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弁護士が解説!著作物のAI学習利用に関する海外制度と最新動向

生成AIの勃興と急速な普及により、誰でも簡単にテキスト、画像、動画などのクリエイティブコンテンツを生成できるようになりました。これに伴い、生成AIと著作権にまつわる議論も盛んになっています。中でも「生成AIのモデルのトレーニングのためのデータセットに、他人の著作物を本人の許諾なく用いてよいか」という点は、著作権法上の最重要論点の一つとなっています。本記事では、著作物のAI学習利用に関して、米国とEUの例を挙げつつ、各制度における法的論点の概要と最新動向を解説します。

弁護士が解説!著作物のAI学習利用に関する海外制度と最新動向
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PROFILE
島内 洋人

弁護士、AI Practice Group統括

島内 洋人

2017年東京大学法学部卒業、同年司法試験予備試験合格。2018年司法試験合格。2019年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2020年法律事務所ZeLo参画。クロスボーダー取引を含むM&A、ストック・オプション、スタートアップ・ファイナンスなどコーポレート業務全般を手掛けるほか、訴訟/紛争案件も担当。また、AI、web3、フィンテックなどの先端技術分野への法的アドバイスを強みとする。主な論文に「ステーブルコイン・DeFiとCBDC」(金融・商事判例1611号、2021年)、「スタートアップの株主間契約における実務上の論点と対応指針」(NBL 1242(2023.5.15)号)など。

日本における著作物のAI学習利用の現状

日本では、AIのイノベーションを推進する意図のもと、平成30年改正により創設された著作権法30条の4において広範に著作物のAI学習利用が認められており、「学習天国」と呼ばれることがあります。もっとも、例外的に同条但書に該当する場合には、本人の許諾なくAI学習利用することができないこととなります。

第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合

二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合

三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

但書の適用範囲をめぐっては様々な議論があります。2023年6月9日に内閣の行政機関である知的財産戦略本部から公表された「知的財産推進計画2023」においては「AI(学習済みモデル)を作成するために著作物を利用する際の、著作権法第 30 条の4ただし書に定める『著作権者の利益を不当に害することとなる場合』についての考え方」を「具体的事例に即して整理し、考え方の明確化を図ることが望まれる」との記載が盛り込まれました。今後、同条但書の適用範囲の明確化が期待されます。

他方で、日本国外においても同様に、「生成AIのモデルのトレーニングのためのデータセットに、他人の著作物を本人の許諾なく用いてよいか」という論点は、生成AIと著作権にまつわる最重要論点の一つとなっており、すでに訴訟が提起されている事例も存在します。

海外の著作物のAI学習利用に関する規定①ー米国

米国では、著作物のAI学習利用に関する個別的な規定は用意されておらず、フェア・ユースという一般例外規定によってカバーされることになります。フェア・ユースとは、著作物の無許諾利用について、主に以下の要素を考慮して、公正な利用であるといえる場合には、無許諾利用が著作権侵害にならない、という規定です(米国著作権法107条)。

(1)利用の目的・性質
(2)利用された著作物の性質
(3)利用された著作物の量や実質性
(4)利用行為が著作物の潜在的価値や市場に与える影響

これは、上記のように個別具体的な規定が用意されている日本とは異なる枠組みであり、日本と比較して米国では予測可能性が低いといえます。

これまで様々なケースでフェア・ユース該当性が争われています。著名な訴訟ケースとしては、書籍の検索サービス「Google Books」(結論:フェア・ユース肯定)(参照:Authors Guild, Inc. v. Google, Inc.)やP2PのMP3ファイル交換サービス「Napster」(結論:フェア・ユース否定)(参照:A&M Records, Inc. v. Napster, Inc.,)が挙げられます。

