【弁護士が解説】医薬品・医療機器業界で相次ぐ癒着摘発と贈収賄リスク(後編)-法規制とコンプライアンス対応の留意点-

Attorney admitted in Japan
Kayoko Tanaka

医薬品・医療機器業界は、景品表示法を背景とした公正競争規約などに基づき、医療関係者と事業者との関係の適正さを保つ取組みを進めていますが、今なお断続的に贈収賄等の癒着事件は起こっています。近年特に医療機器分野での重大事案が発覚しており、2025年6月にはHOYA Technosurgical株式会社(以下「HOYAテクノ」といいます。)が医療機器公正取引協議会(以下「医療機器公取協」といいます。)から厳重警告を受けました。このような癒着は、摘発を受ければ刑事事件として有罪になることも珍しくありません。本記事では、近年の医療業界における贈収賄・癒着の摘発事例とその類型を解説します。続く後編では、関連法規制や業界ルール、コンプライアンス対応の要点を取り上げます。
Graduated from Kyoto University, Faculity of Law (LL.B,2008), Kyoto University, School of Law (J.D., 2010), passed the Japanese Bar Exam (2010). Joined major electronics manufacturing company and was assigned to medical division (2011-2023), and joined ZeLo (2024-). In the Corporate Legal Department, she had continued to engage in a variety of tasks, including routine and non-routine contract matters, troubleshooting, governance, developing and operating risk compliance systems, and Corporate restructuring.
医薬品・医療機器業界においては様々な摘発事例がありますが、近年においては、以下のような類型が見られます。
1. HOYA Technosurgical株式会社
医療機器公取協の公表によると、HOYAテクノは、整形外科手術に使用する骨接合材料、骨補填材料等を手術に使用するインセンティブを高めるために、製品が使用されるごとにポイントを付与し、蓄積されたポイントに応じて飲食の供応接待や現金提供を行うほか、ポイント制以外の方法によっても自社製品を使用した見返りに同様の行為が実施されていたとされています。現金提供は、社内の経費手続において自社が飲食接待を行ったものと偽装され、また、参加メンバーや人数も偽装することにより経費処理されており、営業社員が医師からの領収書と引換えに現金を提供していました。
本件に関連して、独立行政法人労働者健康安全機構東京労災病院の整形外科医師は、収賄罪で有罪判決を受けました(懲役1年6月、執行猶予3年)。
また、HOYAテクノの営業社員2名も、それぞれ贈賄罪で有罪判決を受けました(懲役1年執行猶予3年、懲役10月執行猶予3年)。
さらに、HOYAテクノは、医療機器公取協から「厳重警告」の処分(2025年6月30日)を受けています。
2.スター・ジャパン合同会社
白内障用の眼内レンズを販売するスター・ジャパン合同会社(変更後社名:スターサージカル株式会社。以下「スター・ジャパン」といいます。)から、同社のレンズを優先使用する見返りに現金計80万円を受け取ったとして、奈良県の市立病院の眼科医が収賄罪で起訴され、地裁で有罪判決を受けました(大阪地判2023年10月31日:懲役1年6月執行猶予3年)。
スター・ジャパンは、この他にも、白内障手術動画の提供の見返りに眼内レンズの販売促進を目的として68病院75人の医師に対し計2,145万円の報酬を支払っていたとして医療機器公取協から「厳重警告」の処分(2022年7月13日)を受けています。
3.ゼオンメディカル株式会社
ゼオンメディカル株式会社(以下「ゼオンメディカル」といいます。)の元社長は、閉塞した胆管の整流化を目的とした外科手術用の胆管ステントについて、市販後安全調査の名目で、国立がん研究センター東病院の元医長に対し、1本使用ごとに1万円、計170万円を支払ったものとして、2023年10月、贈賄罪で起訴されました。
