薬機法に基づく法令遵守体制の整備義務とは?―医薬品・医療機器業界に求められるガバナンス
Attorney admitted in Japan
Kayoko Tanaka
医薬品・医療機器の研究開発において、大学や医療機関等と企業が連携して行う臨床研究は欠かせないプロセスです。一方で、平成25年(2013年)頃から顕在化した、データ操作や利益相反関係に関する臨床研究に関する複数の不適正事案を背景に、日本の臨床研究に対する信頼確保の観点から、企業と医療機関等の関係に対する監視が強化されました。臨床研究に対する国民の信頼を確保するために制定され、平成30年(2018年)4月1日に施行された臨床研究法(以下「法」といいます。)では、第33条により医薬品等製造販売業者等(企業側)は、研究資金等の提供について公表する義務を負っています(令和6年(2024年)4月1日に施行された施行規則により、法33条の公表義務における公表事項は増加しました。)。本記事では、特定臨床研究に該当し得る研究に関与する企業担当者を想定し、臨床研究法上の義務(法32条・33条)を再点検するとともに、施行後5年の見直しによって「変わらない点」と「変わった点」を対比し、実務上のポイントを解説します。
Graduated from Kyoto University, Faculity of Law (LL.B,2008), Kyoto University, School of Law (J.D., 2010), passed the Japanese Bar Exam (2010). Joined major electronics manufacturing company and was assigned to medical division (2011-2023), and joined ZeLo (2024-). In the Corporate Legal Department, she had continued to engage in a variety of tasks, including routine and non-routine contract matters, troubleshooting, governance, developing and operating risk compliance systems, and Corporate restructuring.
目次
臨床研究法上の規定が義務として適用されるのは、「特定臨床研究」(未承認・適応外の医薬品等の臨床研究、製薬企業等から資金提供を受けた臨床研究)に限定されます。
ここで、適用対象かどうかの見極めが必要な多くのケースでは、そもそも「臨床研究」(法第2条・法施行規則第2条)に該当するのかという点がポイントとなります。
いわゆる観察研究(研究の目的で検査、投薬その他の診断又は治療のための医療行為の有無および程度を制御することなく、患者のために最も適切な医療を提供した結果としての診療情報又は試料を利用する研究)に該当するものは、「臨床研究」には含まれません。
そのため、実際には、医療機関等と企業等との間で行われている多くの共同研究や受託研究のうちごく一部の、未承認品を用いた研究や、研究に伴う患者負担の大きい研究[1]が、一般に、特定臨床研究に該当するものとして以下の義務についても問題になります。
臨床研究法において、研究を適正に実施する主たる義務を負うのは医療機関や医師(統括管理者、研究責任医師および研究分担医師等)ですが、医薬品や医療機器を提供する企業側にも明確な義務が課されています。それが、法32条に基づく契約の締結義務と、法33条に基づく情報の公表義務です。
医薬品等製造販売業者又はその特殊関係者[2]が特定臨床研究に対して研究資金等を提供する場合は、提供先の名称や資金の額、副作用情報の提供に関することなど、厚生労働省令(法施行規則第88条)で定める事項を網羅した契約を締結しなければなりません。
研究に関する透明性確保の観点から必要な事項を含む契約締結を、特定臨床研究に関わる企業の義務として義務付けたものです。
医薬品等製造販売業者又はその特殊関係者は、特定臨床研究に関する研究資金等や寄附金、原稿執筆・講演料等について、インターネット等を利用して公表する義務を負います。
法33条の公表対象には、研究資金のほか、「透明性を確保することが特定臨床研究に対する国民の信頼の確保に資するものとして厚生労働省令で定める情報」も含まれており、法施行規則第89条・90条で定められています。
2024年の規則改正で公表対象が拡大されており、企業における情報提供関連費および接遇費の年間総額の公表も追加的に義務付けられることになりました。
これまでの制度でも、研究資金や寄附金などの公表を通じて臨床研究の透明化が図られてきました。一方で、情報提供関連費や交際費(接遇費)については、「臨床研究を実施する特定の医療関係者等に、必要実費の範囲を超えて直接支払われる性質のものではなく、それ自体が直接不正につながる蓋然性は低い」として法令上の公表対象から外されていました[3]。
