【弁護士が解説】オンライン診療に関する法的問題と近時の特例措置
Qualified as an Attorney in Japan (currently not registered)
Fumio Amano
近年、情報技術の進歩により、従来の医薬品や医療行為のような物理的・化学的手段ではなく、スマートフォンアプリやウェアラブル機器などを用いた、患者への適切な情報伝達による新たな医療の在り方である「デジタル医療」が登場し、注目を集めています。デジタル医療の市場規模は年々拡大を続けており、今後著しい成長が見込める分野と考えられます。本記事では、ヘルスケア領域における事業展開にご関心をお持ちの方々の参考のために、近年のデジタル医療に関する様々な法的論点や国内動向を整理します。
Akihiro Saotome is a Japanese qualified lawyer specialized in general corporate governance, as well as financial regulation and data protection. He graduated from the University of Hitotsubashi School of Law in 2014 and has been admitted to the Tokyo Bar Association in 2015. He started his career as a lawyer by joining Nippon Life Insurance Company in 2016. After graduating the University of Michigan Law School in 2021, he joined ZeLo in 2022.
目次
近年、情報技術の進歩により、従来の医薬品や医療行為のような物理的・化学的手段ではなく、スマートフォンアプリやウェアラブル機器などを用いた、患者への適切な情報伝達による新たな医療の在り方(以下、本記事では便宜上「デジタル医療」と呼びます。ほかにも、「デジタルセラピューティクス」、「DTx」、「デジタル療法」などと呼ばれることもあります。)が登場し、注目を集めています。
蓄積したデータに基づき自動でアドバイスやサポートをし、依存症や生活習慣病などへの治療効果を生むスマホアプリなどがその代表例です。
Fortune Business Insightsのデータによると、世界のデジタル医療の市場規模は、2022 年に 55 億 3000 万ドルと評価され、2023 年の 67 億 7000 万ドルから 2030 年までに 286 億 6000 万ドルに成長すると予測されており、今後著しい成長が見込める分野と考えられます。 また、数百億円以上の費用や数年~十数年の期間を要し、副作用のリスクも尽きない従来の新薬開発と比べ、デジタル医療用製品には、数億~数十億の費用で短期間に開発でき、副作用も少ないという利点もあるとされています。
本章ではまず、健康管理・ヘルスケア関連のスマートフォンアプリやウェアラブル機器に代表される、デジタル医療用ソフトウェアプログラムが法的にどのような位置付けを与えられているのかについての一般論を解説します。
我が国における医薬品や医療機器流通に関する規制の中心を担う重要な法律として、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下「薬機法」とし、別記なき場合条文等は全て薬機法のもの)が存在します。
従来、薬機法上、ソフトウェアプログラムはそれ単体では医療機器としては取り扱われず、ソフトウェアプログラムがある医療機器に組み込まれた場合に、当該医療機器の一部として規制を受ける可能性があるにすぎませんでした。
しかし、2014年11月25日施行の薬機法改正により、一定の要件を充足した場合には、単体のソフトウェアプログラムも「医療機器」に該当することになりました(2条4項、2条1項2号、施行規則別表第一)。
【第2条第4項】
※下線は筆者による
この法律で「医療機器」とは、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であつて、政令で定めるものをいう。
【第2条第1項第2号】
※下線は筆者による
二 人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて、機械器具等(機械器具、歯科材料、医療用品、衛生用品並びにプログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下同じ。)及びこれを記録した記録媒体をいう。以下同じ。)でないもの(医薬部外品及び再生医療等製品を除く。)
