物の提供」が指定されていましたが、水たばこの貸与に関しては指定されていない事例がありました。
この場合、指定されていない「第45類の喫煙器具の貸与,水たばこ用の喫煙器具の貸与」と同一または類似の範囲では商標権の効力を主張することができず、また他者に先に出願されてしまう可能性もあります。
オリジナルキッチングッズを製造するメーカーの商標で、実際にあった事例です。
キッチングッズは第21類の商品であるという思い込みから、コップやお皿について「第21類の食器類」、フライパンや蒸し器について「第21類の鍋類」、泡立て器やおたまについて「第21類の調理用具」を指定して出願していましたが、カトラリーに関しては当然食器類に含まれていると考え、特に指定せず出願していました。
しかし、我々が日常的に使用している用語の意味と特許庁で採用されている用語の意味は必ずしもイコールとは限りません。カトラリーの代表商品であるスプーンとフォークは特許庁の分類では「食器類」ではなく、第8類に含まれる別の商品なのです。そのため、先述のメーカーは希望する範囲で適切に商標権を取得できていないという事態となってしまい、慌てて第8類を出願したという事例がありました。
プログラムを提供する会社の商標で、実際にあった事例です。
ダウンロードできるプログラムについて「第9類の電子計算機用プログラム」、ダウンロードできないプログラムについて「第42類の電子計算機用プログラムの提供」、通信について「第38類の電気通信(放送を除く)」が指定されていました。しかし、プログラムの保守やページの新たな開発に関しては指定されていませんでした。
この場合、指定されていない「第42類のインターネット等の通信ネットワークにおけるホームページの設計・作成又は保守」と同一または類似の範囲では商標権の効力を主張することができず、加えて他者に先に出願され取得されてしまう可能性もあります。
スタートアップの商品やサービスの商標は先に出願されてしまうと、周知性を認めてもらうことが難しいため、その後の商標登録が困難となります。そのため、リリース前に出願をすることをお勧めいたします。また、商標権の効力が及ぶ範囲に十分留意して出願する必要があります。現在、商標を使用している商品・サービスの範囲をカバーできている権利かどうか、数年ごとに確認することが大切です。
スタートアップの事業では、サービスが複雑なため、商標出願する際の区分を指定しにくい場合や、最先端領域へ挑戦しているために、どの区分に属するのかわかりにくい場合もあります。当事務所では事業内容やサービス内容について十分にヒアリングを行い、指定商品・指定役務の検討を行っています。また、出願後も、弁理士と弁護士がチームとなって、知財戦略や出願、契約、紛争までワンストップでサポートできる体制を構築しています。自社の知財戦略についてもう一度立ち返ってみたいという方は、是非一度ご相談ください。