ゼオンメディカルも、医療機器公取協から「厳重警告」処分(2024年8月26日)を受けています。
1.東千葉メディカルセンター
元事務部総務課長が、医療事務の外部委託契約に関連し便宜を図った業者側から現金約4,100万円の供与を受け、別の医療機器・医療材料の会社からも、物品調達について有利に取り計らう見返りに家具・家電等の物品計約470万円の供与を受けたものとして、収賄罪で起訴され、懲役3年の実刑判決を受けました(千葉地判:2023年9月5日)。
2.東千葉メディカルセンター
元臨床工学技士長が、新型コロナ治療に使う人工心肺装置ECMOの購入に関連して、自らが顧問として契約を結ぶ医療機器販売業者を商流に介在させ、現金100万円の賄賂を受け取ったものとして、収賄罪で起訴され、地裁で有罪判決を受けました(千葉地判2023年3月13日:懲役1年6月執行猶予3年)。
3.国立がんセンター中央病院
前放射線技術部長がPET-CT装置等の契約にあたって便宜を図った見返りとして、特定の業者からタブレット端末等(賄賂)を受け取ったとして、収賄罪で起訴され、地裁で有罪判決を受けました(確定)(横浜地判2023年8月10日:懲役2年執行猶予4年)。
なお、この前放射線技術部長は懲戒解雇された旨、病院から公表されています。
三重大学医学部附属病院の臨床麻酔部元部長・教授が、手術の際に使用される医薬品であるオノアクトを積極的に使用して多数受注できるようにしてほしいとの依頼を受け、小野薬品工業株式会社(以下「小野薬品」といいます。)から三重大学名義の預金口座に奨学寄附金として200万円を振り込ませたことが第三者供賄罪にあたるものとされました。この被疑事実と、オノアクトを投与していないにもかかわらず投与を偽装して診療報酬を請求し、三重大学口座に振り込ませた詐欺事件とを併せて地裁で有罪判決を受け、その判断は高裁でも維持されました(津地判2023年1月19日:懲役2年6月執行猶予4年、名古屋高判:2023年10月23日控訴棄却)。
一方、小野薬品側も、元中部営業部長とその部下であった元三重営業所課長がそれぞれ贈賄罪で起訴され、地裁で有罪判決を受けました(津地判2021年6月29日:両名ともに懲役8月執行猶予3年)。
前段の三重大学医学部附属病院の臨床麻酔部元部長・教授が、麻酔器の他麻酔に係る諸機械の管理、医療機器入札にあたり技術審査を行う権限を有していたところ、生体情報モニタの入札において便宜を受けたければ寄附金を提供するよう日本光電工業株式会社(以下「日本光電」といいます。)の従業員に対し強く要請し、被告人が代表理事を務める一般社団法人の口座に現金200万円を振り込ませたとして、第三者供賄罪で起訴され、前段記載の有罪判決を受けました。
一方、日本光電側も、営業職3名が贈賄罪で起訴され、地裁で有罪判決を受けました(津地判2021年6月28日:元中部支店医療圏営業部長が懲役1年、元三重営業所長・営業担当の2名が懲役10月、3名とも執行猶予3年)。この判決中に、この3名が懲戒解雇になっている旨の記載があります。
なお、日本光電も、医療機器公取協から「厳重警告」処分(2021年6月22日)を受けています。
電気製品販売業者である小松電器の元社長は、国立病院機構傘下の下志津病院発注の工事、物品等に関する随意契約の業者選定につき便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼として、財産上の利益やタブレットPC等を供与したとして、贈賄罪で起訴され、別の医療機関に対する同様の贈賄事件と併せて地裁で有罪判決を受けました(東京地判:2022年10月12日:懲役1年6月執行猶予3年)。
これを受けてグループ内の医療施設を調査した国立病院機構により、物品・飲食の供与、旅行接待、引越の手伝い等を受けていた行為者28名と管理監督者46名が懲戒処分されるという異例の事態となりました。
医薬品の処方や手術用の医療機器・器具など、医師の判断により選定されるものについては、基本的に医師と事業者の1対1の関係となります。医療機関事務局などの第三者の介在がないことから、1件1件は少額であることが多いものの、広く薄く個人的な利益の供与が行われやすいようです。そのため、医師側が摘発されることもありますが、会社側の不祥事として発覚することが多いといえます。