【施行令 別表第一】
※下線は筆者による
プログラム
一 疾病診断用プログラム(副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないものを除く。次項第一号において同じ。)
二 疾病治療用プログラム(副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないものを除く。次項第二号において同じ。)
三 疾病予防用プログラム(副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないものを除く。次項第三号において同じ。)
具体的には、「疾病の診断、治療、予防」を目的とするプログラムであって、「人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない」とはいえないプログラムが医療機器に該当します。すなわち、何らかの疾病の診断、治療、予防に用いられるプログラムであれば、医療機器に該当する可能性を検討すべきということになります。
医療機器に該当する場合、後記でも詳述するとおり、事業者について所定の許認可・登録を取得し、また当該医療機器について製造販売承認等を取り付けることが必要となり、実際に製品として販売するまでにかなりの時間と費用を要する可能性があります。
そのため、開発を進めていた製品が、開発が一定程度進んだ段階で「医療機器」に該当することが初めて明らかになったような場合には、製品化のスケジュールの延期、「医療機器」に該当しない機械器具への仕様変更を含む、様々な対応を迫られる可能性があり、当該事業者の事業計画にも重大な支障を及ぼすと考えられます。
そのため、ヘルスケア関連のソフトウェアプログラムを開発するに当たっては、医療機器に該当するかどうかを十分に検討し、それに応じたスケジュールと予算を組んでおくことが重要となります。
では、どのようなプログラムが具体的に「医療機器」に該当するのでしょうか。まず、厚生労働省がプログラム医療機器該当性に関して発出している主なガイドライン等は以下のとおりです。
ガイドラインにおいては、特定のプログラムが医療機器に該当するか否かは、製造販売業者等による当該製品の表示、説明資料、広告等に基づき、当該プログラムの使用目的及びリスクの程度が前述の医療機器の定義に該当するかにより判断されるとされていますので、当該医療機器について「誰が」「誰に」「どんな問題を解決するために」使用されるのか、そして開発後どのように販売していくのか、という点を開発初期から明確に意識しておくことが、結果として医療機器該当性の判断につながります。
より具体的な判断プロセスとして、ガイドラインでは以下のとおり述べられております。
① 開発プログラムの仕様、使用目的等に応じて、そのクラス分類や定義からみて適切と思われる一般的名称を厚生労働省の通知から検索し、相当するプログラム名称が一般的名称欄に存在する場合には、当該開発プログラムは、原則として、相当する一般的名称の医療機器に該当する。
② 上記通知において相当するものが存在しない、または不明な場合には、ガイドライン別紙1「医療機器該当性に係るフローチャート」または別紙2「医療機器該当性に係るフローチャート(疾病リスクを表示するもの)」に従って判断する。
③ それでも不明な場合は、厚生労働省 医薬局 監視指導・麻薬対策課に相談する。
前述の判断事例では以下のとおり、医療機器に該当するプログラム、該当しないプログラムの具体例を示していますので、こちらも参考になります。(主なものを列挙します。下線部は筆者による)。
以上の具体例より、「医療機器」に該当しうるプログラムは、管理医療機器・高度管理医療機器に相当するリスクを有し、かつ疾病の治療・診断・予防に寄与するものに限られることになります。
従って、プログラムに記録されたデータを分析し、病気の兆候を検知する機能や分析結果を基に予防や治療のための助言を行う機能を備えた場合には、疾病の治療・診断・予防に使用されているものとして、医療機器に該当する可能性があるため、十分な検討が必要です。
他方で、従来からヘルスケアアプリとしてよく知られてきた万歩計や睡眠時間、身体データ(体重等)など日常生活の範囲内でのデータを記録・管理するアプリは、個人の健康記録プログラムとして医療機器には該当しないこととなります。また、機能障害による人の生命・健康への影響がほとんど無いような視力検査用アプリなども、同様に医療機器には該当しません。
もっとも、体温計や電子血圧計などの機器は、それ自体「医療機器」に該当することが明確であるため、ヘルスケアアプリにこれらの計測機能を持たせる場合、医療機器として薬機法の規制が及ぶ可能性があることには注意が必要です。
