【弁護士が解説】オンライン診療に関する法的問題と近時の特例措置
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Fumio Amano
近年、ヒトの医療に関しては遠隔診療が急激に発展しており、獣医学においても産業動物分野を中心に議論が進んでいましたが、いわゆるペットとして飼われる愛玩動物については、その射程が及ぶかが明確にされてきませんでした。本記事では、2022年6月に公益社団法人日本獣医師会が策定した「愛玩動物における遠隔診療の適切な実施に関する指針」をふまえて、指針策定の背景や、愛玩動物の遠隔診療において遵守すべき事項、留意点などを弁護士が解説します。
目次
2022年6月、公益社団法人日本獣医師会より、「愛玩動物における遠隔診療の適切な実施に関する指針」(以下「本指針」といいます。)が策定されました。
ヒトの医療に関しては、2018年3月に厚生労働省によって「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(2023年3月に一部改訂)が策定され、医療の現場での遠隔診療のルールが明確化されました。また、その後に新型コロナウイルス感染症が拡大したことを受けて、初診での遠隔診療の恒久化がなされるに至る等、その活用方法が数年間で大きく広がりました。
他方で獣医療の領域では、産業動物分野を中心に、例えば「家畜における遠隔診療の積極的な活用について」との農林水産省消費・安全局長通知が発出されていましたが、いわゆるペットとして飼われる愛玩動物についてはその射程が及ぶかが明確にされてきませんでした。既存の法令の解釈によって運用せざるを得ない状況が続き、愛玩動物診療分野においても、法令を遵守する中での適切な遠隔診療に関する運用ルールの整備が求められていました。
そのような状況下で、愛玩動物診療分野における遠隔診療に関して、遵守すべき事項及び推奨される事項並びにその考え方を示し、安全性・有効性・必要性の観点から、獣医師及び愛玩動物の飼育者が安心できる適切な遠隔診療の推進に資することを目的に、日本獣医師会によって本指針が策定されました。
獣医師による遠隔診療については、無診察治療の禁止を定める獣医師法18条との関係(遠隔診療が「診察」に該当するのか)が問題とされていました。
(獣医師法17条)
獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要のあるものとして政令で定めるもの(オウム科、カエデチョウ科及びアトリ科全種)に限る。)の診療を業務としてはならない。
(獣医師法18条)
獣医師は、自ら診察しないで診断書を交付し、若しくは劇毒薬、生物学的製剤その他農林水産省令で定める医薬品の投与若しくは処方若しくは再生医療等製品(略)の使用若しくは処方をし、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない。ただし、診療中死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。
その後、農林水産省は、獣医師法18条に定める「診察」行為の意義について、過去に以下の局長通知を発出してきました。ここでは、手段のいかんは問わないが、現代の獣医学的見地からみて一応の診断を下しうる程度の行為でなければならないとした上で、直接対面して診察することを一度も行わずに、電話・FAX等で飼育者からの聴き取りのみで診断を下すことは通常困難であると述べています。
そのため、獣医師が自ら定期的に当該飼育動物の健康状態を把握している場合には、飼育者から病状の聴取等をもって適法な「診察」行為とみなすことができると考えられるが、全くの初診である場合で、非対面による聴取では「一応の診察を下しうる程度の行為」とまではいえず、獣医師法の定める「診察」行為としては不十分であるようにも考えられていました。
獣医師法の一部を改正する法律および獣医療法の運用について(平成4年9 月1 日付け4 畜第2259 号各都道府県知事あて農林水産省畜産局長通知)
引用:獣医師法の一部を改正する法律及び獣医療法の運用について(最新改正:2014年11月25日)
獣医師法第18条の診察とは、獣医学的見地からみて疾病に対して一応の診断を下しうる程度の行為をいい、獣医師が自ら定期的に巡回する等して常に当該農場の飼育動物の健康状態を把握している場合等において飼育者から病状の聴取等をもって行うものも含まれる。
要指示医薬品の投与及び処方に当たっての注意事項について(平成19年12 月19 日付け19 消安10237 号都道府県畜産主務部長あて農林水産省消費・安全局長通知)
引用:要指示医薬品の投与及び処方に当たっての注意事項について(2007年12月19日)
獣医師法第18 条に規定する「診察」とは、触診、聴診、打診、問診、望診その他手段のいかんを問わないが、現代の獣医学的見地からみて疾病に対して一応の診断を下しうる程度の行為でなければならないと解しているため、当該家畜に直接対面して診察することを一度も行わずに、電話、FAX等により、当該家畜の症状等を飼育者等から聞き取るのみでは、要指示医薬品を使用することが不可欠な症状であるかどうかを的確に把握し、正しい診断を下すことは通常は困難であると考えられる。したがって、当該家畜に直接対面して診察することを一度も行わず、要指示医薬品を処方することは、一般的には獣医師法第18 条の規定に違反するものである。
本指針では、愛玩動物の遠隔診療を実施するにあたって「最低限遵守すべき事項」と「推奨される事項」が示され、「最低限遵守すべき事項」に従って遠隔診療が行われる場合には、獣医師法18条に抵触するものではないことが明確とされています。
