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【スイスの専門家が解説】スイスにおける暗号資産エコシステムと最新動向

スイスは、金融のセキュリティや厳格なプライバシー保護法などで知られ、ブロックチェーンのハブとしても機能してきました。本記事では、スイスにおける暗号資産エコシステムについて、スイスと日本をバックグラウンドに持ち、ブロックチェーン分野をはじめとした企業法務領域で両国や欧州との架け橋的存在を担う法律事務所ZeLoのジャンジャック 誠 ジャッカースイス弁護士(日本では未登録)が、最新動向をふまえて解説します。

【スイスの専門家が解説】スイスにおける暗号資産エコシステムと最新動向
BLOCKCHAIN
PROFILE
Jean-Jacques Makoto Jaccard

Swiss Lawyer

Jean-Jacques Makoto Jaccard

Jean-Jacques Makoto Jaccard is a Swiss qualified lawyer specialized in inbound and outbound transactions between Europe and Japan (M&A, Due Diligence Process, Market Entry Services), as well as data protection and fin-tech related projects. He graduated from the University of Geneva in 2009 and has been admitted to the Geneva Bar (Swiss Law) in 2012. He started his career as lawyer in 2013 by joining the Tokyo Office of a Swiss law firm in 2013. After being promoted as Partner of Kellerhals Carrard Tokyo Office, he joined ZeLo in 2022.As native speaker of French and Japanese, he has been invited to radio programs in French as a lawyer who knows Japan. DPO (Data Protection Officer) Certificate, Data Protection Institute Brussels (2022).

はじめに

2023年5月30日にForbes DIGITAL ASSETSに掲載された記事「Crypto Talent War For Blockchain Supremacy: The U.S. Versus The World」では、スイスについて、暗号資産分野での才能を惹きつけ、革新的なプロジェクトの出現を促すことに最も積極的な国の一つとして取り上げています。

また、スイスの競争上の優位性として、大学・法律事務所・ベンチャーキャピタルファンド・ソリューションプロバイダーなど、専門知識を有する多様なプレイヤーのネットワークがあり、「完全なエコシステム」が揃っていることを挙げています。

特に、スイスの小さな町であるツークは、ブロックチェーンや暗号通貨関連のプロジェクトが集中していることから、「クリプトバレー」と呼ばれるようになりました。スイスにおける代表的な暗号資産に関する財団法人としては、Ethereum、Lisk、Tezosが挙げられます。

ブロックチェーン・ベンチャーにとって、なぜスイスは魅力的なのか

ブロックチェーンを活用した新規事業を考える者にとって、スイスが魅力的な理由は多岐にわたります。それぞれ詳しく紹介します。

明確な規制

ブロックチェーンに関するプロジェクトの法的な取り扱いの枠組みとして、スイスは比較的早い段階に、明確で網羅的な制度・規制を策定しました。スイスの規制当局である金融市場調査局FINMA(Swiss Financial Market Supervisory Authority)は、ガイドラインなどを通じて、この新しい技術に既存の法令がどう適用されるかを明確にしました。

例えば、ICO(Initial Coin Offering)に関するガイドラインでは、トークンの分類(ペイメント・ユーティリティ・アセット・ハイブリッドなど)を整理し、ウォレットサービスを提供する企業には、マネーロンダリング防止に関する規制がどう適用されるかなどを明確にすることで、「法的な空白」を早い段階で阻止しています。

また、スイスの税法では、個人が資産を売却してキャピタルゲインが生じた場合でも非課税とされます。例えば、一般の個人が暗号資産購入後に売却し、購入時の価格と売却時の差額である売却益を得ても、その利益には課税されません。このため、スイスは、暗号資産業界の外にいる人であっても、投資として興味が持たれやすい環境と言えます。

政府の支援

スイス政府は、ブロックチェーン技術を強力に支援しています。スイスをデジタル・イノベーションの主要拠点とすることを目的とした「デジタルスイス(digital switzerland)」戦略など、イノベーションを促進するためのさまざまなイニシアティブを打ち出しています。さらに、スイス政府は、ブロックチェーンに特化した政府部門横断のワーキンググループを設けるなど、ブロックチェーンの発展を促進するための取り組みを示しています。

スキルの高い人材へのアクセス

スイスは、技術・金融・法律の各分野について、それぞれ専門知識を有する高度なスキルを有する人材を誇っています。長年にわたって、研究・教育における優れた伝統を持ち、ブロックチェーン・プロジェクトに貢献できる優秀な専門家を輩出しています。このような熟練した人的資本へのアクセスは、才能と専門知識を求めるブロックチェーン企業にとって大きな利点となります。