次に、ソフトウェアプログラムが「医療機器」に該当する場合、どのような規制を遵守する必要があるのでしょうか。この点、薬機法は「医療機器」の取り扱いに関して、取扱いの主体である「事業者」と客体である「医療機器」それぞれについて規制を定めていますので、以下ではそれぞれの規制内容について簡単に説明します。
「医療機器」の取り扱いに当たり、事業者は、薬機法が定める医療機器の分類及び業態に応じて、「製造業」、「製造販売業」、「販売業」、「貸与業」、「修理業」の許可・登録を受け、又は届出を行うことが必要となります(製造販売業について23条の2、製造業について23条の2の3、販売業・貸与業について39条、39条の3、修理業について40条の2参照)。
こうした許可・登録・届出を経ることなく製造販売等を行った場合には、懲役・罰金などの刑事罰が科されます(84条4号、同12号、同13号、86条4号、87条12号参照)。
本記事では詳細な許可・登録に至るまでのプロセスの解説は割愛しますが、医療用ソフトウェアプログラムの開発・販売等に参入しようとする事業者は、医療機器メーカーや製薬会社同様、薬機法上の業態許可等を受けなければならないことを常に念頭に置いて、製品の開発を行わなければなりません。
「医療機器」の製造・販売に当たっては、その区分に応じ、当該医療機器について製造販売元が厚生労働大臣の承認(一般に薬事承認と呼ばれる手続)、登録認証機関の認証、厚生労働大臣への届出(以下、総称して「承認等」といいます。)のいずれかが必要です。
なお、届出の対象となるのは一般医療機器に限られますが、プログラムについては医療費抑制の観点から一般医療機器相当のものが「医療機器」の範囲から除外されているため、医療用ソフトプログラムなどについては承認又は認証のいずれかが必要となります(承認につき23条の2の5、認証につき23条の2の23、届出につき23条の2の12参照)。
また、承認等の前には、非臨床試験やヒトを対象とした臨床試験(いわゆる治験)を経て、その有効性やリスクについて確かめる必要があります。こうした品目ごとの規制に違反して製造販売などを行った場合にも、懲役・罰金などの刑事罰が科されます(84条5号、同6号、87条6号参照)。
医療機器については、誇大広告や承認・認証前の広告を行うことも禁止されており、違反した場合には刑事罰が定められています(66条ないし68条、85条4号、同5号、86条17号)。
2021年8月1日からは「虚偽・誇大広告行為に対し、当該医療機器等の売上の4.5%に相当する額の課徴金を課す」という課徴金制度が導入されており、医療用ソフトウェアプログラムを取り扱う事業者はこの点にも注意が必要です(75条の5の2以下参照)。
スマートフォン上などで機能するソフトウェアプログラムであっても、疾病の予防、治療、診断等に寄与し、かつ一定の健康リスクが認められる場合、「医療機器」として上記のような厳格な許認可規制を受けることに加え、その他様々な行為規制を受けることになります。
他方で、医療機器としての承認等を経ることで、承認された範囲内で当該医療機器の効能効果を広告すること(医療機器に該当しない場合、医療的な効能効果を広告することはできません。)や、医療機関での処方や保険適用が可能になります。
従って、ソフトウェアの開発を通じてヘルスケア分野に参入しようとする事業者は、先にも述べたとおり、自社の開発する製品がどういう場面でどのような目的・方法で用いられることを想定したものなのか、それによって薬機法上の規制を受けるのかどうかを吟味した上で、規制に応じた経営戦略を練ることが必要となります。
また、頻繁にガイドライン等が公表、改定される分野であることを踏まえ、行政の動向を把握し、行政が公表している各種ガイドラインやデータベースをよく理解、検討するとともに、行政(主に厚生労働省、PMDA)と密なコミュニケーションを取っていくことも重要です。
例えば、医療機器該当性に関しては、厚生労働省が「医療機器プログラム事例データベース」をウェブサイト上で随時更新しており、自社が開発予定の製品との比較検討が可能となっています。また、経済産業省らにおいても、医療機器開発や薬事審査の円滑化・迅速化に資する「医療機器開発ガイドライン(手引き)」の整備が進められてきており(直近では、「医療・健康分野における行動変容を促す医療機器プログラムに関する開発ガイドライン2023(手引き)」が公開されております。)、医療機器プログラムの開発において参考になります。
また、厚生労働省が公表した2023年5月29日付「プログラム医療機器の特性を踏まえた適切かつ迅速な承認及び開発のためのガイダンス」において診断用と治療用、予防用それぞれのプログラム医療機器に関する2段階承認の考え方が示されるなど、プログラム医療機器開発を促進して製品を早期に承認するための仕組み作りが進んできています。