生成AIに関しては未だフェア・ユースの該当性に関する判示がなされたケースは存在しませんが、既に生成AIプロバイダーに対する訴訟が提起されています。

例えば、2023年1月には、Midjourney社などの著名生成AIプロバイダーに対して、複数のアーティストからクラス・アクション(集団訴訟)が提起され、著作物を無断で学習に使用したことによる著作権侵害が主張されています。(参照:「Class Action Filed Against Stability AI, Midjourney, and DeviantArt for DMCA Violations, Right of Publicity Violations, Unlawful Competition, Breach of TOS」)

また、2023年2月には、写真、動画などのクリエイティブのライセンスに関する巨大プラットフォームを運営するGetty Images社が、生成AIサービスのプロバイダーであるStability AI社を提訴し、著作物を無断で学習に使用したことなどによる著作権侵害を主張しています。
Getty Images社は、生成AIアウトプットが学習データと類似しているケースがあると主張し、「gettyimages」と記載された透かしのようなものが生成AIのアウトプットにおいて見られる、以下のような例を挙げています。

出典:Getty Images (US), Inc. vs Stability AI, Inc. 訴状p18

生成AIの学習利用におけるフェア・ユースの成否は今後の判決に委ねられることになりますが、訴訟においては、考慮要素のうち「(1)利用の目的・性質」や「(4)利用行為が著作物の潜在的価値や市場に与える影響」が最重要論点の一つになると思われます。

「(1)利用の目的・性質」については、学習の過程で学習素材がどのように学習・保存されているのかが一つのポイントになると考えられます。すなわち、学習の過程で学習素材の具体的表現は捨象され、アイデア部分のみが保存されているということができれば、著作権のアイデア・表現二分論に照らして、フェア・ユースを肯定する方向に働くと思われます。

逆に、学習の過程で学習素材の具体的表現も実質的には保存されているということになれば、フェア・ユースを否定する方向に働くと考えられます。 いずれにせよ、この点は個別の生成AIサービスの学習過程の技術的仕組みと、これに対する法的評価を経て判断されるべき問題といえます。

「(4)利用行為が著作物の潜在的価値や市場に与える影響」については、関連して、生成AIにはアーティストの仕事を奪うリスクがある、人間の作品を代替するようになりアーティストの市場に悪影響を与える、という意見が一般的に見られます。他方で、AIの学習利用のために著作権者本人からの同意を必要とすると、長期的にはAIモデルの学習データセットの寡占を招くことになるという警鐘をならす見解も見られ、注目に値すると思われます。(参照:「AI Art Generators and the Online Image Market」)

すなわち、Getty Images社のように、多くのクリエイターに対してプラットフォームを提供し、クリエイターに対して交渉力を持つ企業は、容易に作品のAIモデルへの学習利用権を取得することができる一方、それ以外の企業はデータセットの構築が難しくなり、AIモデルの学習データセットの寡占を招くことになる、という主張です。

いずれにせよ、生成AIに関するフェア・ユースの判示は業界全体に大きなインパクトを持つことになり、今後の展開が非常に注目されます。

海外の著作物のAI学習利用に関する規定②ーEU

DSM著作権指令

EUでは、著作物のAI学習利用について、Digital Single Market著作権指令(以下「DSM著作権指令」)に規定が存在します(「指令」であるため、EU加盟国が当該指令の内容に準拠した国内法を制定する義務を負う、という構造になります。)。

DSM著作権指令においては、著作物のAI学習利用に関して3条及び4条の2つの条文が存在し、それぞれ適用範囲が異なります。

DSM著作権指令3条は、以下の場面での著作物のAI学習利用を許容しています。

  • 主体:研究機関、文化遺産施設(cultural heritage institutions)
  • 目的:科学研究
  • 権利者による学習利用からのオプトアウト:認められていない