なお、ヒトに対する遠隔診療に係る指針と同様、愛玩動物に対する遠隔診療に係る本指針も今後の遠隔診療の普及、技術革新等の状況を踏まえ、定期的に内容を見直されることが予想されるため、今後の変更内容についても確認することが重要です。
上記のとおり、獣医師法18条に抵触することなく愛玩動物の遠隔診療を行うためには、本指針のうち「最低限遵守すべき事項」に掲げられている事項を遵守しなければなりません。以下では、本指針の定める「最低限遵守すべき事項」の大要について説明します。
愛玩動物の遠隔診療を始めるにあたっては、獣医師が、飼育者の希望を明示的に確認した上で、遠隔診療によることを合意しなければなりません。
これは、遠隔診療は獣医師及び飼育者間で相互に信頼関係を構築した上でなされるべきとの考えによるものですが、あくまで獣医師側の都合で行うものではなく、原則として飼育者側の求めにより行われるべきものとされています。
上記の合意にあたっては、以下の事項について飼育者に事前に説明することと、これを診療簿(獣医師法21条1項)に記録することも必要です。
ただし、飼育者との合意に基づき遠隔診療を実施した場合でも、獣医師は、都度、獣医学的な観点から遠隔診療を行うことの適否を判断し、適切な診断や処方が困難と判断した場合には、対面診療の実施や他の診療可能な飼育動物診療施設の紹介につなげるようにしなければなりません。
獣医療では、ヒトとは異なり飼育動物から直接症状に関する情報を得ることができず、飼育者の日頃の観察による申告を基礎に診療を進めていかざるを得ないという難しさがあります。こうした問題点を踏まえ、本指針は、初診は原則として直接の対面で行うことを求めています。
ただし、以下の場合には、例外的に初診から遠隔診療によることが許容されることとされています。
もっとも、原則として遠隔診療の後に、直接の対面診療により経過の確認を行うべきであることも併せて述べられていることには注意が必要です。
獣医師のなりすましによる不適切な獣医療の防止及び飼育者や飼育動物のなりすましによる薬剤の不正入手防止等の観点から、獣医師は自らが獣医師であること、飼育者は自らが飼育する飼育動物が遠隔診療の実施対象である飼育動物であることを、それぞれ相手に示す必要があります。また、遠隔診療であっても、姓名を名乗ってもらうなどの飼育者情報を、直接の対面診療と同様に行うことが望ましいとされています。
身分確認書類として、獣医師は、獣医師免許証及び顔写真入り身分証明書(運転免許証、マイナンパーカード等)を提示できるようにしておく必要があります。
また、獣医師は、飼育動物の個体確認について、当該動物の種類、外観的特徴の目視、マイクロチップ番号等のデータの照合等によって行う必要があります。
獣医師は、遠隔診療により医薬品を処方する場合には、医薬品の管理、投与方法、副作用等による症状、獣医師の指示を確実に遵守すること等について事前に十分な指導を行わなければなりません。また、新たな症状や疾患に対して医薬品の処方を行う場合は、直接の対面診療によらなければなりません。
これは、医薬品の使用には副作用のリスクを伴うため、医薬品を処方する際には、飼育動物の状態を十分に評価し、効能効果と副作用のリスクを正確に判断する必要があるためです。
ただし、在宅診療、離島やへき地等、速やかな対面診療が困難な場合、発症が容易に予測される症状の変化に対応するため医薬品を処方することは許容されています。
もっとも、重篤な副作用が発現するおそれのある医薬品の処方は特に慎重に行うとともに、処方後の飼育動物の服薬状況の把握に努めるなど、そのリスク管理に最大限努めなければなりません。
なお、初診で遠隔診療を実施する場合には、以下の点に注意する必要があります。
獣医師が遠隔診療を行う場所は原則として動物診療施設であることが求められますが、一定の場合には動物診療施設以外の場所での実施も可能です。もっとも、騒音により音が聞き取れない場所やネットワークが不安定な場所等、診察を行うのに不適切な場所は避けなければならず、また第三者に情報が伝わることのないよう物理的に外部から隔離された場所であることも求められています。
さらに、診療簿等、過去の飼育動物の状態を把握しながら、動物診療施設で診療するのと同程度に飼育動物の状態に関する情報を得られる体制を整えておく必要があります。
本指針は、遠隔診療に用いるシステムについて、①利用する情報通信機器やクラウドサービスを含む遠隔診療システム(遠隔診療で使用されることを念頭に作成された視覚及び聴覚を用いる情報通信機器のシステム)と、②汎用サービス(遠隔診療に限らず広く用いられるサービスで、視覚及び聴覚を用いる情報通信機器のシステムを使用するもの)とを区別した上で、使用するシステムに伴うリスクを踏まえた情報セキュリティ対策を講じることを求め、獣医師及び飼育者それぞれに実施を求めるべき事項が定められています。
遠隔診療を活用する際は、遠隔診療を行う際のセキュリティ及びプライバシーのリスクを説明し、特に下記が遵守されるようにしなければなりません。また、飼育者側が負うべき責任があることを明示する必要があります。
以上のとおり、一定の条件を満たせば、愛玩動物(ペット)についてもオンライン診療を含む遠隔診療を実施することが可能であることが明確となりました。ヒトの診察においては遠隔診療の利用者が拡大しており、今後、愛玩動物についても遠隔診療がより一般的になっていくものと予想されます。
愛玩動物の遠隔診療・オンライン診療サービスの導入等をご検討の際には、本指針を踏まえた対応が必要となります。
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