本章では、近年我が国でどのようなデジタル医療の手段が登場しているか、いくつか具体例を挙げてご紹介します。
株式会社CureAppは、高度なソフトウェア技術と医学的エビデンスに基づいた疾患治療用プログラム医療機器創出に向け、研究開発を行い、製造販売を目指す日本のMedTech(メドテック)ベンチャー企業であり、「治療アプリ」という名称は同社の登録商標となっています。
同社の開発する「ニコチン依存症アプリ」は、2018年12月に治験の最終段階にあたる第Ⅲ相臨床意見を完了し、スマートフォンアプリとしては日本で初めて、2020年6月19日に厚生労働省から「医療機器」としての薬事承認の内定を受けました。
このアプリは通常の医薬品と同様、医師がニコチン依存症の患者に処方し、患者のスマートフォン上にダウンロードして用いられる予定のものです。
このアプリは、医師の直接的なサポートを受けづらい院外・在宅の期間に、スマホの向こう側に医師がいるような感覚で、適宜AIが患者の状態に合わせて助言や励ましの言葉を届けてくれます。
これにより、従来の禁煙治療では介入が難しかったニコチン依存症患者の「心理的依存」に対し、適時かつ適切な治療介入を行い、症状改善につなげられるとされています。
また、このアプリはニコチン依存症という明確な疾病を有する患者に対し、治療目的で医師が処方するものとして、保険適用の対象となる見通しです。我が国におけるデジタル医療導入の先駆けとなる事例であり、今後間違いなく注目が必要な企業・製品といえるでしょう。
なお、同社は、2022年4月に高血圧症向け治療用アプリの薬事承認も取得しています。
サスメド株式会社も、デジタル医療用アプリの開発を行うMedTechベンチャーの一つです。
同社では、人の考え方や認知の偏りを修正する精神療法の「認知行動療法」に基づいた、不眠症治療アプリを開発しています。具体的には、不眠症患者が自己の情報を入力すると、認知行動療法に基づく情報が患者に対して発信され、不眠症の改善につながると考えられています。
従来の不眠症治療において、睡眠指導や認知行動療法は人手不足などの影響で十分に実施されず、睡眠薬の処方が中心となっており、その頻度の高さや副作用が問題とされてきたといいます。アプリによる不眠症治療は、より効率的かつ副作用の小さい不眠症治療の実現につながるかもしれません。
大手製薬会社のアステラス製薬も、2019年11月に米国のWelldoc, Inc.と戦略的提携を行い、同社のデジタル医療用アプリ“Blue Star”について日本などにおける開発・商業化を共同で開始しました。
このアプリは、治療データと機械学習技術に基づき、個々の患者に合わせて糖尿病治療を継続できるよう助言やガイダンスを提供し、糖尿病の自己管理を支援するものです。2023年には、ロシュDCジャパン社の製品である血糖自己測定器アキュチェックガイドMeとBlue Starを組み合わせ医療機器として薬事承認・保険償還を目指すことが発表されています。
アキュチェックガイドMeで測定した血糖値のデータをBlueStarで記録・保存・転送したり、服薬や食事、運動を追跡したりすることで疾患管理をサポートすることが期待されています。
帝人ファーマ株式会社も、AIによる医療福祉向けサービスを開発するジョリーグッド社とVRを用いたうつ病向けのデジタルセラピューティクスに関する共同開発契約を締結しており、2022年12月にうつ病患者向けに開発中の治療用VRを用いた特定臨床研究を開始すると発表しています。
VRコンテンツ内にはバーチャルのセラピストが登場し、職場や家庭内といった日常生活の場面を疑似体験する中で、患者の思考の癖を分析し、その上で、どのような考え方をすべきかセラピストが助言するものです。
前述した医師の認知行動療法の一部を治療用VRが代替することによって、医師が、対話が本当に必要な患者と接する時間を確保できるようになることが期待されています。特定臨床研究は2024年9月までを予定しており、2025年以降の薬事承認を目指すとされています。
本記事で検討したとおり、我が国におけるデジタル医療の導入は始まったばかりであり、事例の蓄積も決して多くはありません。しかし、医療費の増大や精神疾患・生活習慣病患者の増加が問題となる中で、デジタル医療が我が国における医療の在り方に新たな可能性をもたらすものであることもまた、間違いないでしょう。
デジタル医療事業には、本記事で取り上げた薬機法上の規制のほかにも、知的財産権の保護や訴訟リスクなどにも対応した、専門家による適切な法務戦略が不可欠です。
法律事務所ZeLoでは、ヘルスケアやイノベーションにまつわる法律実務に精通した弁護士が多数在籍しており、最適かつ迅速な法務サービスを提供いたします。今後、デジタル医療事業の展開を検討されている企業は、お気軽に弊所にご相談ください。