『スタートアップこそ導入すべき、「ストックオプション信託」とは? -法律事務所ZeLoの弁護士がベンチャーファイナンスの法務を解説する(第1回)-』

1 PKSHA Technology(パークシャ)の上場とストックオプション信託への注目

2017年9月、東京大学発のAI開発ベンチャー、株式会社PKSHA Technology(以下「パークシャ」といいます。)が東証マザーズに上場し、上場初日で時価総額700億円を突破した(※公開価格2,400円の約2.3倍となる上場初値5,480円を付けた)のは記憶に新しいところです。
ここで、パークシャの「新規上場申請のための有価証券報告書 (Ⅰの部)」(http://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/nlsgeu000002mcue-att/09PKSHATechnology-1s.pdf)を見てみると、同社の顧問税理士が筆頭株主として7.20%もの潜在株式を保有していたことが特徴的でした。

(出典:日本取引所グループHP

その理由は、同社の「第7回新株予約権」にあります。
上記報告書によると、パークシャは、平成28年7月22日、グループの現在及び将来の役職員及び外部協力者に対するインセンティブ付与を目的として「新株予約権信託」を設定し、その信託に基づき、受託者である顧問税理士に対して新株予約権を発行したとのことです。

(出典:日本証券取引所HP

このような新株予約権信託の仕組み(以下「ストックオプション信託」といいます。)は、平成27年6月に東証マザーズに上場したバイオベンチャー(当時)の株式会社ヘリオスが平成26年6月に導入したのが最初といわれており、現在、導入企業は50社程度といわれています。
その他の公表事例として、いわゆるソーシャルゲームの開発を行うKLab株式会社(平成25年9月東証マザーズ上場)などの上場企業や、最近だと、いわゆるHRTechを取り扱う株式会社SmartHRなどのスタートアップ企業でも活用する例が見られます。

それではなぜ、そもそもこのストックオプション信託を活用する例が出始めているのでしょうか? 本稿ではこの点を解説していきます。

2 従来のストックオプション制度のデメリット

ストックオプション信託は、従来役職員へのインセンティブ付与の手段として一般的に用いられてきたストックオプション制度のデメリットを解消するといわれています。
従来のストックオプションの実務上のデメリットとしては、以下の点が指摘されています。

① 対象者の実際の貢献度との乖離が生じる点

ストックオプションを発行した会社において、発行時点においては対象者(役職員)の将来の貢献度に期待して多く発行したにもかかわらず、当該役職員の実際の貢献度は期待と大きく乖離してしまった、という話をよく聞きます。しかも、事後的に当該役職員のストックオプションを減らすといった調整もできないため、この点が対象者間の不公平感・不満につながるケースもあります。
特に、スタートアップにおいては、成長段階につれて役職員に求められる貢献の内容・度合いが大きく変化するため、このような乖離が生じる可能性は高くなります。

② 後行者に対しては、権利行使価額が高くなり、かつキャピタルゲインが少なくなる点

役職員に対するインセンティブ報酬としては、税制適格ストックオプションのかたちで付与することが一般的です。税制適格ストックオプションの要件は以下の表のとおりですが、赤字部分のとおり、権利行使価額は発行時の時価相当額以上と定める必要があります。

(出典:経済産業省HP

しかし、成長フェーズにある会社においては時価相当額が右肩上がりとなるため、後行者(役職員)のストックオプションの権利行使価額は必然的に高くなってしまい、また、後行者の株価上昇分の利益=譲渡時株価と権利行使価額との差額(キャピタルゲイン)は先行者(役職員)に比べ必然的に少なくなってしまいます。

特に、スタートアップにおいては、僅かな付与タイミングの違いでこの差が大きく開くこととなるため、不公平感を生じさせてしまい、また、優秀な後行者に対してインセンティブ付与のためのストックオプションを発行する際、その内容について経営者が頭を悩ませることが往々にしてありました。

③ 煩雑な発行手続や管理コストの負担の点

従来のストックオプション制度においては、役職員の増加の都度、新たなストックオプションを発行しなければならず、また発行したストックオプションの内容変更・消却・行使等があった際にも変更登記等の手続を行う必要があります。管理コストもかなりの負担となるため、スタートアップ・ベンチャー企業においてストックオプションの管理が不十分であるケースも少なくありません。