安定した政治・経済環境

スイスは、高い政治的安定性・中立性・強力な法治主義で有名です。このような政治の安定性は、分散型技術や金融取引を扱うブロックチェーン・ベンチャーにとって特に重要な、安全で予測可能なビジネス環境につながります。また、スイスの強固な経済・信頼性の高いインフラ・低い腐敗レベルは、ブロックチェーン関連プロジェクトの拠点としての魅力をさらに高めています。

立地条件

スイスはヨーロッパの中心に位置し、交通インフラが発達しているため、国際ビジネスへのアクセスが容易です。特にツークは、チューリッヒのような主要な金融センターに近く、他のヨーロッパ諸国との接続も容易であることから、地理的条件によるメリットを享受しています。この地理的優位性は、ブロックチェーン企業にとって、コラボレーション・ネットワーキング・グローバル市場へのアクセスの点で有利に働いています。

確立された金融ハブ

スイスは、強力な銀行システム・資産管理の専門知識・プライバシーとセキュリティに対する評価など、グローバルな金融ハブとして定評を得ています。このような確立された金融に関するインフラストラクチャーは、ブロックチェーンと暗号通貨ソリューションの統合のために強固な基盤として働きます。

好意的・支援的なコミュニティとネットワーキング

ツークのクリプトバレーは、コラボレーション・イノベーション・知識の共有を促進する、活気あるエコシステムを育んできました。ブロックチェーン関連企業・業界イベント・ネットワーキングの機会が集中しているため、起業家・投資家・専門家がすぐにつながり、アイデアを交換することができる好意的で支援的なコミュニティが形成されています。このコミュニティ主導のアプローチは、プロジェクトの成長を促し、さらなる関心を引きつけていくことにつながっています。

Fintech関連活動の法的枠組

このような魅力あるスイスには、全世界からフィンテックやブロックチェーンに関連する企業を設立する起業家が集まりますが、活動を開始する前には、まず「資金洗浄防止法」の対象になるか、「ライセンス取得義務」の対象であるかを確認する必要があります。

資金洗浄防止法

クライアントなどの第三者の資産を受け入れたり、資産の投資・移転の支援を行ったりする活動は、資金洗浄防止法に定められたマネーロンダリング防止のための規制が及びます。

例えば、クレジット取引・資産管理・ウォレットサービスの提供・受託業務・決済サービス業・両替業務がこの規制の有無を検討すべき業務に含まれます。ビットコインなどの暗号資産の取引や決済システムの運用も、資金洗浄防止法の規制対象に該当することから、上記の各活動は、資金洗浄防止法の対象となる可能性があります。

営む業務が、資金洗浄防止法の規制の対象となる場合、自主規制団体(Organisme d’Autorégulation)の会員になる必要があります。

そして、資金洗浄防止法が定める「デューディリジェンス義務」や「通知義務」を遵守する必要があります。この義務の具体的な内容としては、

  • 犯罪に由来する資産を受け入れない。
  • テロや犯罪組織の資金源となる人物や企業との取引関係を結ばない。
  • 契約当事者を特定し、その実質的な資産の実質的な受益者を特定する(Know Your Client, KYCルール)。
  • ビジネスや取引が異常と思われた場合、資産が犯罪収益である・犯罪組織がその処分権限を持つ・テロの資金源になっている疑いがある、といった場合、経済的背景とビジネスや取引の目的を明らかにする。
  • 特に、リスクがあると考えられる国の顧客や、政治的な地位等にある人物との取引関係の場合、移転される資産の規模・資産の流出入の規模・要求されるサービスや製品の種類・頻繁に行われる支払いの発着地となる国などを検討し、リスクを評価する。
  • ビジネスにおいてマネーロンダリングの疑いがある場合、マネーロンダリング報告窓口に報告する。

が挙げられます。

許認可(ライセンス)取得

加えて、提供する金融関連のサービスについては、FINMAによる許認可(ライセンス)の取得を要するかを確認する必要があります。FINMAは主に、銀行・証券会社・保険会社・集団投資スキーム・証券取引所などにライセンスを付与して、その監督を行っています。

2019年より「革新的な金融企業を促進する」ため、スイス政府は「フィンテック・ライセンス」という、取得要件の緩やかなライセンスを創設しました。

このフィンテック・ライセンスの保有者は、最高で1億スイスフラン(約154億円)の預金や暗号資産を受け入れることができるようになります。ただし、これらの預金や資産は、投資の対象となってはならない、また利息の対象となってはならないという条件があります。

フィンテック・ライセンスの取得に際しては、FINMAに申請し、事案ごとに審査されることになりますが、申請にあたり、下記の条件を満たしている企業はフィンテック・ライセンスの取得が認められているようです。