「謝礼」は、現金を何の名目もなく渡してしまうことはまれで、多くの場合、コンサルティング費用や製品に関する評価等の業務委託費、市販後安全調査の費用、手術動画等の提供に対する費用等として支払われます。これらの費用の支払は、正当な目的・必要性をもってなされる場合は問題がありませんが、スター・ジャパンやゼオンメディカルの事例のように、単なる現金の提供の口実として「謝礼」を提供するような名目的な場合、後編で解説しているとおり、相手方が公務員やみなし公務員である場合は贈賄罪や国家公務員倫理法・倫理規程違反に問われます。それ以外にも、病院関係者側・会社側ともに多くのペナルティを受けることになります。
医療機器等の高額な機器の売買においては、入札が行われるのが通常です。その際、入札の便宜を図る見返りに、技師長や事務局などの権限者に対して利益の提供が行われることがあります。
この類型については、贈収賄罪に該当しうることはもちろんですが、入札の公正を害する行為をしたものとして、公契約関係競売等妨害罪(刑法96条の6)により、職員に関してはいわゆる官製談合防止法の第8条により職員による入札等の妨害に関する罪で処罰される可能性もあります。
小野薬品の事件に関しては、第三者委員会が調査報告書を公表しており、背景についても分析がなされています。本件については、会社の正式な決裁を経て、大学宛に奨学寄附金として提供した金銭が刑事裁判において「賄賂」と認定されました。このことは、多くの同業他社に衝撃を与え、以降、各社が奨学寄附に消極的な姿勢を見せるようになったと言われています。
会社として寄附を行う決定をする際、不適正な支出として問題になるような営業上の見返りを求めるものが紛れ込んでいないか、それを適切にチェックするためにどのような確認体制を設けるべきか、真剣に検討する必要があります。適切にチェックされていない場合、自社の社員の逮捕・起訴という重大な結果を招きかねません。
小野薬品のケースと日本光電のケースの収賄側の大学教授は同一人物であり、日本光電からも、同社の生体情報モニタに関する件で第三者委員会からの報告書が公表されています。
それによれば、教授からの強い寄附要求を受け、営業社員が営業本部に対し会社からの寄附を打診したが回答はなく、一方で明確に寄附を禁止するような指示もなかった状況で、会社の重要施策である大学病院重症系施設の他社更新が実現する商談の成立を目の前に控えていました。そこで、当該営業社員らは、別の会社(X社)を三重大学との間の商流に挟み、かつ、製品の値引きにより教授の指示する一般社団法人に寄附をする原資を確保し、X社に依頼して200万円の寄附を実現したとされています。
営業社員らは、「本件利益供与の原資は当社の値引きによる価格の調整で捻出するが、寄附はあくまでもX社からなされるものであり、当社とは関係がない」と、本件商談取引と本件利益供与を敢えて切り離すことにより、自己の行為の正当化を図ろうとしていた。」(報告書19頁)とのことですが、このような迂回的な形式をとったとしても贈賄罪は成立します。
同教授は、「当社のみならず麻酔部へ出入りする医療機器、医薬品メーカー、業者に対し、研究費・寄附金を要求するようになった。また、研究費・寄附金を提供しないメーカー、業者とは、今後の取引はしない、また面会もしないといった異例の対応を表明していた。」(報告書8頁)ようであり、このような相手方は稀ではあると思われるものの、会社としては、営業社員がこのような相手方からのプレッシャーにさらされていることもあること、営業目標の達成などの狭間で危険な選択をし得ることを念頭に、チェック体制の強化や教育、正当な方法でビジネスを継続していくための支援を行うべきでしょう。
国立病院機構と小松電器の例においては、多数の職員が小松電器から働きかけを受け、それを受け入れてしまっていました。見返りを与えることができる地位にない者であり贈収賄罪に問われるまで至らなくても、国立病院の職員として、倫理規程に違反する行為であることには変わりありません。襟を正すことが求められるとともに、「周りもやっているから問題ない」などということはなく、規程に反する行為を行えば、その責任を問われることになるということを改めて認識すべき事案であったといえます。
医薬品・医療機器業界における違反を避けるためには、老舗企業においては体制のアップデートが、新規参入企業においてはリスク・規制の把握・ルール作りが必要です。しかし、公的情報、業界団体からの情報だけでは、「具体的に自社で何をしたらよいのか」「本当に体制を変えていく必要があるのか」判断が付かないこともあるかと思います。
法律事務所ZeLoでは、ヘルスケア事業に関し、規制や業界動向を踏まえて、ビジネスに寄り添ったサポートを行っております。お困りのことがございましたら、お気軽にご相談ください。