DSM著作権指令4条は、以下の場面での著作物のAI学習利用を許容しています。

  • 主体:限定なし
  • 目的:限定なし(営利目的も含まれる)
  • 権利者による学習利用からのオプトアウト:認められている

AI関連ビジネスでの学習利用の場合は、基本的にDSM著作権指令4条が問題となります。

そして日本の著作権法30条の4と比較した際の特徴は、「権利者による学習からのオプトアウトが明示的に認められている」ことです。

すなわち、DSM著作権指令4条3項においては、学習利用対象の著作物の著作者が、明示的に学習利用を拒否している場合には、AI学習に利用できないこととされています。著作者本人による学習利用の拒否の表示方法の具体例として、同項では、作品がオンラインで公開されている場合に機械可読な方法での表示が挙げられています。

他方で、日本の著作権法30条の4ではそうした権利者によるオプトアウトに関する規定は存在せず、オプトアウトが認められるかについては、著作権法のオーバーライドの可否という文脈で議論されています。

EUの著作権法令が適用されるAI企業にとって、このように権利者のオプトアウトが明示的に認められていることは、学習データセット構築にあたっての制約の一つとなる可能性があります。

AI規則案

AI規則案は、法的拘束力をもったEUの法規制であり、世界初のAIに関する包括的なレギュレーションです。リスクベース・アプローチに基づいてAIシステムを規制する内容となっており、AIビジネスに非常に大きな影響をもたらすことが予想されます。その域外適用の範囲の広範さや、巨額の制裁金といった性質は、GDPRと類似しています。

2023年6月14日に欧州議会本会議において採択されており、2023年中に最終的な内容を加盟各国と同意し、2024年中の施行が予定されています。

AI規則案(参照:欧州議会による修正の新旧対照表)には非常に広範な内容が含まれますが、著作物のAI学習利用に関連する内容としては以下が挙げられます。

Article 28b.4 Providers of foundation models used in AI systems specifically intended to generate, with varying levels of autonomy, content such as complex text, images, audio, or video (“generative AI”) and providers who specialise a foundation model into a generative AI system, shall in addition (中略) c) without prejudice to Union or national or Union legislation on copyright, document and make publicly available a sufficiently detailed summary of the use of training data protected under copyright law.

すなわち、テキスト、画像、動画などのコンテンツを自律的に生成する、生成AIの基盤モデルのプロバイダーに対して、トレーニングデータとして使用した著作物に関する詳細なサマリーを作成し、公開することが義務付けられています。

AI倫理との関係では、この義務は「AIの透明性」に関するものとして位置づけられます。この規定が法案に新たに盛り込まれた背景には、自らの作品が生成AIの学習に使用されているか否かがそもそもわからない、学習対象についての透明性が確保されるべきだ、というクリエイターサイドなどの主張もあったものと思われます。

”a sufficiently detailed summary”としてどの程度具体的な情報提供が求められるかについては現状不明ですが、この学習データ利用の透明化の義務により、著作者本人に対する、AI学習利用からのオプトアウトの機会の提供に資することが想定されます。

規制環境を考慮しつつ、最新動向のキャッチアップを

よく言われるとおり、「ビジネスはグローバル、レギュレーションはローカル」であり、これはAIビジネスにおいても同様です。

「他人の著作物を許諾なくAIの学習に使用してよいか」という論点に関する規制環境は、日本、米国、EUでそれぞれ異なる点があります。

学習データセットを構築するAI事業者としては、このような規制環境を考慮して事業の進め方を検討・決定する必要があります。その際には、本記事で触れたそれぞれの法域の規制環境の相違のほか、各国の著作権法令の国際的適用範囲の問題(本記事では割愛)も考慮する必要があり、必要に応じて専門家と連携し、慎重かつ戦略的に進めることが望まれます。

法律事務所ZeLoでは、AIをはじめとする先端領域に関して、創業時から潜在性に注目して研究・実務を進めてまいりました。その知見と経験をもとに、専門チームを編成し、多数のクライアントへ法的アドバイスを提供しています。ビジネススキームに合わせ、迅速かつ質の高いサービスを提供します。「生成AIを活用したビジネスを展開したいが、ビジネススキームについて相談したい」「法的論点について相談したい」など、どんなご相談でも構いませんので、お気軽にお問い合わせください。

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