  • 20人以下の第三者から資金を受け入れている。
  • 資金の受入れを宣伝していない。
  • 他人から資金を受け取るが、そのための銀行保証がある。
  • 一人当たり最大3,000スイスフランまで受け付け、同金額は商品・サービスの支払いにのみ使用されている。
  • 暗号資産を受入れるが、顧客ごとに異なるブロックチェーンアドレスに保管している。

ライセンスを申請する際は、ガイドラインに記載の書類を提出する必要があります。ライセンスの申請を受けて、FINMAは、計画された事業活動がライセンスを必要とするか、また、計画された事業活動がフィンテック・ライセンスによって可能かを評価します。

正式な申請書を提出する前に、関心を有している当事者は、FINMAに対してプロジェクトを提出し、先行してその内容を検討させる手続も設けられています。当局がかかる対応を行う環境も、スイス特有のものかもしれません。

Dohrnii財団に対するFINMAの判断例

一つの具体的な例として、FINMAは2023年5月17日にDohrnii財団に対する判断を公表しました。

Dohrnii財団の創設者は、2021年の春、学習プラットフォームと暗号市場(learn-to-earnモデル)というアイデアをベースにして、新しいトークン「DHN」のICO(イニシャル・コイン・オファリング)を行いました。ところが、このプラットフォームが運用されることはなく、DHNトークンの約束された機能は、現実ではないことが判明しました。

同財団は、約500人の個人に対してDHNトークンを販売し、3百万ユーロ(約4億5千万円)の資金を調達しています。また、創設者は個人的にも約320万スイスフラン(約4億9千万円)のトークンを販売していて、暗号ベンチャーなどの投資家からは150万スイスフラン(約2億3千万円)を受け取りました。

FINMAはDHNトークンについて、ユーティリティ・アセット・ペイメントの各トークンの性質をすべて具えているものと判断し、DHNトークンを「ハイブリッド・トークン」と分類しました。またDHNトークンは「ユーティリティ・トークン」として設計されていたものの、実際には何の機能も開発されていなかったため、FINMAはこのトークンを投資・資産トークン(即ち、有価証券)として再分類しています。

FINMAは、Dornhii財団の活動について、以下のような重大な規制の違反を指摘しています。

  • 必要な許認可を得ないで、証券会社として営業していた。
  • 銀行免許を持たずに預金を受け入れた。
  • (ペイメントトークンに関連して)資金洗浄防止の義務を遵守せずに金融仲介業者として活動した。
  • FINMAに協力せず、調査対象となる事業を継続した。

Dohrnii財団は既に破産しているため、FINMAは創設者に対して5年間にわたる関連業務従事への関与の禁止を課し、その名前をFINMAのウェブサイトで公表する予定とのことですが、FINMAの決定はまだ争われる可能性があります。

本件との関係で、FINMAは、実際に機能を開発する前にユーティリティ・トークンを販売してはならない、ということを確認しました。また、トークンがユーティリティ・トークンとして設計されていても、実際の機能がまだ開発されていない場合、有価証券としての投資トークンとみなされる可能性があることが明確になりました。

FINMAの管轄と執行に関する権限は、テクニカルには無限定ではなく、スイスの国境内部にとどまる一方で、暗号資産などに関するプロジェクトは、事実上国境の制限を受けないため、スイス以外の他の場所で復活させることも可能です。しかし、かかるプロジェクトについては、そのプロジェクトに対する信頼や評判が鍵となるため、FINMAによって否定的な評価を与えられたプロジェクトについては、それを争う手続に成功するかどうかにかかわらず、存続できずに消滅に至る可能性があります。コンプライアンスのコストは高いかもしれませんが、非コンプライアンスのコストはさらに高いと言えます。

弁護士などの専門家と連携しながら適切な暗号資産ビジネスを

このように、スイスは、ブロックチェーン関連のプロジェクトを実施するのに適している国ではありますが、その魅力の大きな理由は、強固な法的枠組の存在だと言えます。このため、プロジェクトを実施する場合には、事前に専門家に相談することをお勧めします。

法律事務所ZeLoでは、ブロックチェーン・暗号資産の流行前からその潜在性に注目して研究・実務を進めてきた知見を活かし、当分野のビジネスに関して多数のクライアントへ法的アドバイスを提供しています。2022年には、ブロックチェーン・暗号資産・NFT・メタバースなどのweb3分野を専門的に取り扱うチームを立ち上げ、より専門的なサービスを提供できる体制を整えています。また、欧州・日本間のインバウンド・アウトバウンド取引に強みを持つスイス弁護士も在籍しています。
スポットでのご相談も承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。

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