以上のデメリットは、いずれも「発行時において都度、対象者・個数等の内容を確定しなければならない」点に主たる原因があります。
会社法上、ストックオプションとして役職員等に新株予約権の第三者割当てをする際は、発行時点において、新株予約権の対象者やその個数を確定しなければなりません(会社法236条1項、243条1項参照)。
これにより、ストックオプションが役職員に対するインセンティブ付与の手段として十分に機能せず、また、コストがかかるため“使いづらい”部分がありました。

3 ストックオプション信託のメリット

ストックオプション信託のメリットは、一言でいうと「発行時において、対象者・配分等を確定しなくてよい」ことにあります。これにより、従来のストックオプション制度のデメリットを解消することができます。
具体的なメリットは以下のとおりです。

① 実際の貢献度に応じて役職員にストックオプションを付与することができる点

ストックオプション信託においては、一定の期間が経過した後にストックオプションの対象者・配分等を決定することとなるため、当該期間までの役職員の実際の貢献度を考慮することが可能となります。

② 入社タイミングによる権利行使価額、キャピタルゲインの格差が生じない点

ストックオプション信託における権利行使価額は、信託設定時点での時価相当額をベースに決定され、後行者においても当該価額のストックオプションが付与されることとなるため、従前のストックオプションにおける不公平感を解消することができます。

③ 発行手続・管理コストを抑えることができる点

ストックオプション信託を用いることにより、(別途信託設計にかかるコストが生じるものの、)ストックオプション自体の発行等を一回的に行うことができ、手続・管理コストを抑えることができます。

4 ストックオプション信託導入の注意点

以上のメリットがあることから、信託活用型ストックオプションは広く活用されるべきであり、特にスタートアップにおいては、積極的に導入を検討されるとよいものと考えていますが、導入にあたっては以下の点に注意する必要があります。

① 権利が不確定ゆえ、役職員に対するインセンティブの効果が希薄化しうる点

「発行時において、対象者・配分等を確定しなくてよい」ということは、逆にいうと、「発行時には役職員に確定的に帰属していない」ということになります。例えば、新たにメンバーとなって欲しい人に「ストックオプション信託があるから加入して欲しい」と伝えても、加入時にはストックオプションを得られる確約はなく、「加入すればストックオプションを分配する」と言われた方が、誘われた側としては加入するメリットを感じやすいということは、想像に難くないでしょう。
そのため、ストックオプション信託は、創業期・シードやアーリーといった初期のフェーズに、リスクを取ってコアメンバーとなってくれるようなメンバーに対するインセンティブ付与の手段としては馴染まず、事業が軌道に乗り、採用が加速する十数人~となった段階に導入すべきスキームであると考えています。

② 導入のイニシャルコストの点

ストックオプション信託は、後述するように、委託者(代表取締役等)が、将来の対象者(役職員)に対するストックオプション=新株予約権を発行するために、信託設定時に一定のまとまった金銭を信託する必要があります。また、ストックオプション信託を導入する際に専門家に依頼する費用は一般に高価です(1000万円を超えるケースもあるようです。)。そのため、導入の際は、これらのコストについても検討する必要がありますが、長期的にみれば従来のストックオプションを用いるよりもプラスとなることは多いと考えています。

5 ストックオプション信託の仕組み概要

それでは、ストックオプション信託の仕組みについて、その概要を図示します(下記スキームは一例です)。

ストックオプション信託の設定から役職員による売却までの流れは、以下のとおりです。

① 委託者 → 受託者  信託契約締結・金銭の信託
② 発行会社→ 受託者  新株予約権発行・割当て
②’ 受託者 → 発行会社 新株予約権発行価額払込
③ 信託契約で定める発行会社の評価基準に基づく、受益者の確定・評価
※(信託期間満了)
④ 受託者 → 受益者  新株予約権付与
⑤ 受益者 → 発行会社 新株予約権の行使・払込み
⑤’ 発行会社→ 受益者  株式発行
⑥ 受益者 → 市場   株式譲渡により売却

従来のストックオプションとは異なり、「委託者」「受託者」といった当事者が登場し、役職員等は「受益者」という名称が付されていますが、これは信託の仕組みを用いることから必要となります。
「信託」と聞くと、信託会社による投資信託の複雑なスキームを思い浮かべ、拒絶反応を示す方も多いかもしれませんが、ストックオプション信託においてはそのような複雑な仕組みを用いる必要は必ずしもありません。実際、ストックオプション信託の公表事例においては、信託業法における規制が及ばない「民事信託」の形式が用いられることが多いです。

次回は、信託活用型ストックオプションの仕組みについて、具体的に解説していきます。

文責:弁護士 柳田恭兵

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