しかし、業界が策定する自主ガイドライン(透明性ガイドライン)による情報提供関連費や接遇費の公表は一般的になっていることや、これらの費用を隠れ蓑にした「費目の付け替え」による不正の可能性を防ぐため、特定臨床研究に関与する企業に対して、情報提供関連費や接遇費の年間総額の公表を法令で義務付けることとなりました。
研究資金等、寄附金、原稿執筆・講演等の報酬の公表義務は変わりません。これらは従来通り、提供先の医療機関名や統括管理者の氏名、件数、総額などの詳細を公表する必要があります。
研究資金等:
臨床研究の実施のための資金、臨床研究の実施に係る人件費、 実施医療機関の賃借料その他臨床研究の実施に必要な費用に充てられることが確実であると認められる資金 (法第2条第2項第1号、法施行規則第4条)をいいます。なお、試薬などの物品や労務提供は「研究資金等」ではありません。
特定臨床研究を実施する者と特殊の関係のある者(法33条、法施行規則第89条):
臨床研究を実施している責任者(統括管理者や研究責任医師)自身への提供だけでなく、その責任者が所属する別の機関(兼務先)や、研究資金の管理やマネジメントを行う団体(CRM(医薬品開発受託機関)やSMO(治験施設支援機関))への提供も公表の対象に含まれます[4]。
そのため、公表にあたっては、前提として、責任者の兼務先等を把握しておくことが必要となります。
「情報提供関連費(医学・薬学図書等の提供費や講演会の開催費)」と「交際費(接遇を行う際の飲食費・慶弔費)」の公表が新たに法令上の義務となりました。
これらは、日本製薬工業協会、日本医療機器産業連合会などの「透明性ガイドライン」といった業界団体の自主的ルールに基づき既に公表している企業も多いですが、今後は、臨床研究法上の公表義務を負う場合は、法令に基づく情報公開として、法令の要請を満たす方法で公表しなければなりません。
自主ルールに基づく公表情報を、法に基づく公表として利用することは差し支えないとされていますが、次項の「臨床研究法施行規則第90条に基づく具体的な開示情報」に記載するように、自社の現状の公表形態のままで臨床研究法上の公表の要請を満たすかどうかは慎重に確認が必要です。
法改正を反映した臨床研究法施行規則第90条では、企業が開示すべき具体的な情報が明確に定義されています。企業は自社の公表方針に合わせて、以下のいずれかの対応をとることになります。
企業が事業全体に係る「情報提供に関する費用(講演会や書籍提供等)」や「交際費」の年間総額を公表している場合は、以下の項目を公表します。
事業全体の総額を公表しない場合は、上記の項目に加え、特定臨床研究の実施期間および終了後2年以内に統括管理者等に提供された以下の情報を個別に公表する必要があります。
※これらの公表は毎事業年度終了後1年以内に行う必要があります。
※閲覧申請が必要な方式である、印刷禁止設定がある、検索が容易にできないようになっている等の公表方法は、公表自体が行われていても、法に基づく公表と認められないことがあります。公表の方法の詳細については、以下の通知を参照し、対応することが必要です。
ご参考:厚生労働省医政局研究開発政策課長通知「臨床研究法施行規則の施行等について」(令和7年(2025年)5月15日医政研発0515第6号)39頁
改正により、業界の自主ルールであった「情報提供関連費・交際費」の公表が法令上の義務に引き上げられました。これは、研究に関連する資金の透明性への要求水準がさらに高まったことを意味します。
企業としては、研究資金等を提供する際の契約締結(法32条)を適正に行うことはもちろん、交際費等を含めた関連する資金提供の記録を一元的に管理し、法定期間内に正確に公表する体制(法33条)が機能しているか、今一度社内体制を再点検することが求められます。
しかしながら、「そもそも自社で行っている研究が特定臨床研究に該当するのか」「公表対象となる金銭提供の範囲は具体的にどこまでか」「公表の方法として、現状で問題ないのか」など、公表にあたり悩ましいポイントは少なくありません。
法律事務所ZeLoでは、企業における公表義務の実施についても、実務的なサポートを行っております。お困りごとがございましたらお気軽にご相談ください。
[1] 本記事で詳細は触れませんが、施行後5年の見直しにより、適用対象の明確化を目的として、「特定臨床研究」の定義についても若干の変更がなされています。例えば、「研究目的で研究対象者に著しい負担を与える検査等を通常の医療に追加して行う場合」は適用対象となる旨が明確化されています。
[2] ここでいう特殊関係者とは、医薬品等製造販売業者の子会社等(会社法第2条第3号の2に規定する子会社等をいう。)とされています(法施行規則第3条)。製造販売業者がコントロールできる会社による活動も同様に規制すべきという趣旨での規制ですが、法施行規則第3条により範囲が明確に定義されており、兄弟会社や親会社は含まれません。
[3] 厚生科学審議会臨床研究部会「臨床研究法施行5年後の見直しに係る検討のとりまとめ」(令和4年(2022年)6月3日)17頁
[4] 厚生労働省医政局研究開発政策課長通知「臨床研究法施行規則の施行等について」(令和7年(2025年)5月15日医政研発0515第6号)39頁